43.「ギブリールの自己紹介。そして、少女たちは打ち解ける」

  ◇



 ――バサッ。リゼの手により、勢いよくカーテンが開かれる。


 その瞬間、薄暗かった宿の部屋に、燦々さんさんとした朝日が差し込むのだった。


 きらめく白い光が、床上のきめ細かな絨毯の毛並みを、木のテーブルを、ベッドの白いシーツを――明るく照らし出す。


『とりあえず、一旦仕切り直しにしませんか? その……二人とも寝起きで、衣服が乱れていますし……』


 ……という僕の提案に、恥ずかしそうに赤面して胸元を隠すエレナと、コクリと眠たげに頷くリゼ。二人の賛成で、無事仕切り直しとなったのだけれども……。



 ベッドの傍らで佇んでいたギブリールが、僕に向かって念話で話しかけてくる。

 どうやら"チャンネル"の念話機能は、実体化した今でも使えるらしい。


『うーん……とりあえず、エレナさんとリゼちゃんには挨拶しなきゃだよね。だって、二人はボクの『お姉さん』みたいなものだし。……ね、トーヤくん♪』

(えーっと……お姉さん?)

『うん、そうだよ? だってほら、リゼちゃんもエレナさんも……ボクより先に、トーヤくんと色々しちゃったし……』


 そう言ってギブリールは、目の前のベッドをぐるりと見渡す。

 シワだらけになったシーツは、昨夜の『行為』の激しさを物語っていた。


 ――確か昨夜、僕たちが部屋に入った時には、ピッチリとシワ一つ無く整えられていたはず。流石は王室御用達の高級宿だ、と思ったものだったが……。


 それが一夜にして、こうなってしまうとは……。

 改めて自分のした事を突きつけられて、僕は思わずドキリとしてしまう。


 ……客観的に言って、昨日の僕は鬼畜ケダモノそのものだった。

 薬の影響とは言え、二人の処女を交互に責め立てたのだから……。


 ――そう言えばこのシーツ、所々濡れているような……。


 ……これってつまり……いや、これ以上触れるのはよそう。うん、それがいい。そうだな、そうしよう……。


 が……しかし。


『……ね、トーヤくん。勿論ボクにも『』、してくれるんだよね♡』


 ――ゾクリ。

 背後に回ったギブリールが、コッソリと耳元で甘く囁く。


 その瞬間、僕は退路を断たれたことを確信したのだった……。



  ◇



 ――そして、その後。

 僕たちは最低限の身なりを整え、再びベッドの上に集まるのだった。


 そして僕とリゼ、エレナ、そしてギブリールの四人は、それぞれ新しいシーツに替えられたベッドの中央で、姿勢を正す。


 ――見るからに警戒している様子のエレナと、普段通りのリゼ。

 そんな二人に挟まれながら、僕はギブリールと正面に向かい合う。


 ギブリールは、リゼとエレナに向かって、ニッコリと親しげに微笑む。


「また会ったね、リゼ。……そして、初めましてになるのかな、エレナさん。


 ――ボクの名前はギブリール。よろしくね、二人とも」


「そうだな、とりあえず……私も『よろしく』と言っておくとしよう」

「そうね。……私もよろしく、で良いのかしら」


 二人はそれぞれ、ギブリールに向かって返答する。

 様子を窺うエレナに対し、リゼは何やら納得した様子で言う。


「……ふぅん、あなたもこっちに来たのね」

「……ひょっとして、ボクのこと、気付いてた?」

「……少し、だけ。何となく、トーヤ君の周りに、あなたの気配を感じてたから。でも……こんなにすぐ再開できるなんて、思わなかったわ」


 そしてリゼとギブリール、二人の間に和やかな雰囲気が流れる。


 ――しかしそんな中、二人の会話について行けていない少女が一人。


(むぅっ……リゼは一体何のことを話しているんだ?)


 ――唐突に目の前に現れた、正体不明の少女ギブリール

 そもそも、我々がこの宿に泊まっている事すら重要機密のハズだった。

 どう考えてもおかしい……いや、だが、現にこの二人は、こうやって親しげに話しているわけだし……。


 ――むぅ、やはり、気まずい……。


 だが、ここはきっちり色々ハッキリさせるだろうっ。

 和やかな雰囲気を断ち切るのは心苦しいが……やるしかない。

 そしてエレナは、真剣な顔で切り出す。


「……ギブリールと言ったか、どうやら君はトーヤとリゼ、二人の知り合いのようだが……単刀直入に聞こう。

――君は一体何者なんだ? どうしてここにいる? 

それに君は私のことを『エレナ』と呼んだだろう。なぜ君は、私のその呼び名を知っているんだっ?」


 エレナは勢い良く捲し立てる。その様子を、僕は隣で見つめていたのだった。


 ……そもそもギブリールは、どうやって説明するつもりなのだろうか。

 僕がギブリールを紹介しようと申し出た時には、『大丈夫、自分で説明するから。まあ見ててよ、トーヤくんっ』と自信満々に言っていたのだが……。


「……うんうん、やっぱりビックリさせちゃったみたいだね。なにせ気持ちよーく眠っていた所に、急にボクみたいな部外者が現れたんだから。当然の質問だねー」


 ギブリールはそう言って、『うんうん』と何度も頷く。

 そして一呼吸置いた後、遂に話し始めるのだった。


「それで、どうしてボクがエレナさんのことを知っているのかだけど……


ふふーん、それはね〜、ボクはずっとキミたちのことを見てたからだよっ!


なんとボクの正体は、何を隠そう……天界から遣わされた天使なんだっ!」


 どどん!

 そう言ってギブリールは、大見得を切る。しかし……。


「…………」


 エレナはそんなギブリールに対し、拍子抜けしたような、キョトンとした様子を見せていたのだった。


 やがてギブリールの姿を、上から下までグルリと見回す。

 しかしすぐに、ブンブンと勢いよく横に振る。


「……疑ってるかも知れないけど、正真正銘、ホンモノだよ?」

「……いや、それは絶対にあり得ないなっ。"天使サマ"というのはだな、そもそもが『純真無垢』な存在なんだっ。可憐でか細く、お淑やかで……とにかく、君が天使などというのは、絶ッ対にあり得ないっ!」


 どうやらエレナは天使という存在に、『憧れに近い感情』を抱いているらしい。

 ……それも、かなり過剰なぐらいに。

 しかし意外だ。エレナが『天使好き』だったなんて。

 

「えー……ボクだって、『純真無垢』だと思うけどなぁ……確かに、『か細く』はないかもしれないけれど……」

「いやいや、本当に『純真無垢』なら、トーヤのことを押し倒したりしないだろうっ……!」

「むぅ……それはっ、悲しいけど、反論できないっ……」


 ――完全論破。いや、ギブリールが天使であることは間違いないのだけれど……今この場に限っては、エレナの言い分が圧倒的に正しいと言わざるを得ない。

 いやまあ、ギブリールの自業自得(?)ではあるんだけれど……。


『ううっ……だって、トーヤくんを見たら、我慢出来なかったんだもん……』


 ギブリールの心の声が、念話を通じて漏れ出てくる。


 ……しかし、このまま言い負かされたままでは終われない。

 やがてギブリールは最終手段といった風に、ベッドの上に立ち上がる。


「ふふっ……そこまで言うのなら、ボクの『本当の姿』を見せてあげるよっ」


 そう言うギブリールは、何やら不敵な笑みを浮かべていた。

 そしてギブリールは、胸元に手を当てる。すると――


 次の瞬間、ギブリールの背中に、神々しい光の粒子が集まっていき――やがてそこには、『天使の羽根』と言うべきものが形成されていたのである!


「ふふーん、これで、どうかなっ? ボクが天使だって、信じてくれた?」


 ギブリールはこれ見よがしに、背中の羽根をバサバサと羽ばたく。

 その姿にエレナのみならず、リゼも驚きを隠せない様子だった。


「ほ、本物……!?」

「うんうん、これで信じてくれたみたいだねっ。……えへへ、何ならボクの羽根、触ってみてもいいよ♪ ……ほら、トーヤくんもこっち来て♡」


 ……せっかくだから、僕も触らせてもらうことにする。


 そして唐突に始まる、『天使の羽根』お触り会。

 さわさわ、さわさわ……初めて触ったけれど……すごく触り心地が良い。

 シルクよりもずっと滑らかで、それでいて、しっかりと丈夫で……正直ずっと触っていたくなるような、そんな触り心地だった。


 ――わしわし、わしわし……。


「あははっ、くすぐったいよぉ〜、トーヤくんっ」


 なるほど……どうやらギブリールの羽根は敏感なようだ。僕は手を離す。

 ――順番交代。次はリゼの番だ。


「……綺麗」


 リゼは細い指で撫でるように感触を確かめると、静かに呟く。

 

 そして……エレナも恐る恐ると言った様子で、『天使の羽根』へと手を伸ばす。


「むっ……! これが、天使の羽根……か、可愛い……」

「ふえっ? そ、そうかなっ?」


 触られている間、ギブリールはくすぐったそうにしていたが……リゼとエレナの言葉に、嬉しそうに頬を綻ばせる。



 ――そして。

 それから僕たちは色んなことを話し合ったりして、徐々に距離を縮めていった。

 元々ギブリールもエレナも、普通の女の子なのだ。仲良くなるのに、そう時間は掛からなかった。


 ……途中リゼとギブリールの二人が、お返しとばかりにエレナの胸を揉みしだく――というハプニングもありつつ。


 ――こうして僕たち四人は、徐々に打ち解けていったのだった……。

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