19.「剣聖少女の陽動作戦。そして衛兵たちは、暗殺者と邂逅する」

 ――そこは煉瓦レンガ造りの家々が立ち並ぶ、フロリアの町の居住地区だった。

 窓はことごとく固く閉め切られ、人々は外の魔物たちに気取られないようにと、家族で固まりながら、家の中でひっそりと息を殺している……。


 そんな家々に挟まれた路地の小道を進む、三人の衛兵の姿があった。

 動いているのは彼らだけではない。他の衛兵たちも、それぞれが隊列を組みながら、この迷路のように入り組んだ居住地区をしらみ潰しにしていくのだった。


 彼らは統率の取れた動きで、居住地に入り込んだ魔物を追い詰めていく。


 レオの出した指示は的確だった。

 レオの考えた策、それは魔物を『市場の方向』へと追い詰めること。

 人の多い居住地や繁華街から徹底的に魔物を追い出し、深夜で無人の『フロリアの市場』の方角へと魔物を誘導する。


 そしてそこには他ならぬ、リゼの活躍があった。

 理由は不明だが、町に現れた魔物たちは、明らかにリゼを狙っている――。

 そこでリゼが囮となり、魔物たちを誘い出したのだ。

 リゼにおびき寄せられまんまとフロリアの市場に誘導された、哀れな魔物の群れ。そして無人の市場でリゼは、振り向きざまに魔物を一掃するのだった。


「……これで、百体め……んっ、もう超えてたっけ……?」


 数が多すぎる上に、倒した死体が瘴気と化すせいもあって、正確な数を把握することは出来なかったが……とにかくリゼはこの作戦で、百以上の魔物を討伐することに成功したのだった。

 正直リゼも、ここまで上手くいくとは思っていなかった。けれど……これならひょっとすると、犠牲者ゼロで終わらせることも出来るかもしれない。


(……これも、エレナの作戦のおかげね。……もしかしてエレナって、かなりの策士……?)


 数ある見張りの眼をかいくぐって、魔物の大群が町の中に入り込む、という――あまりにも想定外すぎる事態。

 しかしレオという司令塔が現れたことで、町の衛兵は統率を取り戻し――その最悪の事態を避けることができたのである。


 ――それも全て、レオの采配があったからこそ。

 的確に衛兵を動かし、市民の被害を最小限に抑えたことで、この町の防衛機能の全てのリソースを魔物の殲滅に注ぐことが出来たのである……。



 ――そして、今も衛兵たちは魔物を殲滅していたのだった。


 煉瓦レンガの家々に挟まれた路地の小道を進む、三人の衛兵たち。

 彼らの視線の先にいたのは、一匹のゴブリンだった。


(む、またか。どうやら先に誰かと戦っていたらしい。手負いのようだ……)


 そのゴブリンの身体には、鋭利な刃物で斬られたかのような切り傷が見える。

 そして傷を庇っているせいか、動きも鈍い。そしてダメージのせいか、集中力も切れているようだった。

 その証拠に、背後から接近する我々の気配に気付きもしない。


 手負いの魔物との遭遇――この居住地区に入ってから、これで三回目だった。


 基本的に衛兵という職業は、異能を授かりながらも勇者になれなかった者たちの集まりだ。故に、勇者のように魔物と正面切って戦う力など持ち合わせていない。

 地の利を生かし、奇襲を仕掛け、集団で襲い掛かる――それで初めて有利が取れるのである。

 だからこそ、こうして手負いの魔物が流れてくるのは好都合だった。


「敵は手負いだ、確実に仕留めるぞ……! ――今だ、掛かれ!」


 そして三人はゴブリンを囲むと、同時に異能を発動したのだった。

 【風裂スラッシュ】の異能――手負いのゴブリンに、"風の刃かまいたち"が襲いかかる。

 おそらく、この世界で最もありふれた異能であろう。しかし手負いのゴブリンを討伐するにはこれで十分だった。


「――グギャアアァァッ!」


 力なく崩れ落ちたゴブリンの身体は、やがて瘴気となって消えていく……。

 その様子を見届けながら、衛兵の中の年長者が呟くのだった。


「……どうやら近くに、誰かが居るようだな。あの体の傷、斬撃系の異能か?」


 【風裂スラッシュ】と同系列の斬撃系。そしておそらく、威力は段違いだろう。

 しかしフロリアの衛兵の中に、これだけの威力を持つ異能者などいないハズだ。

 ――それなら一体、誰が……? 


「こうやって、みんな『手負い』なら楽なんスけどねー」


 そうやって考え込む横で、若い衛兵の男が軽口を叩く。

 しかしそんな呑気さに釘を刺すように、年長の男が嗜めるのだった。


「ったく、そんな美味い話ある訳ないだろ、偶然だよ、偶然! ……とにかく、気を引き締めて行けよ、新入り!」

「はぁ……ハイハイ、分かりましたよ、センパイ。けど……入舎して一週間でコレって、ツいてないにも程があるよなァ……」


 そう言って若い衛兵は、恨みがましく天を仰ぐ。

 そして再び三人は、居住地区を魔物を探して探索していたのだが……。


 ――彼らの前に次々と現れる、手負いの魔物の数々。


「おいおい……マジかよ」


 ……そして三人は、確かに目にしたのだった。


 ――眼にも止まらぬ速さで剣を振り下ろし、オークを一刀両断する少年の姿を。

 剣筋が……見えない。そしていつの間にか、魔物が倒れている。

 そこには恐るべき早さで魔物を狩る、"金髪巻き毛の美少年"がいたのだった。


(まさか、あれが"レオ様"が言っていた、例の遊撃部隊か……!?)


 リーダー格である年長者の男が、ゴクリと唾を飲み込む。

 確かにあともう一人、学院から来た少年がいると聞いていた。

 遭遇した際には協力して欲しいと仰っていたが……とんでもない!


(今までの魔物も全て、彼がやってくれたのか……!)


 その少年、トーヤは振り向くと、三人の衛兵の姿を確認する。

 そして無言で、静かにこちらを見つめ――

 やがて彼は夜の闇に紛れると、何処かへと消えてしまったのだった……。

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