31.「『医者』vs『暗殺者』。そして戦場に、剣戟の嵐が降り注ぐ。」

「っ……!」


 またしても、不可解な光景だった。

 両腕に掛かる抵抗から、すぐに初太刀が防がれたということは分かった。 

 しかし、その方法がおかしい。


 空中から突然剣先が生えてきた――としか、表現のしようがない。

 

 常人ならばこの状況で、虚を突かれ思考を停止させるだろう。

 しかし、熟練の暗殺者であるトーヤに限って、それはあり得なかった。

 

 超速で思考を回転させる。

 こういう時は、まず状況確認をするのが先決だ。

 ただ……だからといって、目の前にある脅威から目を逸らしてはいけない。

 

 鍔迫り合い中に敵の刃から目を逸らすなんて、自殺行為に他ならないからだ。

 そしてすぐさま僕は、周辺視野を使って"敵の形状"を確認する。


 二つある手のうち、右手は剣の柄を握ったままだ。ここまでは敵の姿に変わりはない。しかし問題はこの先だ。


(そういう事か……!)


 その先を目にした時、僕は相手の能力を察知する。

 剣の柄から伸びているはずの刃が、途中で途切れ、消えてなくなっているのだ。

 それが意味する事。それはつまり……


(局所的なワープ能力……! それも鍔迫り合いが出来るという事は、剣は繋がったままということ……! おそらく、戻すのも自在ということか)


 原理としては、おそらくカルネアデスの塔の『転移門』と同じ現象だろう。二つの異なる地点を繋げる不可視のゲート、それを実体化することによって、あの『途切れた剣』という一見不可思議な光景を作り出したのだ。


 剣の先だけを敵の斬撃の軌道上に転移ワープさせ、本来ならば防御不可能な攻撃すらも防ぎ切る――確かに、恐ろしい能力に違いない。


 だが、この防御方法にも弱点はある――!


(剣士は、己の剣の長さで間合いを掴む。だが剣先だけを転移させるという事は、自分からその『物差し』を放棄するということ……! 間合いを掴めなければ、防御もクソもない。だから、この"曲芸"は何度も連発できないはず……!)


 つまり、僕が選ぶべき最善の選択――それは、臆せず攻めることだ!


 そして僕は間髪入れず、第二撃、第三撃と打ち込む!


 ――ガキンッ! ガキンッッ!!


「ぬうっ……!」


 速さを生かした連撃を繰り出すトーヤに対し、『医者ドクトル』は防戦を強いられる。


(なるほど。初見にしてこの対応、既に我が能力を見抜いたと見える。やるな、少年……! だが能力を見抜いただけでは、この私を倒すことなど出来はしない!)


 カウンター気味に放たれる、横ぎの一閃に対し――しかしトーヤは即座に【盾】を構えると、何とかギリギリの所で防ぎ切る。


 ――ガキンッ!


 鳴り響く金属音。そして【盾】を構えた左腕に感じる、巨大な衝撃――。


 何という、重い一撃。大体、僕が放つ斬撃の二発分弱の威力はあるだろう。

 なるほど、上背が僕よりずっと高い分、力は向こうが上という訳だ。


 だがスピードに関しては、こちらに分がある――!


 ……この男のことは、ユリティアさんが仕留めたがっていたみたいだけれど。

 町を破壊した張本人。そして、敵である帝国。僕にだって戦う理由がある。


 斬――ここで仕留めるという意思!

 斬――逃走経路は与えない!


 ――ガキンッ! ガキンッ! ガキンッ! ガキンッッ!!


 連撃。連撃。連撃! しかしその斬撃の全てを『医者ドクトル』は捌き切ると――辛うじて、致命傷を躱していく。

 そんな、ギリギリの拮抗した戦いの中で―― 『医者ドクトル』はたまらず間合い取ると、高揚した様子で言い放つのだった。


「クッ、ハァハァ……強いな、少年! その剣技……我が国ならば、『筆頭騎士』に値するであろう。だが、それだけに惜しいな……! 貴様の様な有望な若者すら、この腐った国では埋もれていく……!」


 事実、純粋な剣技ならば、トーヤの実力は『医者ドクトル』のそれを遥かに凌いでいた。

 剣技だけではない。その飛び抜けた観察力と対応力は、まさに『神がかり的』とでも言うべきものだろう。


 だが、現実はどうだ。ただ異能に恵まれただけの男が"銀級勇者"と称えられ――真に讃えられるべき才能が、正当な評価を得られず埋もれている。

 それも、異能に恵まれていないという下らない理由でだ!


 なんという不幸――そして『医者ドクトル』は、トーヤに向けて言うのだった。


「忌まわしき邪神の痣を持つ少年よ。

その痣はこの世界に存在してはならないのだよ!


刻まれた者に過大なる力を授ける『異能』――


人がどんなに努力しても得られない力が、生まれながらに与えられる……これ以上に不幸な事があるのか!?


貴様もこう考えた事はなかったか?

神に与えられた才能が全てと言うのなら、人の生とは一体何なのだと! 


――神の気まぐれに操られる奴隷だとでも言うのか!?」


「…………」


 僕は戦いの手を止め、静かに『医者ドクトル』の言葉に耳を傾けていた。

 この男――確かに、あながち間違った事は言っていない。

 僕だって、この【盾】の異能について、確かにそう考えたことがなかったと言えば嘘になる。


 目の前の男が一体何を考えているのか……その言葉が、果たして本心から出たものかは、僕には判別不能だ。

 

 だが……! 全てが『不幸』であると決めつけられるのは、

 確かに僕たちの人生は、異能に翻弄されたと言っても過言ではない。けれど――それを『不幸』の一言で片付けられて貰ったら困る……!


 ――そして僕は、『医者ドクトル』に向けて言い放つ。


「確かに、あなたの言う事は間違っていないのかもしれない……けど! あなたは、……!」

「何っ!?」


「自分の考えを、人に押し付けるなッ!」


 そして僕は【縮地】を発動――一瞬で間合いに入り込むと、『医者ドクトル』に向けて斬撃を浴びせるのだった――!

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