18.「一方のその頃。暗殺者の少年の暗躍。そして――天使少女は"おねだり"する」

 ――そして一方、その頃。


 瓦礫ガレキに溢れたフロリアの町の中で一人、暗躍する少年の姿があった。

 闇に紛れ、静かに音も鳴らさず。しかし、次々に魔物を"暗殺"していく。


 鋼のような頑強さを誇る、魔物の肉体。普通なら刃を通すのは至難の業だろう。


 ――例えばこの、ハイゴブリン。

 一見手足は枯れ枝のように細く、腹部もゴムまりのように弛んでいるように見えるが、その実――


 その腕は枯れ枝などではなく、まるで鋼鉄が芯に入っているかのように硬く。

 そして腹部の脂肪は優秀な緩衝材として働き、生半可な打撃衝撃は吸収し、跳ね返してしまう。


 やわらつよさを兼ね備えた肉体なのである。


 しかし――

 万物には呼吸がある。それは魔物も同様だ。

 "剛直なる瞬間"と"弛緩した瞬間"は同一ではない。正面から立ち向かえば抵抗は最大でも、背後から隙を突けば最小限の抵抗ですむのである。


 例えば十歳の少年が刃を持ち、暴漢に切ってかかったとして――真正面から戦えば、少年の力では簡単に刃を受けられて、返り討ちにあうのがオチだろう。

 しかし、油断したところを背後から襲えば、同じ刃でも呆気ないほどにすんなり刃が入ってしまうものなのだ。

 同じ肉体でも、シチュエーション次第ではこうも頑強さが変わってしまう――


 確かに魔物に刃を通すのは至難だ。しかし僕は闇に身を潜めながら、魔物が弛緩する"その一瞬"を決して見逃さずに刈り取ることで、それを可能にしていた。


 そして僕は魔物を暗殺して回りながら、何かを探すように辺りを見回す。


 ――やはり、ここにも居ないか……


 僕は荒廃する深夜のフロリアの町で、一人の人を探していたのだった。

 その探している人物、それは他でもなく――メイドのユリティアさんである。


 それで、ユリティアさんのことだけれど……

 この夜、暗殺者の襲撃があった後――隣の部屋に向かったリゼとレオが行った時には、既にユリティアさんは居なくなっていたそうである。


 スィーファさんによると、彼女は一人で外に出て行ってしまったらしい。

 曰く、「用事が出来ました」とだけ寝起きのスィーファさんに言い残し、次の瞬間には既に居なくなってしまったのだという。


「うう、心配や……やっぱりあの時、ウチが引き止めるべきやったんやなぁ……なあトーヤん、ユリティアさんのこと、助けてあげてくれへんかなっ? トーヤんなら、きっと出来るハズやろ? ううっ、一生のお願いや……ウチが何でもするから、頼むわっ、トーヤん……!」


 そう言って涙目で縋りつくスィーファさんを何とかなだめると……僕たちは手分けして、それぞれの役割に動き始めたのであった。


 ――リゼとレオの二人は、魔物の討伐と市民の救助。

 ――アンリさんとスィーファさんは、保護した市民の誘導。

 ――そして僕は遊撃部隊として魔物を積極的に排除しつつ、ユリティアさんを探しに町の中へと向かう。


 そして僕は町を駆け抜けながら、一人考えるのだった。

 しかしそれにしても、この町の有り様……無残と言っていい。

 あれ程美しかった街並みも、魔物が暴れたせいでぶち壊しにされていた。

 活気のあった商店も、今では屋根が落ち、花は踏みにじられてしまっている。

 やはり、酷い有り様だ……


「糸を引いているのは、まず間違いなく帝国だろうな……」


 そして僕はそんな町を進みながら、ボソリと独り言ちる。

 そんな僕の何気ない一言に、ギブリールは反応するのだった。


『どうして帝国って分かるのかな? トーヤくんを狙うのは、別に帝国だけじゃないよね? 例えば王宮とか……』


 そう言って、僕の隣で不思議そうにするギブリール。

 そうか、ギブリールは帝国のこと、よく知らないんだっけ。

 そして僕はそんなギブリールに対し、解説を始めるのだった。


「それは、帝国は異能者を毛嫌いしているからだよ。暗殺者も同じ……帝国は絶対に異能者を雇わない。あの二人は、どちらも聖痕が刻まれていなかった」

「勇者にしろ、暗殺者にしろ……戦闘という一点において、異能者が絶対有利なのは変わらない。だからこそ、帝国の差し金だと判断出来るんだ」


 そして僕はギブリールの様子を伺う。

 僕の説明に、どうやらギブリールは納得した様子だった。

 そしてギブリールは、静かに呟く。


『ふぅん。でも、気に入らないな……『女神さまの加護』を毛嫌いするなんて……』


 ……ギブリールが、かなり怖い。

 どうやら女神さまを否定されたと感じたらしく、帝国に憤っているようだ。

 とにかく、早く話題を変えた方がいい。暗殺者の勘がそう告げている。


「そ、そうだ。ギブリールに一つ頼みたいことがあるんだけど……」

『えっ、トーヤくんがボクに頼み? な、何かなっ!?』


 僕の一言に、ギブリールはすぐに食い付いてくれた。それに、怒りの雰囲気も一気に吹っ飛んだようで……とりあえず、これで一安心だ……。

 そして僕は、頼みごとをギブリールに打ち明ける。


『人探し? ユリティアさんじゃなくていいの?』

「……うん。多分、こっちの方が早く見つかると思うから。でも、なるだけ早くお願い。……出来るかな? ギブリール」

『そうだね、なら……トーヤくんがボクのことまた『可愛い』って言ってくれたら……やってあげても良いかなっ?』


 そう言ってギブリールは僕を上目遣いで見つめると、おねだりをしてくる。


 な、なるほど……等価交換という訳か。けど、交換として成り立っているのだろうか? 別に僕に可愛いって言って貰っても、大したことないだろうし……。

 けど、他でもないギブリールのお願いなのだ。それに、『ギブリールが可愛い』ということは純然たる事実な訳で……


 そして僕は足を止めると、ギブリールに真正面から向き合う。


「……何言ってるんですか、別にお願いなんかされなくても、何度だって言ってあげますよ。『ギブリールは可愛い』って」


『っ……!! ねえ、本当にボクって、可愛いかな……!? ボクなんて、嘘つきだし、戦うことばかり考えてるし……今だって『トーヤくんに殺されたいな』って、変なことばかり考えてるてるし……!』


「……可愛いです、凄く」


『そ、それじゃあ……ボ、ボクのことも……『トーヤくんの女』にしてくれる、かな……?』


 そう言ってギブリールは、僕にゆっくりと顔を近づけ――

 やがて、二人の顔が重なる。霊体だから触れることは出来ないけれど……ギブリールはリゼを真似るようにして、僕に向かって口づけを交わす。

 ギブリールは、初々しい少女のようだった。まるで小鳥がついばむように、ちゅっ、ちゅっと、甘えるようなキスをしてくる。


 そして、しばらくして顔を離すと――ギブリールは顔を紅潮させる。


『えへへ……これでボクも、『トーヤくんの女』だねっ! これでボクは、トーヤくんだけだから……他の男のひとなんか、寄せ付けないからねっ』


 ギブリールはそう言い残すと、探し物のため、夜の町へと飛んでいく。

 そして、まるで嵐のように過ぎ去っていったのだった……。

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