29.「【盾】使いの暗殺者は、魔人メイドを助け出す。」
「なにっ!? 我が"不可避の刃"が通らない、だと……!? あり得ん……!」
乾坤一擲の一撃を遮られ、『
……私の『虚空転移』の術式の発動は、完璧だったはずだ。
しかし、空間すら歪め、標的を貫く――筈だった刃は、目的を達することなく、虚空にて静止していたのだった。
行く手を阻むのは、真紅の【
――まさか、我が術式が
◇
――まさに、ギリギリだった。
トーヤは【
一瞬たりとも考える暇は無かった。ただ、戦う二人の姿が僕の目に入った瞬間――気付けば僕は、二人の『怪物』の間に割って入っていたのである。
(っ……良かった、生きてる……! けど、我ながら無謀にも程がある……。こんな『化け物』二人の間に割って入るなんてっ……!)
『ユリティアさんの生存』
幸い、自分の身体に損傷は無かった。ただ、とんでもなく疲労しているけど、それは気合いで何とかするとして……問題は、この『二人』だ。
僕の背後には、まるで堕天使のような『漆黒の翼』を持ったユリティアさんが、赤い血を流しながら立っていた。
負傷の多くは切り傷……か。目の前の男にやられたと見て間違いないだろう。
負傷の度合いは存外に激しい。けど、それよりも――
初めて見る、魔人の姿……でも、不思議と嫌悪感は無かった。
背中には人ならざる翼が生え、右手は戦う為だけの剣と化した、まさに『異形』と言うべき姿である。
それでも――目の前の少女が、『ユリティア』である事には変わりないと、僕は感じていた。何とも不思議な感覚だ……姿もまるっきり変わっているというのに。
多分、それはきっと、姿は大きく変わっていたものの……彼女が持つ、独特の雰囲気は変わっていなかったからかも知れない。
(それと何となく、
僕の背後に佇む『もう一人の美少女』を横目で見ながら、僕は考える。
……とにかく、それよりも。集中すべきは、目の前の男だ。
そして僕は【盾】を構えながら、目の前の『黒服の大男』を見据える。
男は傷だらけで、ユリティアさんよりもダメージを負っているようにも見えた。
しかし、その姿はさながら、手負いの猛獣。手負いでありながらも……その戦力は衰えていないどころか、その脅威度は計り知れない。
その右手には、既視感のある剣を持っていた。
なるほど……僕と同じ、『剣使い』か。
ただ気になるのは、その剣の方。恐らく『名工クオン』の手による物なのだろうが……あの形は、見た事がない。
――うーむ、『名工クオン』の作品は、大体頭に入ってたつもりだったんだけど。僕の知らない
ユリティアさんが魔人であることは、これまでの情報から、ある程度予測済みだったものの……目の前の男については、何の情報も持ち合わせていない。
所属は明白、ゼルネシア帝国であろう。しかしその実力は、未知数……!
さっきの一撃だって、そうだった。
ユリティアさんは、明らかに間合いの外の、安全圏にいたはずだ。
けれど僕の暗殺者としての勘が、あの剣に見えない『何か』を感じ取ったのだ。
暗殺者として、長年死が身近だったこともあり……僕は"死の気配"というものを感じ取れるようになっていた。
――例えば、崩れかけの崖。崩落寸前の橋。
表面上は、普通の景色と何も変わらない。けれど、僕の目には、そこに確かに"死の気配"が見えるのだ。
そして今。僕には見えた。あの剣先に、尋常ならざる"死の気配"が……。
――あの剣、普通じゃない……!
もし僕の到着がコンマ一秒でも遅れていたら……きっとユリティアさんの心臓は、この剣で一突きに串刺しにされていたに違いない。
これまで戦ったことのないタイプの敵だ……はっきり言って、人間と戦っていると考えるのは得策ではないだろう。
こういう時の対処法は一つ。"正体不明の魔獣"と戦うつもりで掛かことだ。
そうすれば余計な油断をする事なく、不測の事態にも対処することができる。
そして僕は、背後のユリティアさんに目配せする。
「……なるほど、あれがこの町を滅茶苦茶にした元凶って訳だ。できるなら、僕もここでアイツを倒しておきたい。――ここは共闘と行きませんか?」
「……仕方ありません、いいでしょう。ただし、『とどめ』は私が頂きます」
ユリティアさんの言葉に、僕は静かに頷く。
自分の手で殺したがるなんて、何やらあの男と相当の因縁があるらしい。
……それとも他に、何か理由があるのだろうか?
それはともかくとして――
僕とユリティアさん、『暗殺者』と『メイド』という異色のコンビの共闘が、今まさに始まろうとしていたのだった……。
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