04.「魔人少女は、ご主人様の『忠実なるメイド(?)』」


 ――ガタン、ゴトン……。


 馬車の音がやけに大きく感じるのは、果たして僕の気のせいだろうか。


 ――所有者の契約? 僕がユリティアさんの主人になったって?

 正直、色々情報が多すぎて何が何だか分からない。


「……ふふっ、どうやら『ご主人様』は固まってしまったご様子。それなら不肖ながらこのメイドが、優しくリードをして差し上げましょうか」


 相変わらず僕たちは、馬車の荷台の中で。

 ユリティアさんは蠱惑的な笑みを見せると、優しく僕の手を取り、ゆっくりと彼女の身体へ誘導する。


 ――ぴとっ。僕の指先が触れたのは、ユリティアさんのひたいだった。

 ……? 一体何をするつもりだろうか。

 僕の手は、ユリティアさんのおでこに押し当てられた訳だけれど……。


 そして、その直後。



『⬛︎⬛︎⬛︎――⬛︎⬛︎⬛︎――――』


 ――不安、恐怖、恩義、疑心、忠誠、愛情、そして……。


 その瞬間、僕のものでない感情が、僕の頭の中でぐるぐると蠢いていた。


 これは……記憶?

 でも、絶対に僕のものじゃない。

 自分ではない誰かの記憶が、僕の頭に止めどなく流れ込んでくる。


 最初は砂嵐のように不鮮明だったものが、徐々にピントが合ったかのように、その解像度を取り戻していく。


 ……ああそうだ、これは間違いなく、誰かの記憶。

 そしてそれは、多分……。


 そして僕が答えに辿り着いたその瞬間――どこからともなく、ユリティアさんの声が聞こえてくるのだった。


「御明察。これは――わたくしユリティアの記憶です。『私の所有者になる』ということは、私の記憶も主人様に捧げるということ……」


 ……いや、その理屈はちょっとおかしくないかな、ユリティアさん?


 他人に自分の記憶を見せるなんて芸当ができるのが、まず凄いというのは置いておくとして。

 それを僕に見せていいのかというのは、また別の問題では?


 個人的には、仮に主君と臣下の関係であっても、プライベートは大事にして欲しいというのが僕の考えなんだけど……。

 『面従腹背』だって良いじゃないか。無理に全てを曝け出す必要はない。


 しかし、それはそれとして……僕は自分の脳裏に現れたユリティアさんの記憶に目を奪われていた――というのも、また事実。



 ――目の前に現れた、見知らぬ少年の姿。

 彼は玉座に身を預け、こちらを見据えている。

 その視線はうつろで、既に生気は朧げだった……。


『……――魔王さま?』

『む……その声はユリティアか……嗚呼、主には済まぬことをしたな……』


 その瞬間、僕は初めて『魔王』の顔を見ることになる。


 ――この小さな子供が、魔王……?


 僕の目の前にあるのは、紛れもなく『あどけない少年の顔』に他ならず。

 かつて人類を恐怖と絶望に陥れたという『魔王』の面影は何処にもない。


 けれどもこの少年は、紛れもなく魔王だ。間違いなく、確実に。

 何故なら、これがユリティアさんの記憶である以上――この時のユリティアさんの感情も、認識も、全て僕の頭の中に流れ込んでいるからだ。


 ユリティアさんは、悲しんでいる。

 心を貫く、諦めの感情。そして最後の忠誠――。


 そして場面が移り変わる。僕の頭に、様々な記憶が流れてきていた。


『四天王の欠員に、主が入る、か……四天王とは、魔王たる余の直属の配下のこと。しかし、その余がこの体たらくではな……生憎だが、主の魂までこの城に縛りつける気はないぞ』

『頂いた恩を返す――それだけです』


 ――純潔の魔人?

 魔王に救われたのか。では、何を?

 目まぐるしく記憶が渦巻いていく。


 そして――


 僕の目の前に現れたのは、だった。


 ……なんだろう。他の記憶とは、どこか毛色が違うような。

 これまでと比べて、何やら明らかに最近の記憶に寄って来ているが……。


 その記憶の中で、ユリティアさんは一人廊下の窓辺に立っていた。

 朧げな月の光が差し込む、薄明の夜……。


 ――カサ、カサ……

 どこからか、衣擦れの音が聞こえてくる。そして、途切れ途切れに「んっ……」という甘い吐息。


(っ……! まさか、この記憶は……!?)



 ――月明かりに照らされて、青白く輝く白い肌。

 たくし上げられる、メイドのスカート。裾を口に咥えたまま、時折来る快感に身悶えするメイド服の美女。


 ――ハッキリ言おう。目の前のユリティアさんは、自慰に耽っていた。


 あの、普段クールで毒舌なユリティアさんが……!?

 

 ……その事実だけでも、ご飯二杯分はイケる程にエロいという事実。

 ユリティアさんは更なる快楽を求めるように、自らのへと手を伸ばす。


『ご主人さま……んっ……』


「…………!」


 その姿は見惚れてしまう程に綺麗で――そして、凄く扇情的だったエロかった


 ……うん。今すぐにでもこの記憶から立ち去るべきだと僕は思う。

 それに――何より僕の目には、『恐ろしい爆弾』が見えてしまっていたのだから。


 ……唐突だけど、これはユリティアさんの記憶の中だ。そして、僕にはこの時のユリティアさんの頭の中が全て見えてしまっている訳で……。



 単刀直入に言おう。

 ユリティアさんのオカズは、の二人だった。


 ……ちなみに、もう一つ付け加えると。

 ――ユリティアさんのの中には、ユリティアさん本人は居なかった。

 正真正銘、僕と魔王の少年の二人だけだ。

 それは、つまるところ――『男×男』ということ。


 …………。


 ――いや、僕にはそのは一切ないんですけど!?


 何という、事実無根の桃色妄想。

 ……いやまあ確かに、燕からは事あるごとにアプローチを受けてたけれども。

 殺されかけたり、殺されかけたり、あとはまあ、殺されかけたり……あれ、コレってアプローチって言えるんだっけ?


 それに、よくよく見てみると……魔王クンは燕に似て、かなり中性的な美少年に見える。

 いや別に、関係ないですけどね。……僕は至ってノーマルですからっ!


「……そうやって強く否定する人ほど、逆に『その手の素質』があると言いますが……ご主人様?」

「僕に限って、それは無いよ。とにかく……」


 再びどこからともなくユリティアさんの声が聞こえてくるが、これをスルー。


 東の果ての島国に、『ヤオイ』という文化があるということを、僕は師匠から伝え聞いたことがあるが……おそらくこれもその類いだろう。惑わされる必要はない。


 ……そして僕は、ユリティアさんの額から手を離す。

 それは記憶の中にいる僕ではなく、現実世界の僕としての行動だった。


「っ……!」


 そして予想通り、僕の頭に流れ込んできた『ユリティアさんの記憶の渦』が消失する。

 目の前に広がる、見覚えのある馬車の中の眺め。


『――だ、大丈夫!? トーヤくんっ』


 右側から、ギブリールの声が聞こえる。


「……うん。ひとまず、何ともないかな。ありがとう、ギブリール」

『良かった……急に二人とも反応しなくなったから、ボク、心配したんだよ?』

「……ユリティアさんに記憶を見せて貰ってたんだ。とりあえず、その話は後でするとして……」


 そして僕は、再びユリティアさんに相対する。


「……よろしいのですか? 最後まで見なくても。合法的に『私の痴態』を見るチャンスでしたのに」


 ……澄ました顔で、とんでもないことを言ってくるユリティアさん。

 しかし、それも全てであることに僕は気づいていた。


「……いや、まあ……僕に覗き見趣味はないからね。それに……ユリティアさんが本当に僕に見せたかったモノは、何となく分かったから」


「……さて、何の事でしょうか」

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