22.「そして――男装少女は、撃沈する」

 そして――森を抜け、遂に到着した泉の前で、エレナレオは葛藤していたのだった。


 ――トーヤの前で裸になれだなんて……リゼは一体、何を考えているんだ……!


 リゼに言われたことを思い出し、エレナは思わず赤面する。

 トーヤの前で、裸になるっ……だって……!?


 ……ごくり。エレナは緊張で生唾を飲み込む。すでにエレナの頭は真っ白になって、冷静な判断力は失われていた。

 そして……エレナの思考は暴走、どんどんとエスカレートしていく。


 今回の水浴びは、まるで狙ったような、絶好のシチュエーション……! こんな機会、今を逃せば二度と巡って来ないに違いない。

 ……水浴びをするなら、裸になるのも自然なことだし……今ならトーヤに変に思われずに、裸になれる……!


 くっ、だが……! エレナは水面に映る自分の姿を見つめ、そして想像する。

 今この場で、服を脱いだ、自分の姿……


 っ……! 駄目だっ、もしそんなことしたら……

 胸とか、お尻とかっ……ぜ、全部、見られちゃうんだぞっ……!? 

 そんなの、恥ずかしいに決まってるじゃないかっ……!


 だが、トーヤ、君になら……

 っ……! これで、君から一人の女の子として、見て貰えるならっ……!


 ――そして、エレナは決心する。


「……えーっと、レオ? それで、水浴びだけど……どうしようか? 先にどちらかが入って、その間もう一人は向こうで待っているとか――」


 やがてトーヤが、エレナに向かって話し掛けたのだったが……

 その時にはもう、エレナはボタンを外し終えていた。


「っ……レ、レオ……!?」


 突然の出来事に、戸惑うトーヤ。しかしエレナは構わず、服を脱ぎ捨てる。

 服の下から、白いコルセットが現れる。そしてパチンと音がしたかと思うと、コルセットは勢い良く外されたのだった。


 そして遂に、エレナの素肌が露わになる。コルセットに押し留められていた"美しい双丘"が、弾むようにトーヤの前に姿を現すのだった。


 弛まぬ鍛錬が垣間見えるような、キュっと引き締まった体。

 そして何よりも、それだけの大きさを抑え込むのに、どれだけの締め付けが必要だったのか――不思議になるくらいの膨らみが二つ、そこにはあった。


 下着も何も、身につけていない、生まれたままの姿――


 そんな姿を見せられて、思わず僕は見とれてしまう。

 リゼとはまた違った凛々しさというか、美しさが存在した。


 エレナは初め、両腕で胸元を隠していたが……意を決したようにそれも退けると、敢えて胸を強調する様に、背筋をピンと逸らす。

 そして、トーヤに向かって言うのだった。


「っ……! な、何を固まっているんだっ!? 水浴びをするのなら、服を脱ぐのは当然だろうっ……! わ、私だけ脱がせるつもりか……!? トーヤ、君も脱いで、水浴びをしようじゃないかっ……!」


 そう言うエレナは、顔を火が出るように真っ赤に染めて、引き攣った笑顔でトーヤを見つめる。

 ――は、恥ずかしいっ……頼むから、早く終わってくれっ……!

 平然としている振りをしながらも、内心、心臓がバクバクのエレナだった……。



 ――そして、その後。

 服を脱いだトーヤと共に、背中合わせで水浴びをするエレナだったが……。

 

「っ……!」


 顔を真っ赤にしてドキドキしながらも、何とかしばらくは我慢して、平然としている振りで水浴びを続けていたのだが……。


 すぐに恥ずかしさに耐え切れなくなり、猛スピードで泉を出ると、用意していた布を体に巻き付け――あまりの恥ずかしさに、その場にうずくまるのだった……。



  ◇



 ……そして、しばらくして。

 水浴びを終えた僕たちは、キャンプへと戻って来たのだった。


 あれからレオは、後悔した様子でずっと俯いていた。何だか危なっかしくて、森の中で何度も躓きそうになった時は、とっさに僕が前に出て支えるのだが……その度にレオは顔を赤らめて恥ずかしそうにしている。


 いつもの勝気なレオは何処へやら。一体どうしちゃったのだろうか……。


 そしてキャンプに戻って来た僕たちだったが、リゼたちは先に戻っていたようで、キャンプの火を囲みながら、一足先にユリティアさんの料理を楽しんでいる。

 リゼは僕たちを見つけると、肉串を片手に僕たちの元へ駆け寄るのだった。


「……エレナ、どうだった?」

「………… ああ、やったぞ……ううっ、これで私は、変態の仲間入りだ……」


 リゼの問いに、レオは小声で何かを答えると、顔を赤らめて俄然落ち込んでしまう。

 …………。

 ひょっとして、今のやり取り……。もしかして、さっきのレオのアレ・・は、リゼの差し金だったんじゃ……!

 あの時は、凄くドキドキしたけれど……よく考えれば、レオが僕と水浴びをしたがるなんて、どう考えてもおかしいし……


「……えーっと、リゼさん? もしかして、何かレオに吹き込みませんでした?」

「……ええ。エレナがトーヤ君に、女の子として扱って欲しいって言ったから……少しだけ、アドバイスしたわ。それで、どう? エレナ、女の子だったでしょう?」


 そう言ってリゼは、美しいアメジストの眼で僕を覗き込む。

 そして僕はリゼの言葉に、ハッとさせられるのだった。

 そうか、レオはそんなことを思っていたのか……もしかしたら僕は、レオのことを誤解していたのかもしれない。


 確かにレオは男装して、男のように振る舞ってはいるけれど……それだって、望んでやっているわけじゃないんだ。

 レオだって、一人の女の子……今までの僕は、少しデリカシーに欠けていたのかも知れない。


 ただ、それにしても……やり方が強引というか、やり過ぎというか……

 しかし、何てことアドバイスするんだ――なんて、僕は思わない。


 だって、一般的な青年男子として、凄く良いものを見せて貰ったし……

 それに……僕は散々、リゼに振り回されて来たんだ。今更リゼの行動に驚くほどの僕じゃなかった。

 そして、僕はただ一言。


「それは……確かに、凄く、女の子でした」


 ……それはもう、バッチリ間違いなく、女の子でしたとも。

 そして何より、恥ずかしそうに俯くレオは、とても可愛かった。


 ……そして、僕は決意する。

 勇者とは、強いだけじゃなく、優しくなければいけない――

 僕もひとかどの勇者を目指すなら、女の子にも優しくしなければ……!


 そしてリゼは僕の言葉に満足したように頷くと、僕に向かって囁くように言うのだった。


「……うん、それじゃあトーヤ君も、エレナのこと、エレナって呼んであげて」

「……えーっと、それじゃあ改めて、よろしくね、エレナ・・・


 そして僕は、ニッコリと笑顔でレオ……もとい、エレナに微笑む。

 僕の『エレナ』という一言に、エレナはハッと顔を上げる。


「っ……! そ、そうだなっ……こちらこそ、よろしく頼むぞっ、トーヤっ」


 さっきまで、気が抜けたように上の空だったエレナだが……僕の言葉に一転して顔を明るくすると、嬉しそうに頷くのだった。

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