01.「いざ王都! 爆走する馬車と、えーっと……リゼさん?」


 * * * * * *




 ――ルナミスティア解放歴1362年。

 ――ウグイスの月・第22の日。




 王都の周りに人が集まるというのは、自然の道理と言えるだろう。

 王都近郊には、それこそ数多くの都市が『小さな衛星』のように点在していた。

 例えば僕たちがいた花の町『フロリア』も、その一つだ。

 

 しかしだからと言って、そこに人の住む"都市"ばかりが存在する訳ではない。

 王都近郊といえど、手付かずの自然も数多く残っている。




 ――そこは王都とは目と鼻の先にある、"のどかな草原地帯"だった。


 穏やかな風に草葉が揺らぎ、野鳥の群れが群青色の青空を渡る。

 道沿いの草むらでは、小動物がカサカサと草をかき鳴らして走り回っている。


 ……まさに心洗われるような、穏やかな自然の景色である。



 そんな草原の中の一本道、見晴らしの良い景観を走る、一台の馬車の姿があった。



  ◇



 町の人々に盛大に見送られ、花の町『フロリア』を出発してから――早三時間。


 僕たちを乗せた馬車は、時折砂つぶと小石を巻き上げながら、王都へ向けて街道を進んでいた。


 ――ああ、窓の外を見れば、地面で種子をついばんでいた鳥が、馬車を見た瞬間、突然慌ただしく空へと羽ばたいていく……。


 ……そんな光景を、僕はこの草原に入ってから何度目にしただろうか。


 とにかく、速すぎる。

 別に、何かに追われている――とか、そんな訳でもないのだ。

 にも関わらず、この猛スピードである。


 鳥が驚いて逃げ出すのも、むしろ当然というか……中に乗っている僕でさえ、正直ヒヤヒヤものだった。


 ……なぜ『』になってしまったのか。

 その始まりは、今から三十分ほど前に遡る――。



  ◇



 ……そう、初めは平穏そのものだった。

 僕たちを乗せて、花の町『フロリア』を出発した馬車は、王都へ向かうべく、街道へと合流したのだが……。


 ――王都へと繋がる、大通りともいえる表街道。

 

 ぼんやりと道沿いを眺めていると、一定の間隔で町が見える。

 そして通行のために広々と整備された街道には、他の馬車や徒歩の旅人など、多くの人通りで賑わっていた。


 確かこの時点では――僕たちは今まで通り、『普通の馬車の旅』を送っていたと思う。……少なくとも、この時点では。

 

 ――このままこの大通りを進めば、時期に王都の到着するだろう。


 そう思っていた僕だったのだが……。

 しかしそんな僕の考えを裏切るかのように、馬車は脇道に逸れ始める。


「ん……? 妙だな。さっきまで大通りを進んでいた気がしたんだが……」

 

 そう言ってレオが、不思議そうな顔で窓の外を眺めるのだった。


 窓の外に見えたのは、大通りとは程遠い、林の中の小道だった。

 人気のない、物寂しい道路である。


「そうね……道に迷う、なんてことはないと思うのだけれど……」


 リゼも僕の横で、怪訝な顔をしている。


『……ねえトーヤくん、どうしたのかな?』

「どうだろう……ひょっとしたら、こっちの方が近道なのかも……」


 ギブリールも窓の外を眺めながら、耳元でコソコソと僕に語りかけてくる。

 しかし――それは『異変』の予兆に過ぎなかったということを、その後僕たちは知ることになる。


 林を抜け、見晴らしの良い"草原地帯"が見えてきたその時、それは起こった。

 ……馬車のスピードが、グングンと早くなっていったのである――!


 ――ガタン! 突然の衝撃とともに、馬車が大きく跳ねる。


「わわっ!」


 不意の衝撃でバランスを崩したレオが、小さな叫び声を上げる。

 そして――咄嗟に隣に座る、僕の腕を掴んだのだった。


 ――むぎゅ。

 突然、左腕がに包まれる。


 ――!?


 思わずドキリとしてしまう感触と、レオの体温。

 それにふわりと、女の子のいい匂いがする……。


「~~~~っ!」


 やがてレオと、それを見ていたギブリールの顔が真っ赤に染まっていく。


 ……だがしかし、それでもレオは離れようとはしなかった。

 気が動転しているのか、ガタンと馬車が跳ねる度に、レオは体を寄せてくる。


「す、すまないっ……その、私の粗末な身体を押しつけてしまって……」


「いや、僕の腕で良いのなら、幾らでもしがみついて貰って構わないんだけれど……いやむしろ、全然嬉しいというか……」

 

 正直、レオ――エレナみたいな『可愛い女の子』とこうやってくっつけて、嬉しくないわけがない。それが僕の正直な気持ちだった。

 それに、男装しているとはいえ、服の下はちゃんと『女の子』な訳だし……。


 そしてレオはといえば、僕の言葉に嬉しそうな、ホッとした様子を見せる。


「そ、そうか……それなら、良かった……ん……もう少し、近づいてもいいか?」


 そしてレオは、ピッタリと身体を寄せると、僕の腕を掴むのだった。

 その一方で、リゼはと言えば……


 ――むぎゅ。何やらもう片方の右側にも、柔らかい感触が……。


「……えーっと、リゼさん?」

「……エレナだけ、ずるいわ。私もトーヤ君と、ぴたっとしたい」


 そう言ってリゼが、レオに負けじと僕の腕にピタッと密着してくる。


 どう考えても、リゼのバランス感覚なら僕の支えなんて必要無いはず……!

 これはリゼが『そうしたい』と思ったから、以外の何物でもなかった。


 ――ドクンドクン。この心臓の鼓動は、果たしてリゼのものなのか、それとも僕のものなのか……。


 右と左、美少女の二人に挟まれて、ぴったりと身体を密着されている。

 『両手に花』とか、もうそんなレベルの話じゃない。



『むぅ……ズルいよ、二人とも……』


 前を見ると、天使のギブリールが恋しそうに僕たち三人を見つめていた。


 今のギブリールは霊体だ。だから馬車がいくら揺れても、影響はない。

 これは……不可抗力とはいえ、ギブリールが仲間外れみたいになってしまったのか。目の前のギブリールは、心なしか、寂しそうにしているように見えた。


「ごめんね、ギブリール。のけものみたいにして。……ほら、こっち来て」


 そう言って、僕はよしよしとギブリールの頭を撫でるのだった。

 するとギブリールは、『えへへ……』と猫のように嬉しがる。


『うん……ありがと、トーヤくんっ。ボクの身体が戻ったら、二人みたいに一杯可愛いがってくれるよねっ』


 嬉しそうな笑顔で、ギブリールが呟く。



 ひとまずギブリールの機嫌が戻った所で、気になるのはこの馬車のことだ。

 ……こうなったら、スィーファさんから直接聞くしかないか。


 まあ多分、何でもない理由だとは思うけれど……。


 そして僕は、一旦激しい揺れが収まるのを待つと――スィーファさんに事情を聞くために、ギブリールと共に前の席へ向かうのだった……。

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