12.「聖天使との決戦、そして――」

 太古の遺跡を思わせる、大きな広間の一角には、陰鬱な空気が流れていた。

 瓦礫の土くれと埃が混じった、土臭い空気。

 足元には名も知れない植物のつたが絡み合い、古代樹の根が張り巡らされている。


 そんな陽の光も遮られた薄暗い室内に、二人の人影が向かい合っていた。


 第十四階層のボス部屋の中で、僕とギブリールは、お互いの剣先と槍先を向け合いながら、互いに距離を詰め合う。


 そして――繰り出される、槍の猛連撃。

 先手を取ったのは、ギブリールだった。


 ――カンッ、カンッ、カンッ、カンッッ!


 ギブリールは、槍の長いリーチと手数を生かし、一方的に攻撃を仕掛けてくる。

 そんな槍の猛連撃を、【盾】を構えて一つづつ受け流し、いなしていく僕。


「くっ……」


 間一髪のギリギリで、僕は穿つような槍の一撃を躱す。

 全てが紙一重だった。余裕なんて、一つも無い。


 強い……! 僕の本能が告げている。

 間違いない。ギブリールは、今まで戦ってきた中で、トップクラスの強敵だ。


 本気で掛からないと、やられる――

 その緊張感が、更に僕の神経を研ぎ澄していった。


 ギブリールの槍捌きは、流れる水の如く、全く無駄がない。

 盾で絡め取ろうとすれば、器用に槍の穂先を逃がし、次の攻撃に繋げてくる。


「あはっ、守ってばかりじゃボクには勝てないよ? 早く、反撃してきなよ。……ほらほらほらっ!」


 ギブリールの槍の鋭さは、さらに増すばかりだった。


 槍の連撃は、なおも続く。

 そして――連撃の雨の中で、不意を突くように、槍の一撃が途中で軌道を変え、無防備な体を狙って"穿ちの刃"が繰り出される!


 まずい――盾の防御は間に合わず、僕はすんでの所で体を捻り、その一撃を回避した。

 そして堪らず僕は後方に跳び、間合いを外れる。


 ……間合いが、遠い。

 さすがは『天界でも負けなし』とうそぶくだけはある。

 圧倒的な、手数の多さ。そして、一つ一つの攻撃が、必殺の威力を備えている。

 

 そして、なによりも厄介なのが――


 ビュンッ! 風を切る音と共に、槍が投擲される。


 ――やはり、来たか!


 グィィィン、と唸るような音。そして、迫りくる槍。

 僕は盾を構えて、受け流す体勢を取るが――完璧に受け流したハズなのに、盾を通じて衝撃が伝わってくる!


「くっ――!」


 かなりの衝撃だ。さっき投擲とは、比べ物にならない……!

 歩幅にして、およそ三歩分。なんとか足を踏ん張ったが、それでも三歩分だけ、ずるずると後方に押し込まれてしまった。


「あははっ、これじゃあ、近づけないねぇ。……それで、キミはどうされたい? 一か八かの特攻を仕掛けて、この槍に八つ裂きにされるか。それとも、手をこまねいて、このままいたぶられるか。……ふふっ、好きな方を選んでもいいよ?」


 ギブリールは愉快そうに笑うと、再び槍を投擲してきた!


 ガキンッ! 

 僕は盾で受け流すが、更に三歩、後ろに押し込まれてしまう。


 この投擲は、動きながらじゃ受け流すなんて、とても無理だ。

 必然、投擲の威力に押し込まれて、後退を強いられることになる。

 僕の武器はこの剣だけだ。下がったままじゃ、攻撃なんて出来ない。


 ならば――

 僕は飛んでくる槍を、横に跳んで回避する。


「あははっ、いいよキミ! そうやって、ボクをもっと楽しませてよ!」


 次々と飛んでくる槍を、逃げるようにして横に躱し続ける。ギブリールを中心に、円を描くように……。


 しかし、それでもジリ貧なのには変わりなかった。

 このまま躱し続けていても、彼女の言う通り、いたぶられ続けるだけ。

 彼女を倒すには、どうにかして、間合いを詰めなければいけない。


 こうなったら、アレを使うしかない――

 重心を低く構えると、次の瞬間、姿



 【縮地】――加速度ゼロの状態から、一気に最高速で疾走する技法である。


 全ての動作には、その前触れである"起こり"というものが存在する。

 達人の域に達すると、物事の"起こり"を見て、即座に対応することができる。

 これがいわゆる、『後の先』というものだ。


 しかし――【縮地】には、"起こり"は存在しない。

 故に、その動きを見切ることは不可能。


 相手は、僕が突然目の前に現れたように、"錯覚"する――


 ――カキンッッ!

 

 僕は一気に懐に潜り込むと、首を刎ねるつもりで剣を閃かせ、斬撃を放つ。

 しかし――僕が繰り出した斬撃は、ギブリールの"四識の槍"の柄によって、ギリギリの所で阻まれていた。


「っ……!」

 

 僕はちょっぴり動揺する。初見で【縮地】に対応できるか、普通。

 僕の記憶にある限り、【縮地】に対応できた人間は、ただ一人しかいない。

 それも、一度見せた状態で、ようやく対応できたというもの。


 しかし、目の前の少女は、初見で対応してみせたのだ。

 なんて化け物なんだ――いや、天使か。

 

 とにかく、防がれたからといって、やることは変わらない。

 そのまま、槍と剣による、鍔迫つばぜり合いが始まる。キリキリとした押し合いの中で、それでもギブリールの余裕は崩れていなかった。


「ふぅん、キミはどうやら女神さまが与えて下さった異能ちからとは、違うナニかを使っているみたいだね……」


 ギブリールの目つきが変わる。

 目が据わったようになり、そこには微かな殺気・・が漏れ出ていた。

 そして、ただ静かに、一言。


「気に入らないな……!」


 そして刹那、"四識の槍"が帯電する。

 カキンッ! 

 何かヤバい――そう感じた僕は、剣を弾き、離れて仕切り直すのだが……。


「生意気……っ!」


 ――バチバチバチバチッッ! 

 風を切り裂いて、雷を纏った槍が、猛烈な突きを放ってきた!


 ――アレには絶対に当たってはいけない。

 僕の直感が、警告、危険信号を放つ。


「くっ……!」


 僕は何とか身を躱すと、直後、大きな爆発音が背後から聞こえてきた。

 雷撃――ギブリールの"四識の槍"から放たれた雷撃が、巨大な爆発を引き起こしたのだ!


「マジですかっ……」


 さすがの僕も、これには驚かざるを得ない。

 あの槍は、あんなことまでできるのか……。もしあの雷撃が直撃すれば、人間なんて、ひとたまりもないだろう。

 まさに、必殺の一撃。しかも僕の読みだと、まだ隠し玉を隠し持っているハズ。


 マズいな……。暗殺者としての僕は、撤退を指示する。

 一度態勢を立て直して、再び、今度は有利な状況で闇討ちを狙う。相手に隠し玉なんか、使わせない。それが暗殺者の常套手段だった。


 けど――今の僕は、勇者なんだ! 僕にはこの、【盾】があるッ!


 僕は再び【縮地】を発動し、ギブリールに一瞬で間合いを詰める。

 そして、目にもとまらぬ連撃――必殺の、五月雨斬りを繰り出した!


 ――キンッ、キンッ、キンッ、キンッ、キンッッ!!


 ギブリールも、負けてはいない。

 二度目の【縮地】、それも五月雨斬りの合わせ技にも関わらず、ギブリールはそれに対応してのけたのだ!


 ギブリールとの、槍と剣の撃ち合い。お互いの刃が頬を掠めるが……どちらも、決定打には至らない。


「へぇ、キミ、なかなかやるじゃないか。人間の身で、ボクにここまでやらせるなんて、キミが初めてじゃないかな。だから……」



「――キミには、ボクの本気の一撃・・・・・をプレゼントしてあげるよ!」



 ギブリールは羽根を羽ばたかせると、華麗に宙へと舞い上がった。

 何かが、来る――僕は、【盾】を構えて身構える。



「全属性エレメント解放っ! "四識の槍"、最大出力フルパワー……! 

 すべての敵を、焼き払えッ! ――エレメント・フルバーストっ!!」


 

 凄まじい力が、ギブリールの構える槍の穂先へと集約されていく。


 そして、直後。

 僕の目の前は、真っ白に染まった――。


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