27.「月夜の花園の死闘。そして――『囚われの魔王』は回想する。」

 ――そこは洋館の前に広がる、小さな花園……。


 月明かりが照らし出す、色とりどりの花々の中で――二人の人影が、『命を削り合う闘い』を繰り広げていた。


「そうだッ、段々と理解わかってきたぞ、貴様の『構造』が……! だが、まだ足りない。完全に再現するには、やはり貴様を『標本』にする他無いようだな……!」


 そして『医者ドクトル』は再び、"偽法術式"『虚空転移』を発動する。

 メイド姿の少女に襲いかかる、不可知の刃の数々――

 しかしユリティアは、華麗な身のこなしで致命傷を避け続けるのだった。


 だが――


 ――ポタリ、ポタリ……

 少なくない血が、ユリティアの体から流れ落ちる。


 致命傷は回避したとはいえ、全ての攻撃を躱し切る事は不可能。

 しかしそれでもユリティアは、余裕を崩さない。そして、まるで挑発するような口振りで、『医者ドクトル』に向けて言うのだった。


「――あら、その程度の攻撃で、この私を解剖するおつもりですか? ……ならば、思い知らせて差し上げましょう。今まさに、『死神の鎌』は貴方の首元に掛かっているという事を――」


 そして――パチン。ユリティアが指を鳴らすと、花園の一面に舞い散る"黒い羽根"が


「――――ッ!」


 ……その時になって、ようやく『医者ドクトル』は気づくのだった。

 ――自分が知らぬ間に、『数百の刃』に囲まれていたという事実を……。


 黒翼の刃は一斉に宙を舞う。そして花園に落ちた羽根の一枚一枚が凶器と化し、『医者ドクトル』へと襲いかかる――!


「――ぐおおっ!!」


 ――ザシュッ、ザシュッ!!

 鋭い音を立てながら突き刺さる、黒い羽根、黒い羽根、黒い羽根……。

 襲いかかる激痛に叫び声を上げながら、それでもなお『医者ドクトル』は倒れない。


 針山のように突き刺さる、黒い羽根の数々――。

 しかしユリティアは間髪を入れず、大地を蹴り、加速。


 ――追撃の手を緩めるつもりはありません。確実に仕留めさせて頂きます!


 そして繰り出される、恐ろしい速度の刺突――!


 ――しかし。


 ……ユリティアの"漆黒の剣"は、虚しく虚空を斬る。


 やがて羽根は瘴気と化し、霧の如く消えていく……。

 そしてドクトルの姿が露わになったのだった。ボロボロの黒衣。傷だらけの体。


 だが――その目からは生気は消えていなかった。

 そして、『医者ドクトル』は呟く。


「――成る程、成る程。貴様が舞えば舞うほど、戦場に羽根が落ちる……『遅効性の毒』という訳だ。かなり、肝が冷えたぞ……! だが、私の命を獲るには少々軽過ぎたようだな……!」


 "フラガラッハの魔剣"により、ユリティアの必殺の一突きをギリギリの所で防ぎ切った『医者ドクトル』は、獰猛な笑みを浮かべていた。


 痛みを感じる素振りすら見せず、『医者ドクトル』はニヤリと笑う。そして驚くべき事に、最初に受けた傷がもう治りかけていたのである。

 ――魔人に匹敵する、異常な自然治癒力……。


 そして『医者ドクトル』は、『刻印が記された剣』を掲げる。恐らくあの刻印は、切れ味を強化しているのだろう。魔人の体であっても無傷で済まないのは、今までの戦いで証明済みだ。


 そしてユリティアは、思考を巡らせる。


(……成る程、そうですか。これで仕留め切れないとなると、少々面倒な事になりますね。例の『しもべ』を呼び戻す手もありますが……)


 しかし何よりも、

 ユリティアにとって、闘いとは生存競争の為の手段でしかなく――それ以上でも、それ以下でもなかった。


 しかし、目の前の男は違った。この男は、闘いを楽しんでいるようにも見える。


 気味が悪いが、強い――



  ◇



 ………………

 …………

 ……



 ……そして、シドアニアから遠く離れた地にて……。

 『魔人』ユリティアと『戦う医者ドクトル・クリーク』ローゼンシュタインが、生死を賭けた死闘を繰り広げていた、一方、その頃――。



 ――【ゼルネシア帝国領・某所】



 広々とした、小綺麗な空間。丁寧に清掃され、その部屋には埃一つ無い。

 一通りの家具が揃えられ、部屋の中央には大きなベッドが陣取っている。

 そこは一見すると、豪勢な貴族の寝室のようにも見えた。


 ただ一つ奇妙なのは、その部屋には『居住者の意思が感じられない』ということ……。無機質に揃えられた家具。無機質に整えられた室内。

 そこには一切の『自由』が存在していなかった。


 ――そんな部屋の中心で、一人の少年が目覚める。


 夜の薄暗い室内で、少年はゆっくりとベッドから体を起こす。


「……。そうか、夢、だったんだな……」


 そして少年は、誰もいない部屋の中で、静かに呟く。

 彼の目に映るのは、ウンザリする程見慣れた、鳥籠とりかごの中の風景……。


(……そうか、そうだよな……。だって、俺は……)


 突然に現実に引き戻されて、少年は落胆する。


 ――それは、昔の夢だった。彼が『この姿』になる前の、懐かしい記憶……。


 ――彼の名前はシャロン・レイヴンハート。又の名を――『魔王』。


 彼は白衣を着させられ、長い間この部屋で軟禁生活を送っていた。


 自分は一度、死んだはずだった。森の中で、恐ろしい怪物に殺されて……。

 そんな自分が、一体なぜこんな場所にいるのか。


 固く閉じられた窓を、遠くに見やりながら。

 シャロンは、静かに思い出すのだった……。



  ◇



 ――それは、唐突な『目覚め』だった。




「ここは、一体……?」


 ――空気が、冷たい。


 シャロンが目覚めたのは、見たことのない場所だった。


 赤い絨毯じゅうたんが敷かれた、物凄く広々とした空間……。

 これは、石造りの床だろうか。こんな広い部屋は、生まれて初めて見る。


 ――それに、この椅子……。

 自分が座っている、見たこともないような、美しくて大きな椅子。


 シャロンは名前だけは知っていた。

 これは、王様が座る椅子。玉座だ……。


 ――つまり、ここは、城……?


 しかし、シャロンは分からなかった。何故、自分はここに居るのだろう。

 城なんて、それは物語の中でしか知らない存在だった。


「俺は死んだはずだ……トーヤ……そうだ、トーヤはどこにいる?」


 そしてシャロンは、慌てて立ち上がる。

 彼の脳裏に真っ先に浮かんだのは、他でもない親友のことだった。


 何やっているんだ、今はこんな所でのんびりしている場合じゃないだろう!

 早くアイツを助けに行かないと……!

 しかしシャロンが玉座から立ち上がろうとした、その瞬間――


 ――バタン!


 シャロンは前につんのめるように、倒れるのだった。


「痛たた……」


 強かに床に体をぶつけて、シャロンは思わずうめき声を上げる。

 椅子から立とうとするだけで転ぶなんて……まるで自分の体じゃないみたいだ。


 ――自分の体じゃない……?


 その言葉にシャロンは、何か大事な事を思い出しそうになる。

 そしてシャロンは、自分の体を見る。


 そこにあったのは、かつての自分とは似ても似つかぬ体だった。

 背は縮んで、体もずっと軽い――日々の肉体労働で鍛えられたシャロンの体からすると、随分と線が細く感じられる。


 そして――そこでようやく、シャロンは思い出すのだった。


 ――そうだ、俺は一度死んで……『あの人』に体を借りたんだ。


 


「けど……だとしたら、『あの人』は、もう……」


 そしてシャロンは思い立つ。

 ――早く知らせなければ。『あの人』がもういないって事を……!



  ◇



 ――そして、その後。シャロンは覚束ない足取りで、城を移動する。


「あれは、火……? ひょっとして、戦争をしているのか……?」


 廊下を歩くシャロンは窓から身を乗り出すようにして、外の様子を伺う。

 そこから見えたのは、火と土煙だった。

 恐ろしい火の手だ。もしこれが石の城でなければ、とっくに燃え移って焼け落ちてしまっていただろう……。


 ――そして、その時。


「魔王様! 御自分でお歩きに!? お体の方は問題ないのですか!?」


 背後から声が聞こえてくる。何やら驚いた様子の少女の声だった。

 その声に、シャロンは振り向く。


 ――そこにあったのは、見目麗しいメイドの姿。


 それが『魔王』シャロンと、『メイド』ユリティアの、"最初の出会いファーストコンタクト"だった……。

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