28.「そして、夜。蒼白い月の下で、暗殺者たちはメイドと邂逅する」

「こんばんは、スィーファさん」

「おー、トーヤ君やん。何や、お散歩でも行っとったん?」

「……まあ、そんな所です」


 スィーファさんは僕の姿を見ると、親し気に声を返してくれた。

 うーむ。この様子だと、あまり深刻な話じゃなかったのかな?

 ただ、会話の相手はあの・・ユリティアさんだからな……


 そして僕は挨拶もそこそこに、それとなく探りを入れるのだった。


「……それでスィーファさんは、ユリティアさんとお話ししてたみたいですけど、何かあったんですか?」


「むふふ、そんな『スィーファさん』やなくって、『スィーちゃん』って気軽に呼んでくれてええんやで? ……で、さっきの会話のことなら、別に何かあったわけやないで。ただ、あのメイドさんが地図を見たがってたみたいやから、見せてあげたんやっ。この地図なんやけどな?」


 ――地図? 思いがけず出てくるその単語に、僕は一瞬キョトンとする。

 そしてスィーファさんは懐から、一枚の地図を取り出したのだった。

 見るからに、古そうな地図だ。そしてそこに書かれていたのは、何と僕たちがいる魔の森イービルウッズの地図だったのだ。


「これは、古い地図ですか。これってもしかして……魔の森の地図ですかっ?」

「おっ、トーヤん、よく分かったなー。この地図な、魔物の縄張りが書いてあんねん。この森に入る前に、あのメイドさんから貰ったんや」

「ユリティアさんから……」


 ……なるほど、魔の森の地図なんて貴重な物、滅多に出回るものではない。

 つまりこれは、王宮所有の地図というわけだ。王国はこの魔の森を、何度も攻略を試みたというのだから、正確な地図を持っていてもおかしくはない。


 けれど……ジッと眺めているうちに、僕はこの地図の妙な点に気づくのだった。


「でもこの地図、おかしいですね。あのワイルドボアの大群と戦った……ここ、地図上では魔物の縄張りの外になってますけど、どう見ても縄張りの中でしたよ?」

「せやねん。ちょっぴりおかしな所もあるんやけど……けど古い地図やからなー、少しくらい間違うとるのも、仕方ないんやないかな?」


 スィーファさんが言う。しかし僕は納得できなかった。


 ……いや、それはおかしい。

 確かにこの地図自体は古いものだけど、見たところ地図内の情報は頻繁に訂正が入っているようだった。そして訂正印から判る最新の日付は、一昨日のもの。

 つまり、この地図に書かれているのは、最新の情報……。


 ……ん? 待てよ、この訂正印、ちょっとおかしくないか?

 そして僕は、ジックリと地図を眺める。そして、確信するのだった。


 ……やっぱりそうだ。この地図の上には、がある……!


 一つは古い時代から、ずっと使われている印。

 そしてもう一つは、一昨日から突然使われ出した印……!


 二つとも見た目ははかなり似ているが、再現が難しい細かい部分に齟齬がある。

 間違いなくこの二つの印、全くの別物だ……!


 そして、僕たちがワイルドボアと戦った場所も、後者の印が使われている……。

 とすると、この偽装地図を用意したのは……"魔寄せの香"を設置させたのと、同一人物と考えて間違いないだろう。


 ――用意した偽物の地図で馬車を魔物の縄張りへと誘導し、魔寄せの香で周辺の魔物を集め、僕たちを数で圧殺する……!


 ……なるほど、一つの暗殺プランとして、中々筋が通っている。

 事故に見せかけて殺す――これも、暗殺の常套手段なのだ。


 ただ……一つ、気になることがあるな。

 そして僕は、もう一つ気になったことをスィーファさんに訊ねることにする。


「ユリティアさんはこの地図について、何か言ってましたか?」

「いや、特に何も。静かーに黙り込んで、じっくり眺めとったわ。しいて言うなら、最後に『見せていただき、ありがとうございました』ってお礼ぐらいやな」

「…………」


 なるほど、そうか……。

 そして僕は、じっくりと考え込むのだった。そんな僕の様子を、スィーファさんは興味深そうに眺めている。


「む? トーヤん、何か気になることでもあるん?」

「いえ……ただ、少し考えさせて下さい」

「ええよー、どんどん考えやー」


 そして僕は、ゆっくりと自分の世界に入り込むのだった。


 そうか。ユリティアさんはこの訂正印について、何も言及しなかったのか……。

 するとユリティアさんは、この異変について何も気付かなかったのか……?

 ……いや、ユリティアさんは洋館で、あの僅かなやり取りから、セバスの正体を看破して見せたのだ。

 彼女の観察力と洞察力なら、むしろこの訂正印に気づかない方がおかしい……!


 ――だとすると、少し引っかかるな……。

 ユリティアさんは訂正印に気づきながらも、それに言及せずに、見逃した。

 そう仮定してみると、少々おかしなことになるのだ。


 大前提として、ユリティアさんは王宮から遣わされた人物だ。そしてその王宮には、二つの勢力がある。

 一つは僕たちを王宮に招き、勇者として迎え入れようとする勢力。……これが表向きの王宮のスタンスだ。

 そしてもう一つが、それを妨害し、僕たちを亡き者にしようとする勢力。偽の地図を渡し、森に魔寄せの香を設置したのも彼らの仕業だろう。


 そして先ほどのユリティアさんの行動は、どちらの勢力に属しているとしても、妙な行動になるのだ。

 もし仮に王宮サイドだったら、地図の偽装を指摘しない理由はないし、もし妨害サイドだったら、そもそも地図を確認しようとなんかしないハズなのだ。


 そして、この条件で考えられる可能性に、僕は一つ心当たりがある。

 それは――このどちらでもない、『』に属している可能性――!


「それで、スィーファさん。この地図について、少しお話しがあるのですが……」


 ……そして僕は、静かに口を開く。

 そしてこの地図について、スィーファさんに打ち明けるのだった……。

 


  ◇



 そして、その後……。

 スィーファさんとの会話を終えた僕は、テントへと戻るのだった。

 テントでは、リゼとレオが寝袋シュラフを取り出して、寝る準備を始めていた。


 そうだな……とりあえず、僕も寝ることにしよう。

 

 


 ――そして、トーヤたち三人が就寝し、寝静まった真夜中にて……。

 メイド服を着たユリティアが、静かにテントを抜け出すのだった――。



  ◇



 ざわざわとざわめく、暗い森の中……。

 木の洞のトンネルを抜けた先、"オアシス"の入り口に、一人の男が立っていた。

 銀髪の、ガタイの良い大男。"イレヴン・ナイヴス"の暗殺者、ギルザである。


「よし、全員揃ったみてぇだな。……ったく、テメェら、足がトロすぎるぜ……」

「はぁ、はぁ……いや、お頭の脚が早すぎるんすよ……何なんすか、『空中で二段跳び』って……そんなの出来るわけないっスよ……」

「ハァ……テメェら、異能の力に頼り過ぎなんじゃねェのか……? 肉体の鍛錬を怠るからこうなるんだよ、ったく……」


 弱音を吐く部下に、ギルザは思わずそうぼやく。

 これでもギルザは、六割程度のスピードで来たのだ。部下に配慮したつもりだったが、予想以上にたるんでいる部下の現状に、思わず嘆きたくなる。


 ――だが、今は奴らの心配をしている場合じゃねえ。剣聖なら、俺一人で始末すればいい。残りの有象無象なら、流石にアイツらでも何とかなるだろう。


「いいかテメェら! これより、『寝込みを襲ってぶっ殺し』作戦を決行――」

「お頭、アレを見てくださいっ」

「……あん? 何があるって言うんだ」


 いざ作戦開始の合図を出そうとした、その時――ギルザは部下に呼び止められ、仕方なく部下が指差す方向を振り向く。


 そして、そこには――

 天空に輝く双子月を背にして、が立っていたのだった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る