07.「天使少女の導き。そして、"アイギス"は進化する」

 それからトーヤ達は、ワイルドボアの群れを相手に馬車を防衛していたのだが。


「ゴヴ、ゴヴッ……!」


 茂みの中から突然現れる、エリートゴブリンの隊列。

 どうやら戦場の気配を嗅ぎつけたのか、ワイルドボア以外の魔物も姿を現し始めたのだった。


 とにかく、ワイルドボアだろうがゴブリンだろうが――この馬車には、絶対に手を出させる訳にはいかない。

 魔物相手に、一歩も引かない戦い……!

 トーヤ達は馬車の防衛を最優先にしながら、ワラワラ湧いてくる魔物達をなぎ倒していく。


 一方で、そんなトーヤの背後にフワフワとついて行きながら、ギブリールは内心、小さくため息をこぼすのだった。


(あーあ、アテが外れちゃったなぁ……本当なら今頃、トーヤくんと一杯おしゃべり出来ると思ってたのに……)


 ほら、今のボクは他の人には見えない霊体だし? ……こっそり大胆に近づいちゃったりしてーなんて、期待していたのが、この有様……

 ううっ、せっかくこの先一か月間、料理や洗濯などの諸々を全部引き受けるという条件で、特別に女神さまから権能を貸し与えて貰ったのに……。


 人知れず、ガックリと肩を落とすギブリールなのであった……。



  ◇



 そして僕たちが、あの巨大な猪ジャイアントボアを倒してから、少しして――。

 魔の森イービルウッズの奥地では、なおも馬車の防衛戦が続いていた。


「あわわーっ!」

「危ないっ!」

 

 スィーファさんの悲鳴が響き渡る。振り向けばエリートゴブリンの刃が、今にも御者席のスィーファさんへ届こうとしていた。

 くっ、あんなところまで潜り込んで来たのかっ……!


 僕は咄嗟とっさに【縮地】を発動――一気に距離を詰めると、瞬時にゴブリンを切り伏せ、スィーファさんを助け出す。


「た、助かった……」

「……大丈夫ですか? スィーファさん」

「な、何とか……でも、腰が抜けそうやわ……」

「ここは危険なので、馬車の中に隠れていてくださいっ」

「りょ、了解や! ……助けてくれて、ありがとなっ!」


 スィーファさんは大急ぎで馬車の中に入ると、ガチャンと鍵を掛ける。

 ふぅ……これで一安心かな。

 しかしまだまだ、魔物を倒しきったわけじゃない。

 そして僕たちは騎士のアンリさんとも協力して、魔物の討伐を続けるのだった。


 アンリさんはどうやら槍使いのようで、異能アークを解放すると、槍の穂先に冷気を纏わせ、魔物に向けて鋭い一突きを喰らわせる。


「喰らえ、魔物どもッ――これが魔を穿つ氷結の一撃、【氷雪槍アイシクル・ランス】ッッ!」


 それが彼女の流儀なのか、騎士らしく正々堂々と言った立ち回りだった。

 わざわざ口上まで上げるというのは、暗殺者である僕からしたら、意味不明というか、別世界の文化過ぎるけど……。


 別に、黙って戦っても変わらないんじゃないだろうか……。

 いや、この口上が、ある意味英雄性に繋がるのか。うーむ、僕もまだまだ勇者として、勉強が足りないな……。

 今まで"静かな殺しサイレントキル"を心がけてきた分、かなりのカルチャーショックだった。


 ただ、何より目を見張ったのが、体のキレ――そして、鋭い踏み込みである。


『へぇ……氷結系の異能と、槍術の組み合わせ、かぁ……。うん、槍捌きはボク的にはまだまだだけど、割と良い線行ってるね。塔の十三層……いや、十四ぐらいまでなら、結構通用するんじゃないかな?』


 ギブリールは同じ槍使いということで、品定めするような視線でアンリさんを見つめていたが……やがて、感心した様子でうんうんと頷く。


 しかし、そんなアンリさんと、リゼ、レオ、そして僕を加えた四人での戦いだというのに――一向に、魔物を倒しきれる様子がなかった。


 それほどまでに――馬車を守りながらの戦いというのは、僕たちを縛る足枷となっていたのだ。

 馬車から離れられない。ただそれだけの理由で、魔物を逃してしまう。

 

「むぅ……また、逃げられた……」


 特にリゼは、何かを守りながら戦うということに不慣れな様子だった。

 きっとリゼ一人ならば、どんな魔物の集団であっても、切り開いて突破してみせるに違いない。

 だが……そんな一対一ならば絶対強者であるはずのリゼが、苦戦している。


 一方で、魔物に最も警戒されているのがレオで、どうやら魔物たちも学習したのか――レオの雷撃に一掃されないように散らばりながら、魔物たちは周囲360度の包囲網を僕たちに敷いてくる。


 くっ、これじゃあ、倒しても倒してもキリがないっ……!

 そんな僕たちの様子を見て、ギブリールは声を上げるのだった。


『むっ……ひょっとしてトーヤくん、その盾の力、まだ上手く使いこなせていないんじゃ……。あの時、僕の攻撃を防いだ力……多分、こうやって使うんじゃないかなっ?』


 そう言ってギブリールは、僕の手に触れる。そして、ギブリールの指が優しく聖痕をなぞった。すると――


 

 あのときと同じだ――僕がアイギスに覚醒したときと同じ、まばゆい光が、一瞬輝くと、辺りを照らし出す。


 そして次の瞬間、馬車の周りに透明な壁が現れたのだった。

 それは360度、全てを覆い隠す、"球形スフィアの壁"。

 ワイルドボアが、物凄い勢いでその結界に突進するが、びくともしなかった。


『……ふふっ、無駄無駄。なんてったてその結界は、僕の"全力の一撃エレメント・フルバースト"を防いだんだからね』


 ギブリールはその様子を見て、なぜか嬉しそうに呟く。

 そしてギブリールは笑顔で、僕の方を振り返って言うのだった。


『――ふふっ、これで心おきなく戦えるね、トーヤくん♪』

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