プロローグ-B.「黒の玉座と【裏社会の巨人】」
* * * * * *
「ふぐっ……んーっ! んーっ!」
男のくぐもった声が、狭い階段の中に響き渡る。
その他に聞こえてくる物はといえば、コツコツと階段を降る音だけだった。
揺めく蝋燭の灯りが、
薄暗い地下室の階段を、一人の男が連行されていた。
男は手足を拘束され、口に猿ぐつわを噛まされている。
男が暴れる度に、彼を連行する布マスクの二人が痛めつけるように棒で叩く。
そんな状況にありながら、男は必死に抵抗を続けていた。
まるでその階段の先には、『恐ろしいもの』が待っているかのように――
◇
――キィィィィ。
階段を降りた先の、地下室の扉が開かれる。
広い地下室の中には、所狭しと
そして部屋の中央には、椅子に足を組んで座る『一人の青年』の姿があった。
――【シドアニア王国・某所】
そこは郊外に人知れず存在する、
『その青年』は黒い玉座の上で、気怠げに足を組み。
目の前の男に、冷酷な眼差しを向けている。
顔の半分を仮面で隠しており、表情を伺うことは出来ない。
しかし何よりもその口元から、絶対的な自信が感じられた。
残忍で、冷酷で――まるで自分は『支配する側』であり、『奪う側』であると自覚しているかのよう。
……この世界に、彼のことを名前で呼ぶ者はいない。
ただ彼は、【
仮面をつけているのは、『隠したい過去』があるからだろうか。
ただ一つハッキリしているのは――少なくとも、『その正体を知る者は誰一人生きていない』という事だけだった。
青年は、布マスクの二人に視線で指示する。
連行されてきた男の目に、絶望の色が宿る。
男の目の前には、とある処刑道具が置かれていた。――
――ガチャン。男は器具に固定された。
「さて」
「確かアンタは、オレに『忠誠を誓う』と言っていたな? 『命を捧げる』とも。だが――そうはしなかった。それどころか、一人でおめおめと逃げ帰り、あまつさえオレの元から逃げようとした。そうだよなぁ?」
断頭台の男を冷ややかな視線で見下ろしながら、青年が冷ややかに言い放つ。
男は、王宮の内通者の一人だった。
かつて『暗殺者』だったこの男が、どのようにして王宮へと潜り込み、政務官になりすましたのか――それは誰も知らない。
ただ、【
しかし、『魔の森』で事故に見せかけて暗殺する予定も――失敗。
にも関わらずこの男は、組織の粛正を恐れ、逃亡を図ろうとしたのである。
断頭台の準備が完了すると、布マスクの二人は青年に向かって会釈する。
「あの刃が落ちてきて、『バサリ!』と首を刎ねるというわけだ」
【
その言葉に反応するように、断頭台の男は必死に首を振るのだった。
バチン! 【
「余興だ。最後に一度だけ言い分を聞いてやるよ。ただし――『一言』だけだ。それ以上口を開いたら、アンタの首は飛ぶ。オレを納得させられなかったら、やはり首が飛ぶ」
「――!」
あまりに想定外の出来事に、男の頭は真っ白になる。
まさか、生き残れるのか――!?
考えろ、何か良い言い訳はないか!? そう考えているうちに、布マスクの男たちの手によって口元の猿ぐつわが外される。
しかし、すぐに男は重大な『思い違い』に気がつくのだった。
一言以上発したら、殺される――!?
そんなの、無理だ。
この人を一言で納得させるなんて、どうやっても出来るわけがない……!
「あ、ああっ……」
ここに来て、ようやく男は気づく。
――この男は、はなっから俺を見逃す気なんてないんだ……! ただ希望を与えて、反応を愉しみたいだけ……!
「だから言っただろう? ――これは
そして青年は、ただ『一言』で運命を決定する。
「――殺せ」
――いやだああぁぁぁ!
そして男の断末魔の絶叫と共に、一面に血飛沫がほとばしったのだった……。
◇
…………。
青年が仮面をつけ始めたのは、かれこれ五年近くも前のことになる。
忘れもしない。もう少しで栄光が成就しようとしていた、『あの日』の事を。
忘れもしない。
後もう少し、あとほんの少しこの指が喉に食い込んでさえいれば、手に入っていたはずの栄光を奪われたのだ。
その少年の名が『トーヤ・アーモンド』であるということ知ったのは、つい最近のことだった。
最初は、【剣聖】の情報を追っていただけだった。
――特徴的な【盾】の異能。そして、特異的な剣術の才能。
間違いない。そう確信するに至り、奇妙な運命を感じずにはいられなかった。
「ククククク……ハハハハハ! 面白い、実に面白い。『運命』とは、こういうものか……!」
そして【
「計画に滞りはない。間もなくこの国の歴史に、
鏡に映っていたのは、醜い傷――そして、狂気が渦巻く瞳だった――。
* * * * * *
――国旗、国章、国花、国鳥。
国には往々にして、『その国を象徴するシンボル』というものがある。
それはその国の歴史や風土に深く紐づいているものであり――国のシンボルを知ることは、その国を知ることであると言っても過言ではない。
シドアニア王国の
地の精霊【
まさに大国たるシドアニア王国に相応しい象徴ではあるのだが……実際、このシドアニアには『巨人』にまつわる逸話が数多く存在していた。
例えば古代の伝承曰く、シドアニア王城は巨人が作り上げた物であるという。
というのも、王城の正面には、一際大きな――それこそ巨鯨の如く大きな
またシドアニア王家には、こうも言い伝えられている。
シドアニアの王族は、
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