40.「そして、夜が明けて」


「好きっ、好きっ……トーヤ君……♡」

「わ、私も、その……もう一度、キス……をっ……んんっ♡」


 雄と雌の甘ったるい匂いが充満した、早朝の薄暗い宿の室内。

 そこでは吐息混じりの甘い声と、ギシギシとベッドが軋む音が響いていた。


 理性というブレーキを外し、ただお互いの『好き』という気持ちをぶつけ合う。

 まるでこれまでの孤独や寂しさを、まるっと全て埋め合うかのように……




 ――僕を迎えるかのように、ベッドに仰向けに横たわるリゼ。

 ――そして、そんなリゼの腰をガッシリと両手で支えながら動く僕。


 ……好きだ、好きだ、好きだ、好きだッ!


 僕が激しく愛を伝える度に、リゼの体が小さく浮き上がる。

 リゼの好意から、もう逃げたりしない。リゼに僕の『好き』を全力でぶつける。


 好きを伝え合うことが、こんなに気持ち良かったなんて……。

 腰が抜けそうになる程の快楽に、思わず僕は体の動きが激しくなる。


 隣で一人物欲しそうにしていたエレナがキスをせがんできたので、横から彼女の体を引き寄せると強引に唇を奪う。

 舌を絡める度に、エレナはウットリとした蕩けたような目を見せる……


 ――徐々に押し寄せてくる、快楽の波。

 ――そして訪れる、何度目かの果て。


 けれど薬のせいで、体の猛りがなかなか治らず。

 僕はベッドでグッタリとしているリゼから己自身を引き抜くと、今度はエレナをベッドの上に押し倒す。


「……今度はエレナの番だね」


 僕はエレナの耳元で愛を囁く。

 エレナは僕の囁きに、恥ずかしそうに手で顔を覆い隠すのだった。


 まるで普段の凛々しい姿が嘘みたいだ。

 そんなエレナの可愛いらしい仕草に、僕の感情は爆発する。

 そして僕は体の猛りそのままに、エレナの体に『好き』をぶつけるのだった。





(……凄いよトーヤくんっ、二人もいっぺんに相手にしちゃうなんてっ)


 そして、そんなトーヤたち三人が仲睦まじく愛し合う横では。

 "天使少女"のギブリールがポッと顔を赤くして、三人が繰り広げる『』に熱い視線を送っていたのだった。


 ――何だろう、三人を見ていると、なんだか凄くドキドキする。


 何だかイケナイ物を見てしまっているような背徳感。

 いつもより男らしいトーヤくんに対する、ドキドキした感情……。

 けれど、どこか胸がチクリと痛む、この感じ……。


『――でも、全部トーヤくんがイケナイんだよ? だって、ボクをこうしたのは、全部トーヤくんなんだからね……』


 ギブリールは呟くと、熱っぽい視線をベッドの上のトーヤへと向ける……。



 ――と、その時。


『あらあら〜♡ あの仏頂面のリーゼロッテが、あんな女の子の顔をするなんて……。やるわね〜、トーヤちゃん♡』


 突如として聞こえてくる、聞き馴染みのある"ゆるふわ"声。

 トーヤくんとのチャンネルに、突然女神さまが割り込んできたのだった。


『わわっ、女神さま……!? てっきり、帰ったのかと……』

『うふふ、帰る訳ないじゃないですか〜♡ そんなことより、いい所なんですから! ギブちゃんも、一緒に見ましょ?』


 そう言って女神さまは、悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 女神さまは早速自分のスペースを確保すると、キラキラした目で目の前の景色を見つめるのだった。


『うふふ、役得、役得♪』


 ホクホク顔の女神さまに、ギブリールも内心『いやいや、役得じゃないですってば、女神さまっ!』と思いつつ……。自分も人のことを言えないので、ギブリールは黙り込むのだった。


 ――そして、女神さまを交えての突然の鑑賞会が始まる。


 三人が絡み始める度にドキマギするギブリール。そして一方、嬉しそうに「きゃー!」と黄色い声援を上げる女神さま。


『ふふっ、でも、ギブちゃんが男の子の背中を押してあげようだなんて。ギブちゃんも変わったのねー』


 目の前で抱き合い、熱いキスを繰り広げるリゼとトーヤの二人を見つめながら――女神さまはしみじみと、感慨深そうに呟く。



『でも……それじゃあ誰がギブちゃんの背中を押すのかしら?』



 ボクは女神さまの言葉にハッとすると、女神さまの顔を見上げる。


 ――この世の全てを慈しむ、女神さまの瞳。それがボクに向けられていた。


『そんなの、ボクだって……』


 ギブリールは思わず言葉に詰まる。


 リゼちゃんだってエレナさんだって……二人はトーヤくんの側にいるのに、どうしてボクだけ『見てる』だけなんだろう。

 そう思うことは、一度や二度じゃなかった。けれど……その度に明るく振る舞って、自分の気持ちを誤魔化してきた。


 『元気が出る薬』でトーヤくんの背中を押したのだって……トーヤくんに、ボクのことを見て貰いたかったからだ。


 ――このまま見ているだけだなんて……絶対にイヤだ。全身でトーヤくんのことを感じたい。抱きしめられたい。抱きついて匂いを嗅ぎたい。トーヤくんと同じ物を食べて、トーヤくんと同じ風を感じたい。よしよしと頭を撫でて欲しい。『チュー』だってして欲しい。そして、何より――


 ――



 女神さまは、ボクの瞳をジッと見つめる。

 ――雰囲気が、変わった。いつもの"ゆるふわ"な雰囲気の女神さまから、まるでスイッチが切り替わったかのように別人の雰囲気を纏う。


 それはまるで、神託を下す時の女神さまのようで……


『――あなたの願い、聞き届けました』


 そして女神さまは、ボクに向かって言うのだった。




『これより女神である私が命じます。



――天使ギブリールよ、これより地上へと降り立ち――『勇者トーヤ・アーモンド』と共に、セカイを救いなさい』




 ――ドクン。心臓の鼓動が高鳴る。


 ボクも、トーヤくんと一緒に居られる……?

 聞き間違いじゃないよね? けど、確かにボクの耳にはそう聞こえたんだ。トーヤくんと一緒に、世界を救えって……!


『め、女神さま……! い、いいんですかっ!?』


 ボクははやる心で女神さまに問いただす。すると女神さまは、ニッコリと微笑んで首を縦に頷くのだった。



『頑張ってね、私の可愛いギブちゃん♡』



 そんな女神さまのウィンクと共に、ボクの体は光に包まれる。


 ――ありがとう、女神さま……


 そして、ギブリールの身体は地上へと降下する独特の感覚に包まれる。

 やがてギブリールの意識は、深い闇へと沈むのだった……。

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