04.「塔の入場手続きと、編入生の美少女」
やれやれ、大変な目に遭った……。
決闘騒動を切り抜けて、僕は大きく安堵の息をついた。
ここまで来れば、もう安心だろう。
決闘場からはだいぶ離れたし、追いかけてくる人もいなそうだ。
でも、何とかうまくいったな。僕は先ほどの戦いを振り返る。
とっさの判断で【
暗殺者時代、必死に身につけた技術だから、そう簡単に忘れたりしたら困る。
【影取り】は、特殊な歩行法を利用して、相手の意識の盲点をすり抜ける暗殺者の技術の一つだ。
【影取り】を発動するには、一瞬でもいいから相手に僕を見失わせないといけないんだけれど……今回は、相手の異能が味方してくれた。
【雷撃】の閃光で僕を見失った隙に【影取り】を発動することができたので、すんなりと背後を取ることが出来たのだ。
我ながら、僕の【影取り】は見事だった。きっと
でも、レオには悪いことをしたかもしれないな……。
観客から見れば、目の前を素通りした僕をレオは棒立ちして見逃した挙句、背後を取られて戦意喪失したようにしか見えないはずだ。
周りからなにを言われるかを考えると、ちょっとだけ申し訳ない気分になる。
とりあえず、謝っておこう。心のなかで。
それにしても、あのレオが女の子だったのは驚いた。
けれど、誰でも秘密はあるというものだ。――それこそ、僕みたいに。
はぁ……それにしても、魔物相手にもこうやって上手くいけばいいんだけど。
勇者として大事なのは、魔物を倒すことだ。いくら人間相手に勝ったところで、魔物を倒せなければ二流もいいところだ。
異能で攻撃出来ない僕が、魔物を倒す方法。それを試すために、早く塔へと向かわないといけない。
そして決闘場から一人抜け出した僕は、『ある場所』へ向かった。
◇
という訳で、僕は〈カルネアデスの塔〉に登るために事務棟を訪れていた。
直接塔に向かわないのか、だって?
それには
面倒だけれど、校則で決まっているのだから仕方ない。
とりあえず、さっさと済ませてしまおう。
休日の朝ということで、事務棟の中は生徒はほとんど見当たらない。これなら順番待ちもせずに済みそうだ。僕は真っすぐ受付のカウンターへ向かった。
しかし――あれ? なにやら今日は、受付のお姉さんの様子がおかしい。
お姉さんの名前はソフィアさんといって、ツンと尖った長い耳が特徴の、
柔らかい印象の美人さんで、なによりも目を引くのがその巨乳である。その大きさは、少し身動きしただけで震えだすほど。
妖精族といえばスレンダーというのが定説だが、ソフィアさんは妖精族としては珍しく、グラマーな体型をしている。
聞くところによると、本人は大きな胸にコンプレックスを持っているらしく、どうにか胸を小さく見せようと苦心しているらしい。
もしそんなことになったら、全学院の思春期男子(と一部の女子)が血の涙を流して嘆き悲しむことになるだろう……。
とにかく、すごく優しくて面倒見のいい人で、僕も何かとお世話になっている人なんだけれど……。
ソフィアさんは僕の姿を見つけると、なぜか露骨に動揺していた。
どうしたんだろう? 僕は気になって、声を掛けることにした。
すると、すぐにソフィアさんは慌てた様子で僕に言葉を投げかけてきた。
「と、と、と、トーヤ君!? まさか学院を辞めるなんて言い出さないよね!?」
「違いますよ! 塔に登るために、手続きに来ただけです」
どうやらソフィアさんは、僕が班をクビになったことを知って、僕が
僕の言葉に最初はきょとんとしていたが、事情を説明すると、すぐに誤解だと分かってくれた。
それどころか、頭をなでなでされて「ふふ、偉いぞー、少年」なんて褒められてしまう始末。
うーむ。自分なりに、覚悟を決めてここに来たつもりだったんだけど……。
シリアスな雰囲気がいっぺんに吹き飛んでしまった。
この人といると、なぜかペースを乱されてしまうんだよな……。
人柄、というやつなんだろうか。
ずっと貧民街で生活していて、暗殺業を生業としてきたから……こういった純粋に善人で、人の心配ができる人が世の中にいることを知らなかった。
僕が今まで会って来たのは、みんな打算や利害関係で動く人間ばかり。
だから、いざソフィアさんのような人に出会うと、どう接すればいいのか分からなくなってしまう。
かく言う僕も、打算や利害で人間関係を考えがちで……いつかソフィアさんみたいに、人のことを本気で心配できるような人間になりたいと本気で憧れている。
閑話休題。
ともかく、本題の塔への入場手続きだ。
僕は差し出された入場証を受け取る。これで改めて塔の挑戦者として登録され、自由に塔に登ることができるというわけだ。
「そっかー、トーヤ君もソロで挑戦かあ。珍しいこともあるんだね~」
「珍しいって、何かあったんですか?」
「ほら、あの塔って、みんなチームを組んで攻略するじゃない? でも今日は、トーヤ君の他にも一人、ソロで挑戦したいって子がいるの。もうすぐ来ると思うんだけど……」
ソフィアさんが言いかけた、ちょうどその時。噂をすれば何とやらで、受付の前に一人の生徒が現れた。
いや、この学院の生徒だと断定するのは早計だったかもしれない。
なぜなら、見かけは確かに自分と同じ
学院の生徒は、所属が分かるように常日頃から学院の制服を身につけるのがこの学院の規則である。
各自オーダーメイドで制服をカスタマイズすることは許されているが、それには厳格なレギュレーションが定められており、また、最低限制服の意匠を残しておく必要がある。
例えば彼女の場合だと、衣服に既定の素材を使用していないので『注意』。
また、少しばかり肌面積が広すぎるので『厳重注意』。
……といった風に、学院から『改善命令』が下されるという訳だ。
しかし、それにしても……。一際目を引くのは、その飛び抜けた容姿だった。
華奢にさえ見えるその肢体は、しなやかな曲線美を描き。透き通るような白い肌には、傷一つない。ピンクがかったシルバーブロンドの髪は、すごくサラサラしていて。その顔立ちは、人形のように美しい。
そう、美し過ぎるのだ。
「あっ、あなたがリゼ・トワイライトさんですね。お待ちしてましたー」
「……編入届を持ってきたわ。これで、あの塔に登れるのよね」
どうやら名前は『リゼ・トワイライト』というらしい。あまり愛想のいいタイプじゃないらしく、ソフィアさんから名前を呼ばれても、あまり反応を示さず。懐から学院の編入届を取り出すと、カウンターの上に置いた。
編入生だって? 僕は少し驚いていた。
学院が編入生を採るなんて、滅多にあることじゃない。いくら学院が、常時優秀な人材を受け入れるスタンスだとしても。僕たちは国内最難関の試験を突破し、今までずっと最高峰のカリキュラムを受け続けてきたんだ。普通に考えれば、それ以上に優秀な人材なんて、滅多にいる筈がない。
だとすると、目の前にいるこの少女は、一体、何者なのだろうか。
「塔に登る前に、専用のガイダンスを受ける事ができますよ?」
「……いらないわ、そんなもの」
「そ、そうですか……でも、きっと役に立つと思いますよ?」
「ふぅん、そう……」
ソフィアさんは、リゼの素っ気ない態度に困っているみたいだった。いくら実力者だとしても、ガイダンスくらい受けても損はないと思うんだけど。
その時ちょうど、僕はソフィアさんと目が合った。キラーンと、ソフィアさんの目が光る。何やら思いついたらしい。
目は口程に物を言うとはよく言ったもので、僕にはソフィアさんの考えていることが、すぐに分かってしまった。
間違いない。これは、『うーん困ったなぁ、このまま塔に行かせるのも良くないだろうし……あ、ちょうどここにいるじゃないですか、ひとり適任が♪』の目だ!
そしてソフィアさんは、リゼの方を振り向くと、ニッコリ笑顔で提案する。
「それならリゼさん、ここにもうひとり、これからカルネアデスの塔に登る生徒がいますので。彼と一緒に
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