28.「『紅い落城』――魔王城が落ちた日。そして……」


「魔王は……死んだよ。俺は最期にあの人と話をしたんだ。俺に託すって……」


「…………!? 詳しく、話を聞かせて貰っても、よろしいでしょうか……」




 ――背後で燃え盛る、炎。

 落城を迎えつつある、魔王城の一角にて――。



 魔王の肉体を引き継いだシャロンは、一人のメイド姿の少女と対峙していた。


 ――見るからに聡明で、冷静で、気の強そうな、超一流のメイド……。


 彼女と俺とは、見たことも会ったこともない、完全な初対面のはずだ。けれどどうしてだろう、シャロンは彼女の名前を聞かなくても分かっていた。


(確か、彼女の名前は……ユリティア、だった気がする。四天王の一人で、俺の――じゃなかった、『魔王の』腹心の配下、だったはず……)


 そしてシャロンは、自分が何故そのことを知っているのかを思い出す。

 転生の間際――追体験した『魔王』の記憶の中に、彼女の姿があったのだ。


 ――四天王にはただ一度だけ、『代替わり』があった。四天王の中で唯一、生まれてからずっと魔王城の中で過ごしてきた、『次世代』の魔人――。


 ……とにかく、彼女は今の自分にとって、信頼できる相手なのは確かだ。

 そしてシャロンは、目の前で立ち尽くす彼女に向かって、自分の経験してきた全てを包み隠さず話すのだった。


 ……正直言って、話している自分でも、にわかに信じがたい内容だと思う。もし自分が聞かされる立場だったら、笑って相手にしないかも知れない。


 しかし――恐らく即座に真実であると見抜いたのだろう。目の前の少女は、シャロンの言葉に真剣な表情を浮かべながら、静かに耳を傾けていた。


 ――そしてシャロンは、最後まで話し終える。


「魔王様……」


 そう呟くユリティアは、遠い目をしていた。

 まるで目の前の『魔王の器』にではなく――消えてしまった『魔王の魂』に向けて、思いを馳せているかのように……。




 そしてその後、ユリティアから、この城が置かれている状況を聞かされた。


 ――外界から隔絶された場所にそびえる魔王城。そして、長い年月の末、数を減らしてきた魔人たち。彼らは外の世界に干渉せず、ひっそりと暮らしていたのだが――遂にその場所を嗅ぎつけた人間たちが、軍勢を率いて攻めて来たのだと……。


(……そうか……『魔王』は……そういう事だったのか……)


 ユリティアの言葉が頭の中に入って行くたびに、シャロンは頭の中の『魔王』の記憶を一つずつ取り戻していく。


 ……そしてユリティアは、静かに告げるのだった。


「『帝国』――人の軍勢はすぐそこまで迫ってきています。

 この城は……もう持ちません。だから……最後の花火を上げます。

 他の四天王たちと一緒に城を脱出してください。


 ……私は、大将の首を取ってきます」


 ――そしてユリティアは、決意を帯びた横顔を見せる。



 ……そしてシャロンは他の四天王と共に、魔王城を脱出するのだった。


 ――すぐに追いつきますから、安心してください。


 ユリティアが残した、その言葉を信じて――。




 ――そしてその日、魔王城は陥落したのだった……。



  ◇



 そしてユリティアの殿しんがりの甲斐あって――

 無事に『帝国』の軍勢の包囲から脱出する事が出来た『魔王』シャロンは、ユリティアを除く四天王の三人と北方を落ち延びるのだった。


 ――『千里眼』のアスタリア。

 ――『竜王』のブネロイ。

 ――『高貴』のベリアモンド。


 覚束ない足を三人に助けられながら、シャロンは帝国の追っ手から逃げ続ける。


 敵は帝国だけではなかった。『魔の北方』の名の通り――凶悪な自然も、凶暴な魔物も、力を失った『魔王』達へと鋭い牙を剥いてくる。

 

 襲いかかる魔物たちに立ち塞がるのは、『千里眼』『竜王』『高貴』の三人。

 ――彼らはまさしく、四天王の名に恥じない強さだった。

 圧倒的な力を行使し、群がる魔物を、帝国兵士たちを屠っていく。


 しかし、休みなく戦い続ける彼らに、徐々に疲労が積もり重なっていく。

 このままだと近いうちに、この中の誰かが命を落とすだろう……。



 目指すは、最後の四天王――ユリティアとの合流。



 しかし、そこに現れたのは――魔導騎士たちを率いる魔導帝国皇帝だった――。



 一触即発の、緊迫とした空気。

 ――『千里眼』が、『竜王』が、『高貴』が。

 傷だらけの体で、闘志を剥き出しにして戦闘形態へと移行する。


 シャロンは確信する。このままだとまず間違いなく、死人が出る。


 ――これ以上、誰かが傷つく必要はないんだ。

 だったら……俺一人が犠牲になればいい。そしてシャロンは一人、前に出る。



「俺の命は差し出す。だから……この人たちには、手を出すな」



  ◇



 ――そしてその後の出来事は、語るまでもないだろう。

 

 ……気がつけば、ザーザーと窓の外では雨が降り始めていた。

 そしてシャロンは窓際に近づくと、窓に手をかざし、外を眺める。


 そこから見えるのは、暗い影を落とす黒鉄の町。煙突の群れと、空を覆う黒煙。

 そして……鉱山では、ゴブリン達が人間に操られて働かされていた。


 ――なんでだろうな……今の俺にはこの光景が、凄くおぞましい物に見える。


「……ほぉ、これは珍しい物が見れたぞ。いつも無気力のお主が、こうも黄昏たそがれているとはな。もしや、故郷の事でも思い出したか?」


 一人しかいないはずの部屋の中で、突如として、背後から声が聞こえてくる。

 振り返るとそこには、いつの間に潜り込んでいたのだろう、着物を着た、つり目の鬼の娘――『クオン』が立っていた。


「相変わらず、神出鬼没な婆様だ……。剣を打つしか興味の無いアンタが、一体どういう風の吹き回しで俺の元に来たんだ?」

「むっ……別に、、情報交換をしに来ただけだが? ……引きこもりのお主と違って、わらわの耳には『外の便り』が届くのでな。……あと、妾は婆様などではない。可憐でピチピチのか弱い乙女じゃ。呼ぶならば、クオン『お姉様』と呼べ。バカタレ!」

「知らねーよ、俺の感覚だと『千年も』生きたヤツはババアなんだよっ」


 シャロンはそう言って、クオンに向かって言い返す。

 それを見たクオンは、やれやれと言った様子で首を振るのだった。


「……フン、どうやらまだ人間の頃の感覚が抜けておらんようだの。……だが、そんな事はどうでも良い。妾が伝えに来たのは、ただ一つ。――どうやらお主の『友』であるトーヤ・アーモンドが、帝国と交戦したそうだぞ?」

「……そうか」

「何じゃ、反応が薄いのー。もう少し、リアクションの一つでも見せれば良いのに。心配では無いのかー? 主の『親友』なのだろう?」


 クオンの一言に、シャロンは不敵に笑みを浮かべる。

 そして、言うのだった。



「……心配なんてするかよ。なんてったって、アイツは――



 ――『の暗殺者』なんだから」



  ◇



 そして――フロリアでの戦いは、佳境を迎えていた。

 鬼神の如き勢いを見せる、『戦う医者ドクトル・クリーク』。彼の狂気が、徐々に『メイド姿の魔人』を追い詰めていく。


 そして、"フラガラッハの魔剣"の刃がユリティアに届こうとした、その時――


「――【シールド】!」


 一人の人影が、"フラガラッハの魔剣"を遮ったのだった――。

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