21.「一方その頃。西の泉と、男装少女のとある決心」

 ――そして一方、森を挟んで向かい側、西の方では……。


 トーヤとレオが水浴びのため、森の中を泉を目指し、歩いていたのだった。

 ガサリ、ガサリ。草木を踏みしめ、僕たちは森の中を泉のある西の方角へ進む。

 そんな中、僕は先ほどの女神さまの言葉を思い出していた。


「……例えば『魔王の遺物』だとか。ずっと近くにいた『側近の部下』だとか。……とにかく、魔王の波動を間近で受けた『魔王に近しい何か』が、この森の中にある気がするんですよねー」


 ――『魔王に近しい何か』。

 それが"モノ"か"マモノ"かは不明だが、魔王に通じる何らかの手がかりが、この"オアシス"近辺の魔の森イービルウッズにはあるらしい。


 そんな話を聞いていたので、僕は周囲を警戒しながら森の中を進んでいたのだが……それらしい気配は一向に見当たらない。

 どうやらこの"オアシス"には、強力な魔族の類は寄り付いていないみたいだ。

 残る可能性で言えば『魔王の遺物』だが……この広い森の中で、形状すら分からない品を見つけろだなんて、流石に無理があるというもの。


(何か手掛かりになればと思ってたけど……流石にこれじゃ、お手上げだな……)


 僕は一人、ガックリと肩を落とすのだった。


 しかし、それにしても……今頃、リゼ達は水浴びをしているんだろうなぁ……。

 ちょうど東と西に一つずつ泉が見つかり、男女に分かれて水浴びをしようということになった訳だけれども。

 僕たちはレオの準備に時間が掛かったということもあり、出発が少し遅れてしまったのだが――向こうはとっくに泉に着いて、水浴びを始めているハズだ。


 ――女の子の、水浴びかぁ……。


 その一言に、思わず僕は良からぬ想像をしてしまう。

 けれども僕だって、健全な男子の一人な訳で……『女の子の水浴び』という言葉に、色々想像してしまうのも仕方のないことではないだろうかっ……。


 と、僕がそんなことを考えていた、ちょうどその時――

 木々で塞がれた視界が、一気に開けたかと思うと……次の瞬間、僕たちの目の前には、透き通るような綺麗な泉が広がっていたのだった。


 木々の中に隠された宝石のような、まさに秘境とでも呼ぶべき景色だった。

 僕は思わず駆け足で泉の側に駆け寄ると、水面を見渡して言う。


「へぇー、ここが……わぁっ、凄く綺麗な泉ですね! 道中幾つか小さな川を見かけましたけど……ふむふむ、なるほど、ここで繋がっていたのかぁ……」


 しかし、よくユリティアさんはあんな短時間で、こんな良質な泉を見つけたものだ。一流のメイドというものは、サバイバルの心得もあるのだろうか……。


 ……と、そんな風に、目の前の光景に素直に感動するトーヤだったのだが。

 一方のもう一人、その隣に立つ男装の麗人『レオ』ことエレオノーラは、その美麗な顔に、緊張の面持ちを湛えていたのだった。


(っ……ついに、ここまで来てしまった……! だが、心の準備が……本当に、やるのか、あれを……!?)


 ――きっかけは、リゼとの会話だった。


 ひょっとしてトーヤは、自分のことを女の子として認識していないのではないか――森の中で二人っきりになった弾みで、そんな不満をリゼに打ち明けたエレナだったのだが……返ってきたリゼの答えは、余りにも直球過ぎるものだった。


「ふぅん……それって、エレナが男装してなきゃいけないのが問題なのよね? だったら……いっそのこと、二人っきりの時に、トーヤの前で服を脱いじゃえばいいんじゃないかしら」

「ふふふ、服を脱ぐっ!? ……それは、私に裸になれと言うことかっ!?」


 思わず声が大きくなってしまった。こくり。リゼが頷く。

 どう見てもふざけているとは思えない、大真面目な表情だった。


 しかし確かに、リゼの言うことにも一理あることも事実……。

 流石に裸になってしまえば、あのトーヤも、私が一人の女の子のだと言うことを、意識せざるを得まいっ……!


 だが、本当にそれで良いのか……? そしてエレナは一旦思い直す。

 急に裸になるなんて、それではまるでっ……私が、痴女っ、みたいになるじゃないかっ……! もう少し、段階というものを踏むべきなんじゃ……。


「流石にそれは、ちょっとやり過ぎなんじゃないか……? 他に方法があるだろう? ほら、それとなくアピールするとか……」

「……こういうのは、インパクトが大事。それに、エレナはずっと男装したままなんでしょう? なら、さりげなくアピールしても、気づいて貰えないかも知れない」

「っ……! それは、そうだが……」


 エレナはそれでも踏ん切りがつかず、逡巡しゅんじゅんしてしまう。

 そしてそんな時に、メイドのユリティアが森の向こうから現れたのだった。

 彼女は森の中に、泉を見つけたことを報告する。そして彼女が夕食の準備をしている間、男女分かれて水浴びをすることになったのだった。


 そして別れ際、リゼはエレナに耳打ちする。


「……水浴び、だって。エレナは男の子だと思われてるから、トーヤくんと一緒……森の中で、二人っきり……」

「っ…………!」

「……頑張ってね、エレナ」


 そしてリゼはスィーファとアンリの二人と共に、森の向こうへ向かって行ったのだった。ドキドキに顔を真っ赤にする、エレナを一人残して……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る