17.「老紳士の豹変。そして"霧"は晴れ、洋館は本来の姿へ……」

「な、なんやっ、このお爺ちゃん、魔物やったんかっ……!?」

「スィーファさん、私の後ろにっ!」

「――! わ、分かったわっ」


 豹変するセバスを目の当たりにして、驚くスィーファさんを、レオが庇う。

 スィーファさんは慌てて返事をすると、ケモノ耳を震わせてビクビクしながら、レオの後ろに隠れて、恐る恐る状況を見守るのだった。


 そして――正体を見破られた老紳士セバスは、その本性を露わにする。


「おのれ、ニンゲン共め。我が擬態を見破るとは……! 一人ずつ喰う算段だったが、仕方ない……貴様たち全員、まとめて喰らい尽くして――」


 怒りに声を震わせるセバスだったが……生憎、言い終わるのを待つほど僕は『お人好し』じゃない。

 そして【縮地】により、瞬間的に加速――右手で"花月"を抜刀すると、既に僕はセバスの懐に入り込んでいた。


 狙いは、人魔共通の急所――首元。

 そして的確に首をねる勢いで、剣を振り抜くのだった……が。


 ――ザスッ。

 首を切り飛ばしたというのに、まるで手応えがない。

 そして僕は、それ・・を目の当たりにするのだった。


 ――セバスの頭部が依然、体の上にある様を。

 ――そして、切り落としたはず頸部だけが、見事に消失している様を。


「クク、愚かな……その程度の付け焼刃の聖属性で、我を滅ぼせると思うな……!」


 よく見れば首の切断面が霧と化し、その残骸・・が辺りを漂っている。

 ヤツの体は、霧で出来ているのか……!

 首を切り飛ばしたはずなのに、セバスにダメージを受けた様子はない。


 なるほど……そういうことなら、この余裕ぶりも納得がいく。

 ヤツはこの館の亡霊――実体を持たない、ゴーストというわけだ。

 確かに今の僕の装備では、実体を持たない魔物は対処できないだろう。

 だが――それならそれで、やりようはある。


「フハハ、我は『霧』そのものなのだ! いくら斬りつけようが、ッ! 我を捉えるのは、不可能……っ!?」


 威勢の良かったセバスの語尾が、突如として困惑、そして驚愕へと変化する。

 セバスの行く手を阻むかのように張り巡らされた、球形スフィアの壁――!

 それはまるで……盾ではなく、檻のように。

 僕はセバスを取り囲むように、"アイギス"・形態モード球形スフィア』を発動したのである。


「な、何だこの壁はッ!? 我が通り抜けられぬ、だと!? 何故だ、隙間が無いというのか!? 馬鹿な、霧をも通さぬ壁がある訳が……!」


 何とか脱出を試みるセバスであったが――"アイギス"の結界に弾かれて、外に出ることが出来ず閉じ込められてしまうのだった。

 ギブリールが僕の後ろで、興奮したように声を上げる。


『なるほど……相手が霧になって逃げるのなら、"アイギス"の中に閉じ込めちゃえばいい、かぁ……。うんうん、凄いよ、トーヤくんっ! こんなこと咄嗟に思いついちゃうなんて!』


(あはは、ありがとう、ギブリール)


 こうやって褒められると、やっぱり悪い気はしない。

 そして僕は、"アイギス"の結界に閉じ込められたセバスの方を見る。

 セバスは何度も結界の外に出ようと試みるものの……全て結界に跳ね返されて、徒労に終わっていた。


 ……どうやら、上手くいったようだ。

 僕の形態モード球形スフィア』は本来、攻撃を防ぐための『球形の障壁バリア』を作り出す能力だ。

 けれども……この能力を初めて使った時から、僕はこういう使い方も出来るんじゃないかと考えていたのだ。


 ――何かを守る障壁ではなく、誰かを閉じ込める檻へ。

 僕の目論見はまんまと成功し、セバスは"アイギス"の牢獄に閉じ込められてしまったのだった。

 ただ、ここで問題なのは、形態モード球形スフィア』の継続時間は三分しかない、ということなのだけれど……。


 そして僕は、リゼに訊ねる。


「リゼ、ヤツを消せる?」

「そうね、消すだけなら簡単だけど……このお屋敷を壊すのは気が引けるわ。だから、少し力を調整するのに時間が掛かるけど……」

「それって、三分で間に合う?」

「……まさか、半分で十分よ」


 そしてリゼは、"聖剣"を構える。

 刃は眩いほどの光を纏ったかと思うと――徐々にその光が弱くなっていく。


 なるほど、これが『調整』ということか……。

 本来のリゼならば、恐らくこの先の食堂もろとも吹き飛ばしてしまう所を――リゼは力を抑えてセーブして、セバスだけを切り裂くつもりなのだ。


 その光を見て、セバスは露骨に怯え始めるのだった。


「グオオ、その力……"聖剣"かッ! ヤ、ヤメロォ! その光だけはっ……! 五百余年生きたこの我が、消えるっ、この我が、滅ぼされてしまうっ……!」


「――た、助けてくれッ! お願いだっ! 本当に悪かったっ、調子に乗っていましたっ! 美味そうなニンゲンがやって来たから、つい襲おうとしてしまったっ……! ほんの出来心だっ、もう二度と人は襲わないっ、だからっ、すいません、許してっ……!」

「……だめ」


 リゼが剣を一閃する。そして僕も、同時に"アイギス"を解除。

 そして――怯えるセバスに、"光の剣"が襲い掛かるのであった。

 何とか逃げようとするセバスだったが、逃げる間もなく、光に飲み込まれる。

 

「――GWAAAAAAA!!!」


 それは、あっけない幕切れだった。

 光に浄化され、セバスは一抹の断末魔を上げると、消滅。跡形もなく消え去ってしまう。


「ふぅ……大口を叩いてた割に、大した事なかったわ」


 そしてリゼは、セバスが消えたのを確認すると、聖剣を下ろす。

 ……しかし、それでは終わらなかった。


 ――そして訪れる、次元が揺らぐ感覚。


 いつのまにか館は、先ほどまでの綺麗な姿ではなく――埃だらけのボロボロな洋館へと、姿を変えたのだった。


「こほっ、こほっ……埃っぽいわ、ここ」

「床も壁も、ボロボロじゃないか。一体、何が起こったんだ……?」


 リゼとレオも、困惑している。

 そして――僕は全てを理解したのだった。


 ――なるほど、これが本来の館の姿で……さっきまでの館の姿は、セバスが見せていた幻覚だったのか。


 僕は朽ちて床に落ちた歴代国王の肖像画を見つける。

 そこには、五代前のグレゴリオ国王までしか存在していなかった。

 そうか……この館は、百年前で時間が止まっていたんだ。

 

 そしてその後……僕たち一行は、館の外に出ると、改めて外から洋館の姿を見ることになった。

 やはり外から見ても、そこにあるのは、倒壊寸前のボロボロのお屋敷だった。


「どうやら、あの魔物が見せていた幻覚、だったみたいですね」

「はぁ……せっかく力を抑えたのに、無駄だったわ」


 リゼは今にも崩れ落ちそうな洋館を目の前にして、小さくため息をつく。

 せっかく綺麗なお屋敷に泊まれると思ったのに、上げて落とされたような気分だったのだろう。

 どうやらレオやスィーファさんも、同じように感じているらしい。


 ちなみに僕の頭の中では、「でも、屋根はついているのだから、雨露は凌げるじゃないか」と、謎のポジティブ思考が頭をよぎっていた。

 ううっ、確かに、暗殺者時代から考えれば、屋根がついてるだけマシというのは事実だけれども……。

 ただ、流石に僕以外はこんな考えはしないだろうし……。

 やはり、ここに泊まるのは無理そうだ。


「……どうします? 別の"オアシス"を探します?」

「別に、このままでも宜しいのではないでしょうか? 単に、矮小な低級魔物が一匹、紛れ込んだだけのようですし……」


 そしてユリティアさんは、ゆっくりとオアシス全域を見渡すと、言うのだった。


「あの魔物だけが例外で、他はきちんと"オアシス"として機能しているみたいですよ? ただ……このお屋敷には泊まれそうもないので、外にキャンプを張るのが宜しいでしょう」


「キャンプかぁ〜、別にそれでも構わへんけども……。う〜っ、せっかくなら、お屋敷が良かったわっ……」


 スィーファさんも露骨に落ち込んでいたが、とにかくお屋敷がこうなってしまった以上、他に方法はない。

 そして――日が暮れつつある、森の中で。

 僕たちは手分けして、キャンプを張ることにしたのだった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る