14.「そして、前人未到の最終階層へ!」
死闘の末、ギブリールに勝利した僕は……
ギブリールが消滅するのを見届けた後、しばらくその場を動けずにいた。
パリン、
そして一瞬、光を放つと――次の瞬間には、元の【盾】の姿に戻っていた。
呼吸が荒い。足元がふらつく。
「くっ……かなり、キツいな、これは……少し休まないと、駄目そうだ……」
どうやら僕は、思った以上に体力を消耗してしまったらしい。
ぐらり……
思わず膝をつくと、そのまま
第一階層からここまで、ほとんど休まずの強行軍だったもんな……。
そして駄目押しに、あのギブリールとの死闘だ。
これで倒れるな、という方が無理というものだ。
ここで無理をするのは、得策じゃない。
少し、休むことにしよう……。
僕は【盾】を解除すると、ぐったりと大の字に倒れ込むのだった。
◇
どうやら僕の体力の消耗は、思っていた以上に大きいようだった。
煤だらけのボス部屋で、僕は横になって、なるべく早く体力の回復に努める。
出来るだけ早く体力を回復させるのも、暗殺者の技能のうちの一つだ。
いかなる状況にも対応できるように、どんな劣悪な環境の中でも、身体を休める術を身につけていた。
だからそこが煤まみれの床の上だろうと、自室のベッドの上と同じように休むことが出来るのだ。
もちろん、気分的にはベッドの上の方が、断然いいけれども。
それにしても、天使、かぁ……。
僕はボス部屋の天井を見上げながら、ギブリールのことを思い出していた。
天使なんて、本当にいるんだな……。
この世のものとは思えないほど、本当に綺麗だった。
今まで、僕が見た中で一番綺麗な人がリゼだったんだけれど……それと匹敵するぐらい、ギブリールは綺麗だと思う。
『一足先に、上で待っている』、か。
上ってのは、この塔の最上階のことを言っているはず。
この塔の最上階に、何が待っているのか。
そろそろ、確かめに行くとしよう。
僕は立ち上がり、転移門の前に向かう。
体調は万全とは言えないが、これ以上の回復が見込めない以上、こんなところで立ち止まっている訳にはいかない。
握力は普段の半分以下。けど、まだ足は動かせる。
足りない部分は、足で補うしかない。
そして転移門をくぐると、僕は次の階層へと進むのだった。
◇
そして僕は、第十四階層に続いて第十五階層も突破すると――第十六階層『火山エリア』に突入した。
マグマが冷えて出来た漆黒の大地に、グツグツと煮えるような溶岩だまりが広がる空間を、僕は一人、影となって疾走する。
遠くに、
炎のような赤い肌をした、人の二倍以上の大きさの、巨大な蜥蜴の魔物だ。
それがこの漆黒の大地に複数体、這いまわっている。
下の階層ではレアエネミー扱いの火炎蜥蜴が、ここでは群生しているのだ。
いよいよ、とんでもない場所に足を踏み入れた気がするな……。
ここから先は、未踏の地。うちの学院の生徒が、この階層から先に進んだという記録は無いのだ。
……よく考えたら、とんでもないことをしてるんだよな、コレって。
"暗技"という裏技を使っているとはいえ、歴代の学院生徒の誰もが到達したことのない場所に、今僕はいるのだ。
それは下手したら、学院の歴史に名前が残ってしまうようなことを、今僕はやらかしているということで。
まあ、僕より先に、リゼの名前が刻まれるんだろうけど……。
とにかく、すごいことをしているということには変わりない。
よもやこんなことになってしまうなんて、今日この〈カルネアデスの塔〉に足を踏み入れた時には、思っても見なかった。
この"花月"と僕の剣術が、一体どこまで魔物に通用するのか――
本当に、最初は、それだけのつもりだったのだ。
それが、通用することが分かって、どんどんエスカレートしていき……リゼを追いかけて必死に戦っているうちに、こんな場所まで来てしまった。
あれほど魔物一匹倒すだけで、舞い上がっていた僕が。
ここまで来たら、最上階を目指したい――なんて思い出している。
入念な下調べと、周到な準備。それが暗殺者としての僕の
しかし、僕は今、そんな信条をかなぐり捨てて、未踏の地を突っ走っている。
どうやら僕は、あのリゼに、感化されてしまったみたいだ。
今の僕なら分かる。あの過剰とまで言える周到な準備は、自分の能力への自信のなさがそうさせていたということを。
攻撃することが出来ない【盾】の異能、そして、暗殺者としての僕の能力を、誰よりも過小評価していたのは――他でもない僕自身だったのだ。
けど、今は違う。
今まで積み重ねてきたもの、それは決して無駄じゃなかった。
僕は大地を蹴り、跳躍する。
そしてそり立つ岩肌を駆け上がると、眼下の火炎蜥蜴を見下ろした。
それにしても……とんでもない場所だな、ココって。
僕は暗技があるから何とかなっているけど、普通にやっていたら、下の階層でレアエネミー扱いされているような魔物と連戦が続く訳で。
それこそ……"始祖"さまのような『伝説の勇者』でもなければ、突破なんて不可能なんじゃないだろうか。
真正面から戦っていては、今の僕に勝ち目はない。
ここは僕らしく、隠密行動でいくとしよう。
影と化し、音も無く、誰にも気取られずに……。
そして僕は、煮えたぎるような火山地帯を一人、疾走するのだった。
◇
それから僕は、第十六階層を勢いで駆け抜けると……そのまま第十七階層と第十八階層もクリアし、『火山エリア』を踏破する。
相変わらず、道中にリゼの姿は見当たらなかった。
ボス部屋に番人が不在な所を見ると、おそらく先に進んでしまったのだろう。
僕も、負けてられないな……!
僕は、残りの体力を振り絞ると、意を決して転移門の中へ進む。
そして、〈カルネアデスの塔〉第十九階層――
そこは、空の上だった。
いや……正確に言えば、空の上に浮かぶ、島の上と言えばいいだろうか。
空が、眩しい。今までのエリアは、どんよりとした空模様ばかりだったから、余計にこの青空が目にまぶしく見えてしまう。
エリアの名前は、分からない。
まあ、これまで誰もたどり着いたことがないのだから当然か。
名づけるとすれば……さしずめ、『空中庭園エリア』、といったところだろう。
真っすぐ続く一本道の周囲に、色とりどりの花が咲き乱れている。
魔物の気配は、どこにも見当たらなかった。
そよそよと風が吹くと、花びらを風に靡かせて、甘い匂いが微かに漂ってくる。
ここが塔の中でなければ、天国に来たと錯覚してしまうほど美しい眺めだった。
……おかしいな。
何だかゴールな雰囲気だけど、確かこの塔は二十一階層まで続いているはず。
不審に思いながらも、僕は花畑の中の一本道を進んでゆく。
少し進むと道は途切れ、そこには白い石造りの、円形の広場に繋がっていた。
広々とした広場の奥に、ぽつんと一つ、転移門だけが置かれている。
あー、そういうパターンかぁ……。
なるほど、ギブリールが怒っていたのは、こういうことか……。
当然ながら、番人は先に来たリゼが倒してしまっているわけで、ボス部屋はもぬけの殻。もちろん、転移門も起動してしまっている。
き、気まずい……。いや、まあ、どうしようもない不可抗力ではあるし、番人の代わりにギブリールを倒したわけなんだけれども。
それでも、ちょっと申し訳ない気持ちになってしまった。
ごめん、ギブリール……。
僕は心の中でギブリールに謝りつつ、そそくさと転移門をくぐるのだった。
そして、続く〈カルネアデスの塔〉第二十階層目。
どうにか一匹だけでも、番人が残っていてくれという僕の淡い期待も、あっさりと打ち破られ……僕は無人の転移門の前で立ち尽くしていた。
正直、体調的には、このまま番人と戦わずに済むのが、一番いい。
一番いいんだけれど……。
いや、まだチャンスは残っている。
最後の、第二十一階層目。リゼがこの先の番人で苦戦して、戦闘中であるという可能性に欠けるしかない……!
この間、実に一秒。
素早く一秒間で葛藤を終えた僕は、重い脚をなんとか動かして、転移門の中へ。
そして、最後、〈カルネアデスの塔〉第二十一階層目――。
そこは花畑の中ではなく、白い石造りの円形のフィールドの中だった。
どうやら最終階層は、直接ボス部屋の中から始まるらしい。
そして、そこで僕を待ち受けていたのは……
「あれは、ドラゴン……!?」
間違いない。あの特徴、間違いなく、あのドラゴンだ……!
「GUOooo……!」
全身を蒼白く光る竜鱗に覆われた、獰猛なる魔族の、頂点たる存在。
それが僕の目の前で、二つの翼をはためかせ、口腔から炎を吹き出しながら大暴れしている。
ドラゴンといえば、始祖の前に何度も立ちはだかり、始祖を苦しめてきた勇者の宿敵ともいえる存在。そして、最終的には始祖によって滅ぼされ、地上から姿を消したという『幻獣種』のうちの一種である。
あのドラゴンが、僕の目の前にいる……!
僕はドラゴンの獰猛な姿に、思わず見惚れてしまっていた。
しかし――
「GUAOAAAAA――!!」
ドラゴンの、断末魔の悲鳴。
そして――あのドラゴンが、あっけなく地面に墜落してしまったのだ!
直後、ドラゴンの亡骸の前に、スタッ、と着地する一人の人影。
あっ……。ドラゴンに見惚れていて、僕はうっかり忘れてしまっていた。
この空間にもう一人、規格外の存在がいるということを……。
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