30.「そして始まる、『暗殺者』と『メイド』の共同戦線。」

 ――月の光を反射して、キラキラと輝く刀身が、闇夜のそらを乱れ舞う。


 剣の使い手は、総勢三名。そのいずれもが、超一流の剣士であった。

 翻る刀身。打ち合う火花。『人を殺す技術』と『人を切り分ける技術』、そして『人ならざる殺戮者』が激しいぶつかり合う――!



 ……しかし、そんな息もつかせぬ攻防が続く一方で。そこから少し離れた所では、一人の"天使"が、その様子を羨ましそうに見つめていたのだった。


『はぁ……羨ましいなぁ……』


 ギブリールは目の前で繰り広げられる饗宴に、一人静かに溜め息をつく。


(うう……トーヤくんは集中して、ボクの声が聞こえないみたいだし。……あーあ、ボクも仲間に入れて欲しいなー)


 この戦いを見ていると……トーヤくんとあいし合った、あの時の事を思い出して、思わず体が疼いてしまう。

 戦場で、刺したり刺されたり、そういった事が大好きなギブリールにとって――今の状況は、物凄い生殺しに他ならなかった。


 ――けど、今のボクはトーヤくんの"守護天使"なんだ。これぐらい、我慢しないと……! うう、でも、やっぱり、無理かも……。


 うずうず、うずうず。

 そんなギブリールの隣で、白兎ホワイトラビットは戦いを眺めながら、呆れた様子で呟く。


「――全く、目的地に着いたそばから戦い始めるニャンて……暗殺者という物は、血の気が多くて困るニャン! ……天使さんも、そう思わニャいかニャ?」

『えっ? 強い敵を見たら、戦ってみたくなるのが普通だと思うけど……。あれっ? ボク、何かおかしな事言ってるかなっ?』


 「あれっ?」と、そう言ってキョトンとするギブリールに対し……白兎ホワイトラビットは何やら顔を引き攣らせると、引き気味に後ろずさるのだった。


「ヒェッ……ここにもとんでもない戦闘狂がいたニャ……まさか、お前も『あっち側』だったニャんて、天使の娘っ子……」

『えーっと、どうして、そんなにドン引きしてるのかな……?』

「とっ、とにかく、お代分の仕事は終わらせたので、そろそろ退散させて頂くニャン! それでは、またのご利用お待ちしておりますニャン!」


 そう言って白兎ホワイトラビットは、まるで震える小動物の様に怯えつつ……最後は愛想を振り撒きながら、慌てて夜の闇に消えていく。


 ――と、そうこうしているうちに、戦いは終盤へと移り、トーヤくんが『悪い男』を追い詰めていたのだった……。




  ◇



 …………。


 曰く、囲われた安全な空間の中に、かつて失われてしまった"楽園"を再現しようとしたのが、庭の始まりであるという。


 ところで一つ、『花の町』フロリアの中にあって、"最も美しい"と、誰もが口を揃えて断言する庭園があった。

 フロリア市長邸・庭園――代々のフロリア市長に受け継がれてきた、由緒正しい庭園である。


 ――左右の花壇には、美しい花々。そして正面には草花が曲線のアーチを描き、ゲートを形作っている。


 そこに現れたのは、夜の庭園を駆ける、一人の少年の人影。

 右手には古めかしい剣を持ち、左の腕には真紅の盾を構えている。


 少年は俊足を飛ばし、門をくぐる。門を抜けた先には、大きな白い噴水が建っていた。そして目の前に広がる、美しい"楽園"――。


 そこでは、さぞ腕の立つ職人なのだろう――通いの庭師の手によって綺麗に整えられ、今も色とりどりの花々が可憐に彩っていたのだった。


 しかし、楽園の姿を模していながら――そこは、安全な空間とは程遠い。


 ――風向きが、変わった。

 カサカサという草木の騒めきが、夜の庭園に鳴り響く。


 僕は重心を落とし、周囲を警戒しながら、庭園の中に大男の姿を探す。


 ――追跡者と、逃亡者。

 ユリティアさんと僕が共闘を選んだ一方で、数的不利を悟った『戦う医者ドクトル・クリーク』は、一旦庭園の中に身を隠し、奇襲ゲリラ戦法を選択したのだった。


 元々実力が拮抗した者同士、このままだと数に押され、敗北は免れない――

 ならば一旦離脱して各個撃破を狙い、あわよくば奇襲で葬り去るというのは、成る程、悪くない考えだ。


 だが――暗殺者であるこの僕に『追いかけっこ』を仕掛けようだなんて、少し考えが甘くはないかなっ!


 ピュウという風切り音と共に、三人の人影が夜の花園を駆け巡る――!


 雲間に輝く、蒼白い月。

 夜の空に、ゆっくりと雲が流れる。月に雲が掛かり、地上に影を落とす……。


 ――見つけた・・・・


 そして僕は【縮地】を発動、急接近するッ!


 ――カキンッ! カキンッッ!!!


 ぶつかり合う、二つの刃。庭園に鳴り響く、甲高い金属音。

 常人では見切ることすら不可能な、僕の一撃に対し――『医者ドクトル』は緊急回避的に剣先を"斬撃の軌道上"に転移させると、辛うじて受け切る。


「……成る程、恐ろしい切れ味だ……。堕落したシドアニアの地に、これ程の使い手が居たとはな。この斬撃、私でなければ真っ二つだったぞ?」


 思わず『医者ドクトル』は、目の前の少年に称賛を送っていた。

 ――夜の庭園で、相対する二人。

 かくして、『暗殺者アサシン』と『医者ドクトル』の対決が幕を開けたのだった……。

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