03.「魔人メイドと暗殺者――暴走馬車と、『ハーレム』な予感?」

 

  ◇



 ――ガタンッ!


 ……それは、一瞬の出来事だった。

 突然馬車が跳ねたかと思うと――馬車内に発生する、無慈悲の横方向の重力。


『っ……! トーヤくんっ!』


 ギブリールは必死に念動力でトーヤの手を掴もうとするが――残念ながら、惜しくも間に合わず。


 ……しかし、トーヤくんは流石だった。

 咄嗟に受け身を取り、ダメージを最小限に抑えに行く。

 転倒は避けられない。ならば無理に踏ん張って怪我を増やすのではなく、むしろ自分から倒れに行けばいい。


 その選択は概ね正しかった。ただ一つ――『』を除いては。



『と、トーヤくんが――ユリティアさんを押し倒しちゃったっ!?』



  ◇



 ――ガタンゴトン……。


 相も変わらず、馬車は激しく揺れている。

 そんな馬車の薄暗い荷台の中――バランスを崩した"二人の男女"の姿があった。


 僕とユリティアさん。今の僕たちの状況を、一言で表現するとしたら――『くんずほぐれつ』という言葉こそが相応しいのではないだろうか。


 馬車が大きく揺れる度に、僕はむにゅっと押し付けられ、ユリティアさんの柔肌へと深くうずもれる。


 柔らかい……。

 ……ならば、ドキドキしてしまう『嬉しい状況』に違いない。

 

 けれど――当の僕はというと……正直、それどころじゃなかった。


「っ……!」


 ……世の中には、様々な『恐怖症フォビア』というものが存在する。

 誰もが共感できる物もあれば……人にはとても理解出来ないような、一見、馬鹿馬鹿しく思えるような物だってある。

 

 ――メイド恐怖症メイドフォビア

 僕にとって『白と黒のメイド服』は、ある意味"恐怖の対象"と言っても過言ではなかった。そして僕が今、鷲掴みにしているのは――メイド服の下の、ユリティアさんの胸……。


 ――それはまさに『』だった。



 僕がユリティアさんに寄りかかるのは、これで二度目だろうか。

 一度目は、夜の庭園で。そして二度目は、揺れる馬車の中で。


 ……自分は暗殺者だ。

 例え身体を寄せ合ったからといって、例え胸を揉みしだいたからといって。

 それだけで、僕の心は揺れ動くことはない。何故ならば……

 、それが『暗殺者』なのだから――!



 ――むにゅっ♡


 ……黒地のメイド服に映えるような、雪のように白い肌スノーホワイト。そして服の上からでも判る、『形の良い美乳おっぱい』……。


「…………!」

 

 ――コリッ、コリッ……♡


 ……指の下で、『その感触』が徐々に大きくなっていくのが判る。

 メイド服の上からでも判る、徐々に大きくなっていく『』……!


 ……これはヤバい。本当に、ヤバいっ……!


 兎にも角にも、この状態のままいるのはマズイ。色々な意味で。

 そして僕は大急ぎで、ユリティアさんの身体の上から退くのだった――。



  ◇



 ……そして、それから少しして。


 狭い馬車の荷台の中で、僕とユリティアさんは改めて対面していたのだった。



「……ワザとやった訳ではない、というのは分かりますが……それにしても、女性の胸を悪戯に弄ぶのは如何なものかと……」

「……それは本当に、申し訳ないです……」



 ……こればっかりは、もう謝るしかない。

 自分は『勇者』であるとかいう以前に、一人の人間だ。そして人間には、相応しい振る舞いというモノがある。

 いかに不可抗力とはいえ――妙齢(?)の女性の胸を無断で揉みしだくのは、正しい振る舞いとは到底言えないだろう……。


 しかし――そうやって頭を下げる僕に対し、ユリティアさんは言う。

 

「……謝る必要は御座いませんわ。ご主人様からの多少の『』なら――メイドの端くれとして、私も覚悟の上ですから」


「……ただ、リゼ様のいる目と鼻の先で『こういう事』をなさるのは、流石の私でもドン引きですが」


 ……『ご主人様』?

 ユリティアさんの口から出たその言葉に、僕は思わずキョトンとする。


「……そういえば、さっきから僕のことを『ご主人様』って」

「……リゼ様だけでなく、トーヤ様にもお仕えすることにしましたので」

「なるほど、それで『ご主人様』……」


 って……いや、なるほどじゃなくて。

 あまりにユリティアさんの態度が豹変し過ぎて、理解が追いつかない。


 僕が、ユリティアさんの『ご主人様』?

 僕が知っているユリティアさんといえば……僕に冷ややかな視線を向けてくるハズなのに。今やその瞳の奥には、すら覗けてしまう。


 ――何だろう……ひょっとして、これは何かの罠か……?


「……やはり言葉だけでは信用できない、という御様子」

「いやそうじゃなくて、もう少し説明という物を……!」

「あら、ご主人様は意外と『前戯』を大切にするタイプなのですね……♡

 私はてっきり、問答無用で女の子を攻めるタイプだと思っていましたのに……」

「……いやいや、どうしてそうなるんですかっ!?」


 ユリティアさんの言葉に、僕は思わずツッコミを入れる。


 そういえば、どこかで似たようなやり取りをした気が……

 そうだ、思い出した。この感覚……『ニトラ学院長』と一緒だ……!

 その瞬間、僕の中にあった違和感が氷解する。


 ――そうだ、魔人もエルフも、同じく長命種族……! 

 彼らから見れば人間なんて、等しく『子供扱い』なんだ。


 例えるならば――精通を迎えたばかりの少年が、歳上のお姉さんの胸をジロジロ見てしまう――そんな『微笑ましい光景』のように、僕のことも見えてしまっているのだろう。


 ――そう思うと、何だか少し悔しい感じがするな……。


「……それでは『戯れ』もここまでとしまして。本題に入ると致しましょうか」

 

 そしてユリティアさんは、再びキリっと真剣な表情に戻る。


 そして、そんな思わず警戒してしまう僕に対し――ユリティアさんは床の上に膝をつくと、僕の前にひざまずくのだった。


「えーっと、ユリティアさん? 一体、何をして――」

『……ねえトーヤくん、ユリティアさんはホンキみたいだよ……!』


 僕の後ろで、ギブリールの声がする。

 ――目の前のユリティアさんの姿。それはまるで、王の前に跪く騎士のよう。


 ――ガタンゴトン……。

 揺れる馬車の中で、跪く少女一人と、それを見下ろす少年一人。


「――ここに『魔人』ユリティアが誓いますわ。『勇者』トーヤ・アーモンドに"永遠の忠誠ロアイヨーテ・エテーネル"を捧げることを」


 そしてユリティアさんは、僕の手を取ると、『接吻口づけ』をするのだった。


 ――それは人魔共通の、主従関係を示す儀式。

 熱い。……ユリティアさんの唇が触れた部分に、熱を感じる。

 そして次の瞬間、僕の手の甲に紋章のような物が現れるのだった。



「これは、一体……」


「……それは、『所有者の刻印』――ユリティアの所有者となった証ですわ」

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