26.「怪物激突。vs.『戦う医者《ドクトル・クリーク》』ローゼンシュタイン」

 屋敷の外で、ざわざわと風がざわめく。

 それはひょっとしたら、これから起こる"嵐"の前触れだったのかも知れない。


 ――夜の窓に映る、二人の人影。


 右腕を漆黒の剣へと変異させながら、闇の翼を翻し、優雅な佇まいから一転して音速で距離を詰める『メイド服を着た魔人』。

 虚空から右手に一振りの剣を現出させ、白金しろがねの刃を差し向ける『戦う医者ドクトル・クリーク』。


 衝突は、一瞬だった。


 ――カキンッッ!!!

 暗闇の中で、刃と刃がぶつかり合い、一面に火花が散る。

 

 ……『圧倒的強者』同士の激突。

 それはお互いが一閃しただけで、広大な屋敷全体がきしむほど。


 ――二人の剣風で、カタカタと窓が振動する。


 それを見て、『医者ドクトル』はニヤリとわらう。

 ――成る程。所詮ここは人の家。『魔王城』とは訳が違うということか。


「この場所は、我らが闘うには狭すぎる――!」


 そう言って、『医者ドクトル』は右腕に力を込めるのだった。

 そしてそのまま、屋敷の外壁に向かって振り抜くのだが――


 ――ドゴオォン!

  

 ……屋敷の外壁。そこには、大穴が空いていた。

 恐ろしい怪力――果たしてこれは人間業と呼べるのだろうか……?

 まさに、恐るべき光景……しかしそれでもユリティアは、眉一つ動かさない。


 そして土煙が舞う中、二人は狭い廊下から広い中庭へと戦場を移すのだった。


 『医者ドクトル』は空を見上げながら、大仰な素振りで一人呟く。


「……良い月だ。そう思わないか? 『嗚呼、見上げれば月ばかり』――まさに、これから『死合う』我々に相応しい……」

「生憎、人間世界のうたには興味ありませんので。……それより良いのですか? そんな隙だらけの姿を見せて」

「ああ、構わんさ。どう転んでも、私に敗北は無い」

「……そうですか。なら――今からそのさえずる口を塞いで差し上げます」


 ――鋭い剣風、舞う血飛沫ちしぶき

 そして次の瞬間、『医者ドクトル』が纏う黒衣に真紅の一線が刻み込まれたのだった。


「…………!」


 しかし『医者ドクトル』はたじろぐことなく、メイドの方へと向かっていく。

 まるでこの程度の手傷は承知の上だ、と言わんばかりに。


 ――キンッッ!!!


 再び、二つの刃が交わる。そして始まる、剣戟の応酬――!

 お互い戦略級の実力を備えた者同士、いつ勝負が決してもおかしくない。

 しかし死闘を繰り広げる『医者ドクトル』の口元は、自然と笑みを浮かべていた。


(くっ……やはり強いな……! 早くも裂傷が三つか。面白い、実に面白い……!)


 己の体に降り注ぐ、致死量の刃を躱しながら――しかし『医者ドクトル』は歓喜する。


 彼が受けた指令は一つ。『剣聖を試せ』――しかしそんな詰まらぬ事、既に彼の頭の中から消えてしまっていた。


 まさしく僥倖だった……まさかこの地で、『かの魔人』と出会えるとは……! 

 目の前の魔人は、幾度目かの剣戟を掻い潜り――我が肉体に裂傷の数を増やす。


 強い――! 桁外れの強さだ。ただ私を殺すなら、容易いだろう。

 ただ殺すなら――しかしこの状況では、それはただ仮定に過ぎない。

 

 そして、『医者ドクトル』は口を開くのだった。


「たしか貴様の力は『自ら手に掛けた生き物クリーチャーを支配する能力』だったな……」


「差し詰め貴様の狙いは、支配した私を使って我が祖国へ潜入――主を助け出そうという魂胆なのだろう? だが、無駄だ。貴様に利用されるくらいなら、私は自ら死を選ぶ」


「だから言ったのだ。どう転んでも、私に敗北は無い、とな」


 ――戦場で言葉を発するのは、集中を乱すのに繋がる。それでも尚リスクを負って『医者ドクトル』が口を開いたのは、ユリティアの選択肢を縛る為だった。


 こうなれば、嫌でも一撃による死を狙わざるを得まい。

 ――口先すら武器とし、相手を惑わし、勝利を掴む。これこそが、心理を熟知した『医者ならではの心理戦』という物だ。


 そして――『医者ドクトル』は間髪入れず、自らの切り札を出す。

 それは、神の奇跡を『にせ』て生み出した、人為的な"奇跡"――。


 ――"偽法術式"『虚空転移』


 空間という障壁を無視して、隔たれた二つの地点を結びつける、"神の業"。


 医者としてのローゼンシュタインはこの術式を用いて、人体に傷を付けずに、体内の患部を摘出していた。


 ――しかし、戦場に場所を移せば、人を救う術も人を殺す凶器へと変貌する。

 斬撃を飛ばしながら、剣先だけを異なる空間へと飛ばす。それは文字通り、不可視にして、『』となるのだ!


 ――カキンッ! カキンッッ!!!

 

 そして『医者ドクトル』は、火花散る剣戟を繰り返しながら――隙を見てメイドの懐へと剣先を飛ばすのだった。


「くっ……」


 やがてユリティアのメイド服に、血が滲み始める。

 しかしそれでも尚、ユリティアの闘志は衰えない。それどころか、その剣は鋭さを増しているようにも見えた。


 まだ立つか。まさに、これぞ"奇跡"。ドクトルは狂喜に震える。


 並みの相手なら、必中の斬撃に数瞬と持たずに"標本"にされるだろう。

 しかし目の前の"強敵"は、必中のはずの斬撃の幾つかを躱してみせたのだ。


 まさに、私が求める"奇跡"そのものではないか――! 

 そして薄っすらと、目には涙すら浮かべながら――感極まった『医者ドクトル』は、思わず天を仰ぐのだった。

 


「嗚呼……! わが父よ、感謝します――

この手で『我らが神』を"解剖アナトミー"する機会を下さることを……!」



「――貴方の神になった覚えはありません」



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