16.「女神さまのお家で、聖天使との一幕」
そして、その後。
胃の中のものを全て吐ききって、ようやく吐き気が収まった僕は……リゼと共に、女神さまの家に案内されることになった。
そして僕が今いるのは、女神さまの家のリビングルームだ。
おかげ様で、気分の悪さもだいぶ落ち着いてきた。
どうやら全て吐ききってしまったおかげか、気分は少しましになったようだ。
しかし、それにしても……。
僕は、部屋の様子をぐるりと見まわす。
外から見たのと、だいぶ印象が違うというか、ギャップがあるというか。
女神さまの家は、可愛らしいファンシーな外見とはうって変わって――内部はまるで図書館のような、真面目で落ち着いた雰囲気の内装をしていた。
もしかしたらこの部屋は、書斎も兼ねているのかもしれないな。
吹き抜けで見える二階の様子は、沢山の本棚と本が並んでいて、すごくアカデミックな雰囲気を醸し出していた。
ただ、それでも、決して真面目一辺倒というわけでもないようで……。
例えば、モフモフなクマのぬいぐるみが飾ってあったりだとか、真面目な本棚の隣に可愛らしいインテリアも並んでいたりだとか……部屋の随所に"可愛らしさ"を感じさせるような小物が置いてあったりする。
なんというか、すごく"大人"って感じの部屋だな、と僕は思った。
そんな女神さまのリビングルームの中で、僕は一人、ソファーに座っている。
座り心地は、正直かなり良い。
両隣に置いてあるクマのぬいぐるみに目をつぶりさえすれば、だけど。
別に、嫌いとかそういう訳じゃないんだけれど……どうしても僕は、こういうのに慣れていないからか、そわそわしてしまう。
そしてもう一人の客人、リゼはと言えば……ここに案内されてからすぐに、フラフラと勝手にどこかに行ってしまった。
僕は疲れていたから、追いかける気にならなかったけれど……。
相変わらず、リゼらしいと言えば、リゼらしい。
そして、仕方なく僕一人で、リビングルームに座っていたのだが。
しばらくして、こっちに向かってくる足音が聞こえてきた。足音は一人分。歩き方から判断して……おそらく、ギブリールだろう。
ギブリール……。彼女には、頭が上がらない。
なんせ、ギブリールは今まで、僕が吐いたゲロを掃除してくれていたのだから。
そしてすぐに、少女が一人、リビングルームに入ってきた。
予想通り、ギブリールだった。
ギブリールは僕を見ると、やれやれとため息を付きながら話しかけてくる。
「よりにもよって、女神さまのお屋敷の前でゲロを吐くなんて……全く、掃除するボクの身にもなって欲しいね」
「その節は、本当にごめん……」
「ま、塔の管理はボクの仕事だから、仕方なく、ボクが掃除してあげたけど……」
改めて、ギブリールの言葉に、僕はやるせなさを感じてしまう。
女の子に、自分のゲロを掃除させるなんて……。うう、情けなさすぎる。
最初から僕は、自分で掃除するつもりだった。
だから、ギブリールに掃除を頼もうとする女神さまに、僕は「自分でやります、大丈夫です!」と申し出た。
しかし、女神さまは……。
「ふふ、無理はダメですよー。お客さまらしく、ゆっくり休んでいてください」
そう言って、僕をここまで連れてきたのだ。
はぁ……なんという不覚。
体力を使い果たしてしまっていたとはいえ、抵抗すらできないなんて。
そしてギブリールは、僕の正面のソファーに腰かける。
それからしばし、無言の時間が過ぎた。
気まずい――というのも、勿論ある。しかし、それ以上に……。
「なに? ボクの顔が、どうかした?」
「いや、なんというか……まだこの手に、君を殺した感覚が残っているから。殺したハズの相手が目の前にいるって、不思議だなって思って」
不思議な感覚だ。自分が殺した相手が、目の前に座っている。
僕は〈カルネアデスの塔〉の第十四階層で、ギブリールとの死闘の末、剣で彼女の心臓を一突きしたのだった。
あの感触は、今もはっきり覚えているぐらい、生々しいものだった。
ギブリールが死んでいないということは、薄々感づいていたけれど……こうやって実際に対面してみると、やっぱり不思議な気分だった。
どうやらギブリールも、僕のそんな感覚を理解してくれたらしい。
「ふぅん、そういうこと。……確かに、そう思うよね、普通。人間は死んだらそれっきりだもんね」
「天使は違うの?」
「違うねー。ボクたち天使に、『死』の概念はないから。ボクたちの魂は、永遠に天界に存在し続ける。女神さまの加護がある限り、ね」
「へー、そうなんだ。なるほど……って、もしかして、ギブリールって僕よりずっと年上?」
そんな、僕が何気なく言った一言。
しかしその直後――
ドドドドドドドドド……!
ぞわっとするような殺気が、僕の背中を突き抜けた。
「キミ、まさか……ボクのことを『お婆ちゃん』だとか、思ってないよね?」
殺気の主は、ギブリール。ニッコリ笑顔だけれど、目が笑っていない。
これはヤバい……! 僕の暗殺者としての直感が、最大級の警告を発している!
「いやいや、そんなこと、全然思ってないです! ギブリールさんはすっごく可愛らしい女の子です! ハイっ!」
僕は即刻否定する。そして恐怖でこわばる顔を、なんとか笑顔に持って行って、僕ができる最大の賛辞をギブリールに向けて放った。
これでダメなら、終わりだ……! 僕は半分、死を覚悟する。
すると……ギブリールの殺気が、スッと引いて行くのを感じた。
良かった、助かった……。僕は、ホッと胸を撫で下ろす。
しかしそんな一方で、ギブリールの様子がおかしいことに僕は気付いた。
「ボクが、可愛い……! か、可愛いなんて……!」
殺気が引いたのはいいとして……ギブリールは、何故か頬を真っ赤に赤らめて、顔を上気させていたのだ。
「……えっと、どうかしたんですか?」
「ねえねえ! キミは! ボクが、可愛いって言ったよね!?」
「え? 言いましたけど……えっと、可愛いと思います」
「くぅぅぅぅ!! 可愛い、可愛いって……! もう一度! もう一度だけ、ボクのことを可愛いって言ってくれないか!?」
ギブリールは足をじたばたさせながら、僕に向かってそう懇願してくる。
な、なにが起こっているのか分からない……!
けど、とりあえず、ここは素直に従った方がよさそうだ。先ほどの殺気からそう即断した僕は、改めて居ずまいを正すと、真正面からギブリールに向かって言う。
「ギブリールさんは、とても可愛いと思います」
「――――!!!!!」
するとギブリールは声にもならない声を上げながら、悶え始める。
その後も僕は、求められるままに「可愛い」を連呼し、その度にギブリールは足をじたばたさせながら、声を上げて悶えるのだった。
ギブリールはこんな風に、誰かに「可愛い」と言われたことなんてなかった。
戦となれば先陣を切って敵陣へと突っ込み、大暴れする。そんな彼女に、周りの天使たちはその勇猛さを恐れるばかりだった。
自分の容姿を誉められることに関して、全く免疫がないと言っていい。
だからこそ、トーヤに「可愛い」と言われる度に――ギブリールは顔を真っ赤にさせて、じたばたと悶え続けるのだった。
そして、しばらくして……。
ギブリールは息を荒げながら、満足したように、僕に向かって言った。
「ハァ、ハァ……どうやらキミも、分かってくれた、みたいだね……。くれぐれも、ボクたちのことを年寄り扱いなんて、しないでおくれ。ボクたちは、キミが思うよりずっと……嫉妬深いからね」
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