13.「そして僕は、真の力に目覚める」

 ギブリールは、眼下のトーヤを見据えながら、これまでの戦いを振り返っていた。


 ボクの槍の連撃を、間一髪とはいえ、全てギリギリで躱しきった。

 あまつさえ、ボクの頬に傷をつける――


 ま、鼠にしては、よくやった方なんじゃないかな。

 このボクに対してこれだけやったんだ、褒めてあげてもいい。

 でも、それも、これで終わりだ。


 ――エレメント・フルバースト。


 炎、氷、雷、風。

 四つの属性エレメント、その全てを純粋なエネルギーに還元して放つ、ボクの最終奥義。


 逃げる猶予も与えない。

 どれだけすばしっこい鼠だろうと、光の速さで消し炭にしてしまえば、いいだけのこと……!


 ギブリールは槍を構えながら、ゾクゾクとした恍惚の表情を浮かべていた。

 ――愉しかったこの戦いに、このボク自身の手で、終止符ピリオドを打つ。


 あはっ、やっぱりたまらないなァ、この感覚……。


 ふふっ、じゃあね、鼠クン。

 また今度……次に会った時には、もう一度、一緒に"あい"しあおうね。

 今度は窮屈な地上じゃなくて、天界の広々とした雲の上で――だけど。


 そして、次の瞬間。

 ギブリールが握る"四識の槍"の穂先から、全てを白に塗りつぶす、"閃光の炎"が放たれたのだった……。



  ◇



 ギブリールの槍に集約していく、凄まじい力を目の当たりにしながら――

 トーヤ・アーモンドは、自分が生き残る道を必死に模索していた。


 僕の暗殺者としての直感が、物凄い勢いで警告を発する。


 僕の見立てによれば、あの槍先に集まっている破壊の力は、おそらく……レジェンド級の異能、リゼの【剣聖】に匹敵する威力を持っている。


 そして、その攻撃範囲は――


 逃げ場は、無い……。

 圧倒的な、絶望感。打つ手は、なにも見当たらなかった。


 完全に、お手上げだ……。この【盾】で、あの力を防ぎ切る? 無理だ……。


 僕の脳はそれでも、あらゆる可能性を探る。

 しかしその度に導き出される、『不可能』の三文字。


 僕の暗殺者人生の中でも、これほどの窮地に立たされたことはなかった。

 絶体絶命に見えても、必ずどこかに突破口があった。


 けれど……今回に限っては、正真正銘の絶体絶命だ。


 確かに、この盾は今までどんな攻撃だって防いできた。

 だが、これから僕が直面するのは、盾一つでどうにかなる問題じゃない。


 例えるならば――。

 天地がひっくり返るほどの大嵐の中を、盾一つで渡り歩けというようなもの。


 、凌ぐことなんて不可能。


 うん? 力を、消し去る……?

 僕が何か大事なことに気付きそうになった、その時――


「なんだ、この感覚……?」


 今まで感じたことがない奇妙な感覚が、僕の両腕を襲った。

 盾を持つ左手と、聖痕が刻まれた右腕。

 そしてその感覚は、両腕から全身へと回っていく。


 全身に、力がみなぎるかのようだった。

 それはまるで、目の前の強力な力に、僕の【盾】が共鳴しているかのよう。


「『アイギス』……」


 僕は、無意識に呟いていた。


 そうか……アイギス、この力の名前は、アイギスというんだな。

 知らない名前だ。けど、不思議と僕は、親近感を感じていた。


 その言葉の意味が、何なのか。その言葉が、どこから来たのか……。

 そんなことは、どうでもいい。


 ただ大事なこと――それは、この『アイギス』が、あの力に対抗できるかもしれないということだけだ!


 僕は、盾を前に構えて叫ぶ。


「――アイギス!」


 その言葉に反応するかのように、盾が、眩い光を放つ。


 そして、次の瞬間。

 ギブリールの槍から放たれた"閃光の炎"は、盾もろとも、僕を飲み込んだ――。



  ◇



 ギブリールが放った"閃光の炎"は、ボス部屋の全てを飲み込み、燃やし尽くす。

 しかし、それでもボス部屋そのものは、原形を留めていた。


 たとえ、張り巡らされた蔦や古代樹の根が焼き尽くされようとも……このボス部屋を形作る遺跡そのものだけは、形を失わずにそこに在り続けている。


 それは、ひとえに女神さまの加護にほかならない。

 この塔を建てるにあたって与えられた、原初の祝福。


 それがあるからこそ、ギブリールは安心して全力の"エレメント・フルバースト"を撃つことが出来たのだ。

 

 そして――ボス部屋を覆っていた、光が掻き消える。


 天使の羽根を翻して、悠々と遺跡の床に降り立ったギブリールは――直後、信じられないものを目にした。


「まさか……ボクの"本気の一撃"を防ぎ切ったっていうの!?」 


 ギブリールが目にしたもの――それは、巨大な盾だった。

 さっきまで少年トーヤが使っていたモノを、より重装にしたものと言えばいいか。


 ――燃え上がるような紅色スカーレットの、美しい、巨大な大盾。


 そして、その盾の陰に居たのは――あの紛れもない、トーヤの姿だった。


「これが、『アイギス』の力か……」


 盾を構えながら、トーヤは、静かに呟いた。


 僕は盾もろとも、あの"閃光の炎"に飲み込まれたハズなのに……。

 僕の体には、火傷どころか、傷一つ付いていなかった。


 これが、『アイギス』の力……。


 "異能"が神様から授けられた力なら、"神器"も同じ、神様から授けられたもの。


 元々、僕の【盾】は、異能の力を無効化する力があった。


 神器の力をも無効化できるようになった"進化形態"――。

 それがこの、『アイギス』なのか。

 ならば……。


 ――まだ、"殺し合いたたかい"は終わっていない!


 僕とギブリールは、ほとんど同時に地面を蹴ると、互いに距離を詰め合う。

 そして――


「――はあッッ!!!」


 ギブリールが繰り出した、全身全霊の突き。恐ろしい威力を誇るであろうその突きを――僕は受け流すのではなく、真正面から盾で受け止める。


 計り知れない衝撃――。

 きっと、今までの【盾】だったら、僕ごと吹き飛ばされていただろう。

 しかし、『アイギス』はビクともしない。それどころか――


 パキン、と音を立てて、ギブリールの"四識の槍"の方が砕け散っていた。


 信じられないものを見たようなギブリールの前で、僕は腰の剣を抜くと、鋭い一突きを繰り出した。


「ガハッ……!」


 僕の"花月"は、正確にギブリールの心臓を貫いていた。

 ギブリールの体は、ぐったりと力が抜けたように崩れ落ちる。

 しかし、それでもまだ、ギブリールの息は続いていた。


「グッ……ハァ、ハァ……ははっ、参ったなァ……まだキミは、本当の実力を隠していたんだね……」

「……別に、隠していた訳じゃないです。僕も、こんな力があるなんて知りませんでしたし……」

「へえ。……ま、どちらにしろ、キミは僕をたおしたんだ。合格だよ。……ふふ、それにしても、その異能……まるで、神器みたいじゃないか」


 ギブリールは僕の盾を見て、息も絶え絶えになりながら言う。


 僕の盾が、神器……


 確かに、言われてみれば、似ていなくもない。

 武具の形状をした異能なんて、ほとんど例がないはずだ。僕が知る限りでは、リゼの【剣聖】が聖剣を実体化する能力だけど、それぐらい。


 ……このことに、何か意味があるのだろうか。


「ひょっとしたら……キミとボクたちは、遠からぬ縁で繋がっているのかもしれないね……」


 ギブリールはそう言うと、優しく微笑む。

 『遠からぬ縁』。その意味を訊ねる時間は、残っていなかった。

 ゴホッ、ゴホッ、とギブリールは苦しそうに咳をする。


「グッ……どうやら、この体を維持するのも、これが限界みたいだ……。じゃあね、一足先に、上でキミを待っているよ……」


 そう言って、ギブリールの体は淡い光を放ち始める。

 そして、魔物達と同じように、徐々に、光の粒子となって消滅していく。


 最期の一粒の粒子が宙に消える。

 そして、ギブリールの姿は、跡形もなく消滅したのだった……。

 

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