06.「剣聖一閃。どうやら戦いは、乱戦模様のようです。」

 鬱蒼と生い茂る森の中、毒々しい瘴気が渦巻く、魔の森イービルウッズの奥地にて……。

 天を衝くような大樹の陰から、のっそりと巨大な猪ジャイアントボアの威容が覗いていた。


 ――くっ、マズいっ……!


 計算するより先に、体が動いていた。

 僕は咄嗟に、傍らに置いた"花月"の紐を解くと、馬車から飛び出す――。

 そして【シールド】を展開しつつ、ジャイアントボアに向かって駆け出すのだった。


 アレ・・を、馬車に近づけてはならない。

 ギロリ、巨大な二つの赤い眼が僕たちを睨んでいた。

 間違いない。あれは僕たちに向けた、の視線――!


「――グオォォォォンッ!」


 大気が震える。それは、耳をつんざくような咆哮だった。

 そして大きな地響きと共に、ジャイアントボアは馬車こっちに向かって突進する――!




 そして、僕が馬車を飛び出してから、少しして――


 ハッとした様子で、レオが慌てて馬車を降りる。

 その後ろから、リゼがゆっくりと、馬車の入り口から外へと降り立つのだった。


「しまったっ、どうやら出遅れてしまったか……! ……いや、今私が出て行ったところで、私の異能ではあの巨体をどうすることもできないか……」


「フッ、さすがトーヤだ。私などよりずっと、判断が速い……。なら私がすべきなのは、あの魔物の群れを殲滅することだな」


 レオが【雷撃ライトニング】の異能を解放すると、レオの両手に電気がほとばしる。

 リゼはその隣で、ジャイアントボアの巨体を見上げていた。


「ふぅん、あれを倒せばいいんだ……異能アーク――【剣聖ソードセイント】」


 そして次の瞬間、リゼの手に白銀に光る"聖剣"が握られていたのだった――。




「くっ……! デカいッ……!」


 接近して、尚更実感する。

 その高さは、二階建ての建物を優に超えるほど――。

 そんな規格外の大質量を誇る怪物が、恐るべき俊敏さでこちらに突進してくる。


 あの化け物……! この馬車を押しつぶすつもりだっ……!

 ここで馬車をやられるわけにはいかない。もし馬車という移動手段を失えば、この魔の森イービルウッズを抜けるのは難しいだろう。


 しかしあれだけの巨体で、あの速度……あれを絶命させたところで、こちらの被害――特に馬車の損害は、免れ得ないに違いない。


 おそらく、リゼもすぐにやって来るだろう。

 なら――リゼが追いつく前に、まずはその勢いを止める!


 そして僕は、懐から二振りの黒いナイフを取り出した。

 このナイフの刃の表面には、対魔物用の即効性の麻酔毒が塗りつけてある。


 気休め程度だが、一瞬だけでいい、痺れてくれればっ……!

 

 そして僕は、素早くナイフを前方に向かって投擲する。

 風を切り、一直線に飛ぶナイフは――グサリ、とジャイアントボアの首筋に突き刺さった。

 

 ――来たッッ!


 僕はジャイアントボアの前まで出ると、【シールド】・"アイギス"を起動――そして、真紅の大盾を構え、その巨体を受け止めるっ!


 ドスン――ッ!!


 くっ……! 恐ろしい衝撃が、盾を通じて伝わってくる。

 まるで、巨大な隕石みたいだっ……! 

 これまで体験したことのない衝撃が、全身を襲う。くっ、これで、盾越しなのかっ……まるで、巨大な大槌ハンマーで横殴りにされたみたいだっ……!


 けど――耐えられないほどじゃないっ!


 ガリガリガリガリッ! 地面に突き立てた大盾が、地面を引っかきながら後方へ押し戻されていく。僕は歯を食いしばり、盾を構えて踏ん張る。

 そして……その勢いもゆっくりと減衰してゆき――


 ――やがて、完全に停止したのだった。


「はぁ、はぁ……リゼ、後は頼んだ……」


 砂煙の中で、僕はリゼに声をかける。

 そして、次の瞬間――

 辺りに舞った砂煙を切り裂いて、一筋の閃光が到来したのだった。


 何ていう、恐ろしいスピードだ……!

 しかし何とか視界の端に、僕はリゼの姿を捉える。

 リゼは恐ろしい脚力で遥か上空へと跳躍すると、"聖剣"を振り下ろした。


 目にも止まらぬ斬撃が、ジャイアントボアの巨体を心核コアごと一刀両断する――!


 魔物の心臓部である心核コアを失い、実体を保てなくなったジャイアントボアは、心核の構成要素である瘴気と化し――そしてその瘴気すらも、一瞬で蒸発、霧散した。


「ふぅ……これで、残るは小物だけね」


 そして僕の目の前に着地したリゼが、やれやれと呟く。

 相変わらず、リゼの強さは規格外だ……あのジャイアントボアすら、一撃で倒してのけるなんて……!

 ひょっとして、リゼに倒せない魔物なんて、ないんじゃないか……?



「おおーっ、あの二人、もうあの化け物バケモンを倒してしもたんかっ!? 凄いわ……さすがは"剣聖"の勇者や! それに……盾の子も中々やるやん! 一番見込みがないって聞いとったけど、全然そんなことあらへんわっ」


 馬車の御者席にしがみつきながら、スィーファが感心したように呟く。

 一方でトーヤたちの様子を無言で眺める、メイドのユリティア……。


「どうやら群れのボスは、倒したようですが……まだ危機は過ぎてはいません。それではアンリさん、馬車の守りをお願いします」

「はっ、了解しましたっ!」


 得物である槍を掴むと、騎士アンリはユリティアを残し、馬車から降り立つ。


 そして、その後――

 群れのボスを倒されて怒り狂うワイルドボアたちは――僕たちに向かってなだれ込み、乱戦が始まるのだった。


「ふっ、リゼとトーヤにだけ、いい恰好をさせていられないな……!」


 ――ビリビリビりッ! レオの両手に、高圧電流がほとばしる。

 そして静寂から一転して戦場と化した魔の森イービルウッズに、レオの雷撃が轟くのだった。


 それはまるで、雷の槍だった。

 雷が通った先には、丸焦げのワイルドボアたち……。

 レオはまるで水を得た魚のように、猪の魔物を一掃していく。


 リゼも凄かったけれど、別の意味で、レオも凄いな……きっとレオの殲滅能力に、右に出る者はいないだろう。

 殲滅能力だけで言ったら、リゼにだって勝てるんじゃないか……?


 とにかく、僕も負けていられないな……!

 ワイルドボアたちは依然として、僕たちの方へと向かってくる。


 ……しかし、何かおかしい。魔物としてのワイルドボアは、ここまで闘争本能が強い訳じゃ無かったハズだが……。


 ワイルドボアは魔物とはいえ、動物が瘴気にあてられて魔物化した、いわゆる『変異型』。生まれながらの魔物とは異なり、どちらかと言うと動物に近い生態を持っている。

 普通なら群れのボスを倒されれば、配下の子分は散り散りに逃げていくハズだ。


 そして……もう一つ気になるのは、あの赤い眼だ。

 あの巨大な猪ジャイアントボアと同じ、赤い眼。まるで、何者かに操られているような……。


 しかし――そんな思考も、途中で強制的に途切れさせられてしまう。

 ワイルドボアの突進だ。僕は【盾】でいなすと、返す刀で一閃する。


 ――スパッ。

 一太刀浴びせたところで、ワイルドボアの身体が、綺麗に一刀両断される。

 あまりにもあっけない手ごたえに、僕は一瞬動揺してしまうのだった。


 な、なんだこの斬れ味っ……!? たった一太刀で、両断されてしまった。僕はあと、四太刀浴びせるつもりだったのに……!


『――うーん、その剣のことなら……きっとボクの血を吸って、聖属性が付与されたんじゃないかな?』


 ――突然僕の背後から、歌うように美しい少女の声が聞こえてくる。


 !? まさか、この声は……ギブリール!?

 彼女は確か、カルネアデスの塔から出られないハズ……!

 しかし振り返ると、そこに居たのはローブを身に纏った、天使の少女――間違いなくそこに、ギブリールの姿があった。

 ただその身体は半透明で、後ろの馬車が透けて見えていたけれど……。


『えへへ、女神さまに頼んで、トーヤくんとボクの間に"チャンネル"を繋げてもらったんだ。接触が不安定だから、長くはもたないかもだけど……』


 ギブリールがちょっぴり照れくさそうな様子で言う。

 チャンネル……。詳しく訊ねる時間がないから、置いておくけど……僕の推測では、おそらくこの"チャンネル"というのは、女神さまが塔の上から、地上のリゼに向かって話しかけていた手段と同一のモノではないだろうか。


 と……そんなことを考えている間にも、次のワイルドボアがやって来る。

 色々聞きたいことはあるけれど、とにかく今は戦いに集中すべきだろう。


『今のボクは霊体だから、物にぶつからずに素通りするんだ。だから、ボクには気にせず戦って』


 ギブリールも僕の心を察したのか、そう言って邪魔にならないように後ろに下がってくれた。


 そして――背後霊のようについてくる、ギブリールと共に。

 ワイルドボアたちとの、奇妙な戦いが始まるのだった……。

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