02.「揺れる馬車の中で。――密室、魔人メイド、そして……」


「えー……一応、スィーファさんに事情を聞く必要があると思うんですが」


 ――揺れる馬車の中。

 依然リゼとレオの二人は、両サイドで僕の腕にピッタリとくっついていた。


 美少女二人に挟まれるという、健全な男子にとってこれ以上ない『ご褒美』ではあるのだが……そうとばかりも言っていられないのがこの状況だ。


 なにせ馬車は、依然恐ろしい速度で爆走中なのだから……!


「勿論、僕は行くつもりですけど……二人はどうします?」


 なにせこの狭い車内だ、走行中に移動できるのはせいぜい一人だろう。

 しかしそれでも、頑張れば二人で行けなくもないギリギリのラインではある。


「……わ、私は、ここで待っているっ……。別に、怖い訳ではないからなっ!? ただ、少し……不安になってしまっただけだ……」


 そう言いながら、レオは一向に僕の腕を離そうとしない。

 ……確かにこの様子だと、歩くどころか立ち上がるのも無理そうだ。


 そして一方で、リゼはと言うと――僕の右腕に『むぎゅっ』とくっつきながら、僕の肩越しにレオを見て言うのだった。


「私は……トーヤ君に任せるわ。だって、『怖がりのエレナ』を一人にしておけないもの。……ね?」


「だ、だからっ、怖がっていないと言っているだろうっ……。それにリゼだって、トーヤの腕にしがみついているじゃないか……!」


「……私はトーヤ君と『イチャイチャ』したいだけだし……」


 そう言ってリゼは、ギュッと僕の腕を抱きしめる。

 ――やっぱり……。仮にも【剣聖】のリゼが、こんな揺れで動じる訳がない。


 ただ……心を許してくれたのは嬉しいのだけれど――こうやって面と向かって言われると、少し恥ずかしいな……。


「それじゃあ、行ってきます」


 とはいえ、結局僕一人で行くことになったのだが、これはこれで計算のうち。


 ……とにかく、早く行くに越したことはないだろう。

 レオも怖がっていることだし……。


「……トーヤ君をお願いね、ギブリール」

『うんっ。トーヤくんのことは、ボクが責任を持って届けるよっ♡』


 そう言ってギブリールは、リゼに向かってウィンクする。


 そして僕は、スィーファさんのいる『馬車の最前列』を目指すのだった……。



  ◇



 ……という訳で、単身スィーファさんの元に事情を聞きに行く僕だったのだが。


 リゼとレオの二人を後方に残して――ガタガタと揺れる馬車の車内を、静かにバランスを取りながら、前方へ進んでいく。


 ――ガタン!


 跳ねるような縦揺れに、僕は思わず手を伸ばして壁面で身体を支える。

 相変わらず草原の中心を、王都目指して疾走しているこの馬車である。


 バランス感覚には自信あり、だけど……やはり足を取られてしまうのも事実。

 

『……大丈夫? トーヤくん』

「うん……行けそうかな。ありがとう、ギブリール」


 心配そうに訊ねるギブリールに対し、僕はキッパリとこう答えるのだった。

 ギブリールは霊体ということもあり、すんなりと僕の後をついて来れている。


 一応手段としては、ギブリールに先行してもらって、彼女に確かめて貰う――という手もあるにはあるのだけれど……。


『いざという時は、ボクが支えてあげるから! 頼りにしててね、トーヤくんっ』


 ……リゼに頼まれたというだけあって、かなりの意気込みっぷりである。


 その気持ちを無碍むげにする訳にはいかない。

 うん……それなら、ギブリールの気持ちを尊重するしかないか。

 それにギブリールには、念動力がある。いざという時の命綱になるはずだ。



 ――そして僕は、前方へと続く扉のドアノブに手を掛ける。


 ……ひとまずここで、馬車の構造についておさらいしておくとしよう。

 僕たちがいるのは、馬に引かれている車内の、いわゆる『箱』の部分だ。

 そしてその箱は、二部屋、前後に区切られている。


 後部が僕たちがいたメインの部屋。

 そして前部は、『従者が控えるための間』とされていた。

 つまり僕が今から入るのは、従者メイドのユリティアさんがいる場所である。


 スィーファさんのいる『御者台』へ向かうには、ここを通る以外ない。


 ――ガチャン。内側から鍵を開錠すると、ゆっくりと扉を開く。



 扉の先は、狭い空間に繋がっていた。

 紐で固定された山積みの荷物の横に、辛うじて一人分の座席がしつらえてある。

 窓は一つだけ。それも僕たちの部屋と比べれば大分小さめで、そこから薄明かりが差し込んでいる。


 ――まさに、小型の倉庫といった雰囲気の部屋であった。


 そしてそんな部屋の一角に、白黒のメイド服を着た美女が一人座っている。

 ――リゼに仕える『魔人メイド』、ユリティアさんである。


 彼女は馬車の揺れにも眉一つ動かさず。これぞメイドといった雰囲気で、姿勢良く椅子に座っている。

 彼女の手元には一冊の本があった。読書中だろうか?


 ……とりあえず、無言で通り過ぎる訳にもいかないか。

 僕は何やら熱心に読書をしているユリティアさんに、一言声を掛ける。


「こんにちは、ユリティアさん」

「……」


 ――どうやら僕の存在に気づいていないようだ。もしくは、気づいても無視されている可能性はあるが……。


 とりあえず、今は最前列のスィーファさんの所を目指すことにしよう……。



 ――と、その時である。ガシャンと、突然馬車が大きく揺れたかと思うと――僕は足を取られ、大きく転倒してしまったのだった。


『トーヤくんっ……!?』


 突然の出来事に、ギブリールも間に合わない。

 ……しかしそれも、仕方ないことなのだろう。そもそも今のギブリールには実体がないのだから、揺れを感知することが不可能なのだ。

 故に、反応が遅れるのも当然――。


 とにかく、大怪我だけは避けなければならない。僕は前のめりに倒れ込みながらも、頭だけは守ろうとする。


 そして、『』の衝撃に対して瞬時に覚悟を決めたのだが……

 

 ――あれ? 痛みがない。

 それどころか、何だか体全体に感触が……。


 ――むにゅり。柔らかいようでいて、この指先に弾むような弾力っ……!?


 ……いくら察しの悪い僕でも、これが何なのかぐらい分かる。

 そして僕は恐る恐る、目を開けるのだった。


「…………」


 ユリティアさんは、無言で僕のことを見つめている。

 密着するような至近距離に、ユリティアさんの身体があった。


 ……いや、『密着するように』どころの話ではない。

 実際の所、僕の身体は完璧にユリティアさんに覆い被さってしまっていた。


 そして、僕の手が掴んでいた『柔らかい』もの――それは、『ユリティアさんの胸』だったのである……!


 ――これは、マズい……!


 薄暗い密室で、男女が二人――それも男の僕が、上から押し倒すように覆い被さるような形で倒れ込んでいるのだ。

 これは完全に、『事案』の発生じゃないか――!


 ユリティアさんの身体は、元々体温低めなのか、ひんやりとしていた。

 ――ドクン、ドクン……。自分の身体が、徐々に昂って行くのを感じる。


 ……そんな中、ユリティアさんは僕の身体の下で、冷静に口を開くのだった。



「――私の身体で『気持ち良くなって』しまわれたのは分かりますが」

「……そろそろ退いて頂けますか、『』?」

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