15.「塔の頂上には、それはそれは綺麗な女神さまが住んでいました」

 そこには、思わず見入ってしまうほど、見目麗しい美少女がいた。


 彼女の名前は――リゼ・トワイライト。

 僕と一緒に班を組んでいる(はずの)、僕のチームメイトである。


 ……ふぅ、これでようやく追いついた、ということになるのかな。

 第四階層のボス部屋ではぐれてから、実に十七階層ぶりの再会である。


 久々にリゼの顔が見れて、僕はホッと一安心する。

 確かにリゼには最強の【剣聖】の異能があるとはいえ……ひょっとしたら、万が一、ということもある。

 けど、そんな僕の心配も、どうやら取り越し苦労だったらしい。


 そして、そんなリゼであるが。

 彼女は光の粒子となって消滅していく、ドラゴンを目の前にして……何の感慨もなさそうな無表情の瞳で、それを一瞥していた。


 えーっと、リゼさん……あなたが今、ゴミを見るような目で見ているそれは、ドラゴンですよ? あの伝説の。

 もう少し何か、リアクションとか……。


「GUOooo……塔の番人として、仮初の生命を与えられ、幾星霜……まさか、この我を打ち倒すものが現れるとはな……! 冥途の土産に、名を聞かせてもらおうか、"小さきもの"よ……」


 消えゆくドラゴンが、最後の力を振り絞ってリゼに語り掛ける。

 傍から見れば、感動的なシーン、のはずなのだが……。

 なにやらやらドラゴンの言葉は、リゼの"地雷"を踏んでしまったらしい。


「小さき、もの……!?」


 わなわなと震えるリゼ。そして――

 ザシュッ。リゼの剣が閃いた。


「GUAOAAAAA――!!」


 ドラゴンの断末魔が響き渡る。

 哀れにもドラゴンは、自らを倒した好敵手の名前を知ることもなく――完全に消滅してしまったのだった。


 あのドラゴンを、一撃で……。

 お、恐ろしい……。リゼを怒らせると、ああなってしまうのか……!


 しかし、一体何が、あそこまでリゼを怒らせたのだろう?

 ドラゴンは、"小さきもの"といっていたけど……。

 "小さきもの"――普通に考えれば、『小さい人』って意味のはず。

 

 小さきもの……あっ。

 そして僕は、リゼの体の一部分を見て、完全に察してしまう。


 確かに、小さい……!


 例えるならば、ソフィアさんだったら、バイーン! となるところが、リゼは、ペタッ……としているような、そんな感じだ。


 そして、どうやらリゼは、そのことをかなり気にしているらしい。

 "小さきもの"という言葉にすら、過剰反応してしまうほどに。


 いやまあ確かに、僕自身、小さい方より大きい方が好きだけれども……小さいなら、小さいなりの魅力というものがありますし……!


 とりあえず、"小さい"という言葉をリゼの前で使う時は、注意しよう……。

 僕は密かに、そう決心するのだった。



  ◇



 そして、ドラゴンが断末魔を上げ、非業の死を遂げてから、少し後。

 ようやくリゼは、入り口の近くにいた僕のことに気が付いたのだった。


 別に、隠れて覗いていたわけではないですよ? ただちょっと、出て行くタイミングを計っていたら、上手くタイミングが掴めなかっただけ……。


 とにかく、リゼと目が合った僕は、「あはは……」と、愛想笑いを浮かべながら、リゼの前までやってくる。


 そんな僕を、リゼは意外そうな目で見つめていた。

 どうやら僕が最上階までやって来れたのが、相当意外だったらしい。

 見直した、という感じの雰囲気で、リゼがまじまじと僕の方を見つめてくる。


「へえ、本当に来たんだ」

「……まあ、どうにか、ね。そう言うリゼは、余裕そうだね。さすがだな……」


 体力を使い果たし息も絶え絶えな僕に比べて、リゼは全く呼吸を乱していない。

 さすがは【剣聖】の異能……。僕の才能の無さが、嫌になるぐらいだ。


「……大丈夫? 顔色が悪いみたいだけど」

「正直、ちょっとキツいかな……少し、無理し過ぎたみたいだ」


 体調コンディションは、正直かなり悪い。

 自分からは見えないから分からないけど、あのリゼが心配するぐらいだから、きっと相当ひどい顔色なんだろうな……。


 そんな僕を心配に思ってか、リゼは僕に近づくと、僕の顔を覗き込む。

 ほとんど吐息が当たるぐらいまで近づかれて、僕はどぎまぎしてしまう。


 ただでさえ、リゼは可憐な美少女で。それが、至近距離で僕のことをじっと見つめるものだから……思わず、ドキっとしてしまった。


 間近で見ると、改めてリゼは綺麗だなって思う。

 長くて綺麗な睫毛。濡れて、柔らかそうな紅い唇。


 そして――

 ぴと、っとリゼの手のひらが、僕のおでこに吸い付くように、当てられる。


「なんだか、熱もあるみたいだけれど……それじゃあ、少し休む?」

「いや、大丈夫! それよりも……」


 僕は恥ずかしくなって、慌てて話題を変えてしまった。



 そして、僕が話題に出したのは、目の前に見える、上へと続く階段だった。

 ドラゴンを倒した後、突如として現れた、白い階段である。


 さっきから、この階段のことは、ずっと気になっていた。

 おそらく、この先に進め、ということなのだろうが……階段が現れるというのは、この塔を登っていて初めての経験だった。

 なぜなら、今まで次の階層に進むには、転移門が使われていたのだから。


 その階段が続く先には、眩しいばかりの白い光が輝いていて――どこに続いているのかを、窺い知ることはできない。


「あの、白い光……塔の屋上に、続いているのかな……?」

「さあね。……他に行ける場所も見当たらないし、多分、そうだと思うわ」


 確かに、そうだよな。他に行き先がない以上、僕たちに与えられたのは、あの階段を登るという選択肢だけだ。


「そうか……なら、行こうか」


 残った体力を振り絞ると、僕はリゼに向かって言った。

 そして、僕とリゼの二人は、白い階段を登り始めたのだった。


「本当に、大丈夫?」

「あはは、全然、大丈夫。……うぐっ」


 階段を半分まで登ったあたりで、リゼが心配そうに言った。

 僕は強がって平気な振りをしていたけれど……実際、気分はかなり最悪だった。

 背中に悪寒までしてきた。さすがに、体を酷使し過ぎたせいだろうか。


 そして僕たちは、階段の一番上、光の前までやって来た。

 この光の中に、入ればいいのだろうか。

 リゼが先に入り、続いて僕がリゼの後を追って、光の中へ。


 すると――

 次の瞬間、僕たちは〈カルネアデスの塔〉の頂上に立っていた。


 そして、そこで僕たちが目にしたものは……。


「家……?」


 塔の頂上へやって来た僕たちの視界に、真っ先に入ったのは――まるでおとぎ話に出てくるような、ファンシーな見た目をした一軒の家だった。

 ピンクと白のカラーリングの、可愛らしい一軒家が、そこにはあった。


 えーっと、確かに、ここは〈カルネアデスの塔〉の頂上だよな……?


 家の他に見える景色は、確かに塔の上、という感じだった。

 それに、足元の床も、間違いなくあの〈カルネアデスの塔〉のものと同一だ。

 確かに間違いない、ここは、〈カルネアデスの塔〉の頂上だ。


 なら、どうしてこんな場違いなものが、塔の上にあるんだ……?


「入った方が、いいのかな……?」

「……さあ、そうする他、ないと思うけど」


 そして僕は、ドアノブに手をかける。

 しかし、僕がドアを開けようとした、その瞬間とき

 ガチャリと中からドアが開けられ、勢いよく誰かが飛び出してきた!


「じゃっじゃーんっ! 女神ちゃんのハウスへ、ようこそーっ!」


 そう言って出てきたのは、白い布のような服を纏った、うら若き美女。

 輝くような銀色の髪に、おっとりした外見の、色白の美女である。


 まるで、本物の女神さまみたいだ――

 なんて思っている余裕は、残念ながら僕にはない。なぜなら……


 


 マズいっ、出るっ……!


 僕は、うぐっ、気持ち悪さをこらえながら……何とか二人に吐しゃ物がかからないようにと、素早く二人から離れて、げーげーと吐く。


 ううっ、最悪だ……。

 急に現れた女神さまにびっくりした拍子に、僕は突然の吐き気に襲われ――

 元々気分が悪かった僕は、胃の中のものがこみ上げてきてしまったのだ。


「おろろろろろ……」


 よりにもよって、美女二人の前で吐いてしまうなんて……。

 ううっ、気持ち悪い……全部吐いてしまわないと、収まりそうもなかった。


「な、なっ……! なんていうことをしているんだっ、キミはっ! よりにもよって、女神さまの前でゲロを吐くなんてっ……」


「あははー、別にわたしは構いませんよー」


 聞き覚えのある声。どうやら、ギブリールが奥から駆けつけてきたらしい。

 これで、僕を囲む美女が、三人に増えてしまった。


 ギブリールは、女神さまの前でゲロを吐くという暴挙に、動揺している様子。

 一方で、当の女神さまは、まるで微笑ましいものでも見ているみたいに、ニコニコと笑っている。


 そして、リゼはといえば……僕に寄り添うようにして、「大丈夫……?」と心配そうな顔で僕のことを見つめながら、僕の背中をさすってくれていた。


 ううっ、ありがとう、リゼ……!

 リゼに内心、最大限の感謝をしながら。

 僕は引き続き、「おろろろろ……」と、ブツを吐き続けるのだった……。

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