18.「泉、キャンプ、テント。……そして、天使少女との(一旦の)お別れ」

 …………。


 そこは、オアシスの森に奥にひっそりと佇む、小さな泉の中……。

 透き通るように綺麗な水で、水面には辺り一面の木々が映り込んでいる。

 そんな静かな森の泉の中で、二人の男女・・が水浴びをしていたのだった。


 泉の中に足を踏み入れたレオと、そして僕は、もちろん一糸纏わぬ姿で……

 お互いに背を向けながら、これまでの戦いでかいた汗を洗い流していく。

 背後から聞こえてくる水音にドキリとしながら、僕は僕で手に持った木の桶で水をすくうと、バシャーンと勢いよく体に水を打ちつけるのだった。


 後ろを振り返れば、生まれたままの姿をしたレオがいて、水浴びをしている……

 何なんだ、このシチュエーションはっ。これで意識するなという方が無理というもの……!


 僕はふと、水面を見る。泉の水は、水底まで見えるくらい澄み切っていて……この水に比べたら、僕の心は濁り過ぎもいい所だ。


 本当に、らしくない……そして僕が何回めか分からない行水を行っていた一方で、後ろで水浴びをしていたエレナレオも、同じようにドキドキしていたのだった。


 普段はコルセットで抑え付けている体を解放し、身につけていた衣装を解き放って、ありのままの自分の姿を野外で晒している……


 確かに、ある意味爽快というか、開放的な感覚ではあるものの……

 それ以上に、自分の身体を惜し気もなく晒す恥ずかしさが上回っていた。


 それに……

 エレナは先ほどチラリと見たトーヤの体を思い出す。

 着痩せする体質らしく、脱いだ体は無駄のない筋肉質な姿だった。

 あの筋肉質な体に、嫌でも『男』というものを意識させられてしまう。


 普段は貴公子を演じるエレナとはいえ、異性の体に興味津々なお年頃なのだ。

 何とか平静を装ってはいたが、エレナの心臓はバクバクと爆音を鳴らしている。


 もちろんエレナは、野外で水浴びなどしたことはない。

 『レオ』になる前から、箱入り娘として守られてきた彼女にとって、屋外での行水など生まれて初めての経験だった。

 水が滴る柔肌に、通り風が当たって、なんだか凄く『すーすー』するし……何より後ろには、あのトーヤがいるっ……!


(……リゼ、流石にこれはやり過ぎなんじゃないかっ……?)


 なぜ、こうなってしまったのか……それは今から遡ること、三十分。

 オアシスの森の中にキャンプを張った時まで遡るのだった……。



  ◇



 森の洋館を支配する『霧の魔物』セバスを倒した、僕たち一行。

 その後、今にも倒壊しそうな洋館を後にすると、近くにキャンプを張る良い場所がないかを探していたのだが……。


 館から少し歩いたところに、森の中で開けた広場を見つけた僕たちは、そこにキャンプ張ることにしたのだった。


「広さもあって、平坦で……よし、ここにしよう」

『あれっ、トーヤくん、何かを探していたんだよね? でもここ、何もないよ?』

「ここにテントを張るんだ。まあ見てて」


 僕の後ろで不思議そうにしているギブリールにそう答えると、僕は衣袋から黒光りする杭をいくつか取り出した。

 そしてそれを一定間隔で地面に打ち込んでいく。最後に一つ、大きめの杭を打ち込むと――僕は最後の杭に付いているスイッチを起動させたのだった。


 ――ボンッ!


 一瞬大きな音が鳴ったと思えば、そこに白い布テントが立っていたのだった。

 これがいわゆる『インスタント・テント』。杭を地面に打ち込めば、自動的にテントが組み立てられる魔道具マジックアイテムである。


『へー、こんなのがあるんだ!』

「まあこれも、"神様が残した技術"の応用なんだけどね」


 この地上には、神様が残した奇跡の痕跡がいくつも残っている。それを人間が研究し、技術として再構築したのが、この"魔道具"なのだ。

 勿論、人間の手によって作られた模造品でしかないので、異能アークのような"神の御業"そのものには及ばないけれど……それでも便利であるのは事実。


 どうやらギブリールにはテントが物珍しかったらしい。入口から中を覗いたりしながら、興味深そうにうんうんと頷いている。


『ふむふむ、なるほど。これが簡易的な家になるわけだね。……へー、面白い! トーヤくんと、一つ屋根の下……えへへっ、いいなー、ボクもこの中で一緒に寝れたら……って、女神さまっ!? も、もう時間ですかっ』


 なにやら突然、ギブリールがわちゃわちゃと慌て始める。

 どうやら"チャンネル"の向こうで、女神さまと話をしているらしかった。

 そして、しばらくして……ギブリールの姿が消えたと思うと、次の瞬間、そこには女神さまの姿があったのだった。


「じゃじゃーん、女神さま、とうじょーっ♪ いえ〜い!」

「め、女神さまっ……?」


 女神さまは塔で会った時と同じ姿で、楽しそうに両手でピースをしている。

 ただ前回と違って、さっきまでのギブリールと同じく、半透明の透き通った体をしていたのだった。


 ……何というか、相変わらず神様らしくない人だなぁと僕は思う。


「えーっと、それで女神さまは、何しにいらっしゃったんですか?」

「いやー、別に、用というほどのことはないんだけどねー。うちのギブちゃんが、物すごーく君に入れ込んでいるみたいだから、挨拶しておこうと思って♪」


 相変わらずニコニコの笑顔を浮かべて、女神さまは僕に告げる。


「挨拶、ですか?」

「うん、挨拶。これからもうちのギブちゃんを、よろしくね♪」

 

 そう言って、女神さまは僕にウインクする。

 よろしく、か……何だか改まって挨拶をされると、こっちも恐縮してしまう。

 そして僕も、ぺこりと頭を下げるのだった。


「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 そんな僕を見て、女神さまは「おおーっ」と何やら唸っている。

 別に、普通に挨拶を返しただけ、なんだけど……

 ひょっとして、何か変なことを言ってしまったのだろうか?


「だってー、ギブちゃん、よろしくしてくれるんだって。良かったねー。……うんうん、地上に嫁ぎに行く時は、私が仲人をしてあげるねー」


 何やら二人は"チャンネル"の向こうで話をしているらしい。そしてしばらくして女神さまが引っ込むと、再びギブリールが姿を現すのだった。


「そ、それじゃあボクは、また明日来るからっ! じゃあね、トーヤくんっ!」


 ギブリールは早口でそう告げると、僕に向けて手を振る。

 そして、やがてギブリールの姿は見えなくなってしまったのだった……。

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