42.「それから……朝のベッド、大騒ぎの朝。」

 ――それはまさに、一瞬の出来事だった。


 勢いよく僕の胸元へと飛び込んでくる、ギブリール。

 そしてそんな僕とギブリールの身体は、空中で綺麗な放物線を描き――やがて、ふかふかのベッドの上へとダイヴしたのだった。


 ――ドスンッ! むぎゅ〜っ!


 したたかな衝撃とともに、ギブリールの身体が僕の身体へと密着する。


「す〜ぅ、はぁ〜っ……クンクン……。えへへっ、スッゴい匂いだねっ♡」


 ギブリールは仰向けに押し倒された僕の身体に、のし掛かるように密着すると……可愛らしい顔をグリグリと僕の胸元に押し付けて、まるで堪能するかのように僕の匂いを嗅ぎ始めたのだった。

 

 !?


 オス・・メス・・のフェロモンが入り混じった、強烈な匂い。そんなどう考えても嗅がれちゃいけない類の匂いをギブリールに嗅がれてしまいながら――しかし僕は、どうしようもなく混乱していた。


「やっとトーヤくんのことを感じられるんだ……ふふっ、もうボクのことを『仲間外れ』になんて、させないからね?」


 僕の知っているギブリールなら、実体を持たない霊体のはず……!

 しかし目の前のギブリールは、紛れもなく実体として存在していた。


「スリ、スリ……これが、トーヤくんの身体……♡」


 ギブリールは僕の身体をサワサワとさすりながら、感動したように呟く。

 その姿はまるで、無邪気に尻尾を振ってご主人様にじゃれつく仔犬のようで――僕に向かってじゃれついてくるのだった。


「はぁ、はぁ……好きっ、好きっ……大好きっ……♡」


 ギブリールがスリスリと身体を擦り付ける度に、そのっ、色々な所が当たって……凄く柔らかっ――じゃなくて、どうしてギブリールが……!?


「えーっと、一体何があったのかな、ギブリール……?」

「えへへっ、いきなりで驚かせちゃったみたいだねっ。女神さまが、ボクのことを地上に送ってくれたんだ。……これでずっと一緒だね〜、トーヤくんっ♪」


 ――め、女神さま!?


 どうやら女神さまが、とんでもない『奇跡』をしでかしたというのは理解できたのだが……しかし事態は、それどころではなかった。


「むぅ……ふわぁ、何だ、騒がしいぞ……」


 恐らく物音で二人が目が覚めたのだろう、背後からバタバタと音が聞こえてくる。しかしギブリールは、そんなこともお構いなしといったように――僕の下半身の辺りにまたがると、馬乗りのような姿勢になるのだった。


「ねえ、トーヤくん。ボクの身体……どう、かな?」


 ――ぐりっ、ぐりっ……♡


 こ、この動きは、本当にヤバいヤツですって……! 

 そもそもこんな動き、ギブリールはどこで覚えて……!


 ……ハッ。まさか昨夜、リゼがやっていたのを見て……?


 そしてそんな僕たちの姿を、寝起きのエレナが目の当たりにするのだった。


「な、なっ……! だ、誰だっ!?」


 僕の上に馬乗りになったギブリールを見て、エレナは慌てて体を隠す。

 その表情は、まるで幽霊でも見たかのようで……。


 そして、僕は気づく。

 ……そうか、よく考えたらエレナは、ギブリールと面識が無いんだ……!

 そして今のエレナは、寝間着のはだけた、あられもない姿な訳で……。

 それで、突然どこからか現れた見知らぬ少女ギブリールに、普段男装で隠している自分の姿を見られたと思って、動揺しているんだ……!


 実際の所は、ギブリールは僕の背後霊のようにピッタリとくっついて行動していた訳で。エレナが女の子だということなんて、とっくの昔に知っている訳なんだけれども。


 そんな事情を、エレナが知る由もなく……エレナは慌てた様子で、自分の正体を誤魔化そうとするのだった。


「……わ、私は、『レオ・アークフォルテ』とは一切関係がない、"ただの通りすがりの女の子"だっ! ほ、本当だぞっ!? ……ほ、ほら、あの『御曹司』が、その……こ、こんな、『牛みたいな乳』の女な訳ないだろうっ……?」


 そう言ってエレナは顔が真っ赤にしながら、半ば開き直った様子で背筋を伸ばすと、見せつけるように胸を張るのだが……。


 ――バチンッ!


 その弾みで、胸元のボタンが一つ、勢いよく弾け飛んだのだった。


「っ〜〜!」


 とっさに震える乳を手で押さえながら、恥ずかしがるエレナ。


「わわ、私は一体、何をしているのだ……!」


 エレナはまるで、火が出るように真っ赤な顔で涙目になりながら、小声で呟く。


 ――何というか、その、ご愁傷さまです……。

 そんなエレナの盛大な自爆に、僕はこっそり同情していたのだが。


 ……そしてそんな所に、寝ぼけ眼のリゼが目元を擦りながら現れたのだった。


 リゼもエレナに負けず劣らずの、あられもない姿で……

 びっしょりとした寝汗で、薄手の寝間着が身体にピッタリと張り付いていた。

 しかしリゼはそんなことを気にする様子もなく、平気な顔をしているのだった。


 そしてベッドの上でうずくまるエレナを見つけると、不思議そうに訊ねる。


「ふわぁ……あれ、エレナ、どうしたの?」

「わ、私は……何でもない、そっとしておいてくれ……」

「……ふぅん、そう……」


 そしてリゼは、そんなエレナ越しに僕たち二人の姿を見つけるのだった。


 まずリゼは、ベッドに横たわる僕の顔を見つめる。

 そしてその視線は横にスライドし――やがて僕の下腹部の辺り、服の上からでも分かるほどの、ギンギンに硬くなって押し上げる『』へと視線が移る……。


「っ……♡」 


 その光景に、リゼは何かを思い出したのか……ポッと頬を赤くして、何やら一瞬太ももをモジモジさせるのだった。


 …………。

 とりあえず、今のは見なかったことにして……。


 そして最後に、リゼはギブリールの顔を見つけたのだった。



「んっ……あれ……ギブリール……?」



 少し驚いたような、それでいて、どこか納得したような……そんな声だった。

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