05.「何故か隣に美少女がいて……あれ、いない?」

 ……思わぬ展開になってしまった。


 隣にいるのは、人形のように可憐な美少女、リゼ・トワイライト。

 見上げるのは、天高くそびえる白亜の迷宮、カルネアデスの塔。


 本来なら、ここには僕一人で来るはずだったのに。なぜか隣には、リゼという美少女が立っている。誤算といえば、嬉しい誤算ではあるんだけれど……綺麗な女の子と一緒だからといって、僕は浮かれる気にはなれない。


 なぜなら、行き先が〈カルネアデスの塔〉だからだ。


 〈カルネアデスの塔〉はただのダンジョンではない。神が生み出したダンジョン、言わば『神造の魔宮』なのである。


 全二十一層から構成され、そこには魔物たちが実体を持った幻影として存在している。噂によると、中には始祖によって滅ぼされ、地上から姿を消した幻獣種たちも、幻影として再現されているらしい。

 ようするに、少しの気の緩みが即大怪我に繋がる、危険な場所なのである。


 それに――隣にいるリゼは、今日が塔初挑戦なんだ。ここは、経験者である僕がしっかりしないと……!


 そんなやる気に満ちた僕の隣で、リゼ・トワイライトは、相も変わらず人形のような無表情で塔を見上げていた。


「ふぅん、これがあの迷惑女神・・・・が建てたっていう、カルネアデスの塔か」


 なにやら、意味深な言葉を呟くリゼ。迷惑女神? 一体何のことだろう?


「塔について、何か知ってるの?」

「……こっちの話。あなたに話すつもりはないわ」


 しかし、リゼは相変わらず素っ気ない態度で、僕の問いに答えない。

 さっきからずっと、こんな調子なんだよな……。せっかく即席とはいえチームを組むのだから、なるべく打ち解けようと、ずっと話しかけてはいるんだけど。


 一応返事はしてくれるし、嫌われてたりはしてないハズなんだ。僕の話とかも、こう見えて、きちんと聞いてくれてるみたいだし。


 ただ、リゼは、自分のことを話したがらない様子だった。

 まあ、これは仕方ないかもしれない。実際、僕たちは赤の他人なんだし、信頼関係もへったくれもないのだから。


 ……他人を簡単に信用すると酷い目に遭うということは、僕も暗殺者時代身に染みて理解している。だから、リゼの立ち振る舞いも理解できるし、むしろリゼに対して興味が湧いて来たぐらいだ。


 神秘的に輝くアメジスト色のその瞳の奥には、一体何が隠されているのだろうか……。

 ひじょーに、気になる。


「それじゃあ行こうか。入ってすぐは安全地帯だから、そこで色々説明するよ」


 そして僕たちは、〈カルネアデスの塔〉の入り口の扉をくぐる。


 入った先は、大理石で形作られた、殺風景な広間だった。この部屋にあるものといえば、先の階層に繋がる転移門ひとつだけ。そして部屋の中央の床には、巨大な魔法陣が引いてある。


 ここはいわゆる『第ゼロ階層』と呼ばれている場所だった。

 ここより上の階層は、塔の内部に構築された〈異界〉に存在しているのだが、この部屋だけは『塔そのもの』として存在している、唯一の場所なのだ。


 あの転移門の中に入ると、まずは第一階層に転送される。

 階層内はダンジョンとなっており、各階に一つづつ存在する転移門を進むことで、上の階層に登ることができる。


 そして、この部屋の中央に存在する、巨大な魔法陣。

 あれは帰還用で、上の階層では各階層に一つづつ、帰還門が存在しているのだが、その門をくぐると、あの魔法陣に転送される仕組みになっている。


 また、一度使った帰還門は、第ゼロ階層の転移門から直接行き来できるようになる。潜入と帰還を繰り返しながら、徐々に力を付けていき、地道に上層へと進んで行く――それが、この塔の正攻法にして、最短ルートなのだ。


 そして、この〈カルネアデスの塔〉の攻略において最も重要なこと。それは、この帰還門までの帰路を確保しておくことだと言っても過言ではないだろう。


 塔の隣に併設されている医務棟には、常に治癒系の異能アークを持った医療スタッフが常駐している。仮に身体が欠損したとしても、一週間で戦線に復帰させることができるという、凄腕のスタッフたちである。


 そんな彼らでも、死んでしまった人間を生き返らせることはできない。

 ただ、異能アークを授けられた人間は強靭な生命力を持っており、即死でなければ医務棟まで駆け込むことは不可能ではない。


 しかしそれも、帰還門までの帰路を確保してあればこそ。

 故に、帰還門までの帰路の確保は絶対なのだ――。

 



 ……というようなことを、僕はリゼに説明したのだが。


「……」


 やっぱり、反応が薄い。例えるならば、『一応義理で聞いてはいるけど、退屈な話ね……』というような。


「えーっと、一応ざっと説明したけど、どうかな?」

「……話が長い」


 ばっさりと切り捨てられてしまった。

 しくしく。せっかくここに来るまでに、必死にどう説明しようか考えてきたのに……。リゼはそんな僕にはお構いなしに、一人で転移門の前まで進む。


「要するに、これと同じ門を通れば上に行けるんでしょう? ……それだけ分かれば、それで十分」


 そう言って、リゼは門の中に手を伸ばす。

 「あっ」僕が声を上げる暇もなく。門の入り口、水面のようにゆらゆらと揺らめく異次元の膜の向こう側へ、リゼは入っていく。


 そして、すぐにリゼの姿は見えなくなった。


「ああ、行ってしまった……。とにかく、僕も追いかけないと」


 取り残された僕も、すぐに気を取り直すと、門の前に向かう。そしてそのまま、リゼを追いかけるようにして門の中へと飛び込むのだった。



  ◇



 ――〈カルネアデスの塔〉第一階層。通称『洞窟エリア』。


 リゼを追いかけて転移門をくぐった僕は、久方ぶりに第一階層の洞窟エリアに足を踏み入れていた。

 今僕がいるのは、スタート地点である巨大な縦穴の最下層だ。上を見上げれば、ぽっかりと空洞が開いているのが一望できる。


 ゴツゴツとした岩肌。硬い地面。どこからどう見ても、本物の洞窟の中としか思えないんだけれども……これこそが〈異界〉というやつらしい。


 空間を捻じ曲げて、元あった空間とは全く別の空間に書き換える。そんなことが可能なのかと思うけれど、理論的にはあり得るらしい。そして、それを出来る存在をこう呼ぶのだ。――神様、と。


 さて、問題のリゼの行方だが。

 

 ここには既に、リゼの姿はない。



 ……もしかして、僕、やっちゃいました?



 いや、まだ間に合う。今から探せば、まだ追いつけるハズ……! 


 スタート地点であるこの縦穴は、三つの横穴と繋がっている。この三つのうち、どの道を進んだかを見極めなくてはいけない。前か、後ろか、それとも右か……。


 と、その時。ふと右の洞窟の奥に、キラリと光るモノが見えた。


「あれは、剣……? そうか! あれはゴブリンの遺物ドロップだ!」


 僕は右の洞窟に近づく。魔法のかがり火で照らされた洞窟の中には、ゴブリンが落としたと思われる剣が一つ、地面に突き刺さっていた。

 やはりそうだ。光っていたのは、ゴブリンの遺物ドロップである剣の先が、松明の光を反射していたものだったんだ。それは、この中で戦闘が行われていたというわけで。


「つまり、リゼはこの先にいる……」

 

 と言いかけたところで、僕の言葉は急速にしぼんでいく。

 なぜなら、目が合ってしまったからだ。僕を睨む、敵意の視線。『ミツケタゾ』――その視線は、そう物語っていた。


 洞窟の奥からやって来たのは、暗緑色のツルツルとした肌が特徴的な、人型の魔物。ダンジョンに潜る者ならばなじみ深いであろう、あのゴブリンである。


 ただ……僕の目の前いる"それ"は、明らかに普通のゴブリンとは思えない威圧感を放っていた。一般的なゴブリンと比べて、一回り以上も大きい体格をしており、それに、身につけている装備も魔物とは思えない立派さだ。


 ――間違いない。ヤツはゴブリンの長、『ゴブリンリーダー』だ。


 何という不運バッドラック。よりによって、こんな時に、レアエネミーと出くわすなんて。

 レアエネミーとは、滅多に出現しない代わりに、周りの魔物より飛び抜けて強い魔物のことである。

 ゴブリンリーダーと言えば、新入生がばったりと出くわして、そのまま壊滅に追い込まれるのが春の恒例行事と言われているほど。

 その上厄介なことに、後ろには二匹のゴブリンアーチャーを従えている。


 しかもこの状況、かなりヤバいのでは? 僕は、足元に視線を落とす。そこには、ゴブリンの遺物である剣が突き刺さっていた。

 

 ――突然ですが、ここで問題です。ゴブリンの遺物の前で、一人のニンゲンが立っていました。部下思いのゴブリンリーダーさんがその光景を目にして、一体どんな行動をとったでしょう?


 答え。ゴブリンリーダーは激昂し、ニンゲンに襲いかかる。


「……いやいや! このゴブリンをたおしたのは僕じゃないですから!」


 なんて言ったところで、ゴブリンに通じるわけもなく。ゴブリンリーダーたちは雄たけびを上げると、一斉に僕に襲いかかってきたのだった。

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