幕間・信心分崩(元桑667~元桑707)

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 騒乱が長く続いた「神血の業」を経て、どの国も大きく損なわれ、大陸の勢力図が大きく書き換えられた。

 中でも特筆すべき出来事は、人と不俱戴天だった獣らが地上に戻り、最北の地に獣の国覇下を建てた事だった。

 事態の収拾に獣らの力を借りざるを得なかったとはいえ、代償として凶悪な存在と共に地上に生きることになった事実は、多くの人々の心に不安の種を植え付けた。

 雪に閉ざされる覇下の国と人間の国の間には、強固な結界が張り巡らされ、選りすぐりの傭兵が配置され、最強の矛と盾で獣と人との均衡を保とうと務めた。

 獣の国と人の国がほとんど没交渉のまま、平穏な時代はしばらく続いた。

 その平穏は表向き、無益な殺生を避け、共生を目指す奉還隊の理想を継承する形で築かれた現実に見えるが、その実、なすすべもなく流れ着いてしまった状態に過ぎなかった。

 一言で言うと、獣に構ってる余裕などなかったのだ。


 六百年もの間、人々は龍神を崇め、それぞれの国の守護神を信仰し、祈りを捧げてきた。

 だが神の血を受け継ぐ王族らは狂った、途方もない力を欲し、振り回し、守る対象である民を虐げた。いかなる祈りも叶えられず、いかなる悲願も聞き届けられることはなかった。

 神に頼り切って、神の牙に血肉を抉られた人々の信仰心は、少しずつ揺らぎ、ひび割れ、崩れていった。

 我々が崇拝してきた神は、本当に我々をお守りくださる存在なのか――

 

 信仰心を失った人々は自分たちの無知さにおののき、途方に暮れた。


 神は味方にあらずと掲げた「畏神教」は、結成当時厭われ、糾弾される邪教団体に過ぎなかったが、いつの間にか信者が増え、神血の業が終わる頃には各国に根城を構えるほどの一大勢力となった。

 過去視の力を持つ火の国狻猊の女王は、史実とは異なることを度々口にしていた。歴史学者らは、それが狂王の戯言だと一蹴できず、未来へ進むための手掛かりは過去にあると信じ、大掛かりな調査に注力した。

 雷の国狴犴は、国の傾きを兄を弑逆し王の座を奪った亡き女王のせいにした。「女王を立ててはならぬ」古き掟に立ち戻り、習わしを踏みにじる罪深さを悔いた。信心を取り戻すため、古い法をいくつも復活させ、原点回帰の姿勢を見せた。

 結界の国囚牛傭兵の国睚眦は、もとより裏で獣らと交流しており、奴らに向ける敵意はそれほどなかった。結界の国は力の封印の役割があるため、唯一あざ持ちの存在を許された国で、信仰に異議を唱える人は徹底的に弾圧するほど守護神への信仰が厚い。傭兵の国は真逆で、暴虐な王を自ら打倒したことで神への依存を断ち切り、神の存在は否定しないが頼りもしない姿勢を固めた。

 負屓の国は神を捨てて久しく、侵略された事実もまた畳みかけるように彼らの「人は神に勝つ」の意志を強めた。加護の力無しに発展させてきた技術は、神の力を封印され、右往左往している国々にとっては貴重な手本となり、その存在感は今までにないほど膨れ上がったた。

 予言の一族蒲牢は、神の力を恐れる流れに逆らうように、未来視の力を取戻し、増加させる方法を探り続けた。古くから伝わる三度の試練の予言はすでに二度も現実となって人々を苦しめた。今度こそ三度目の試練――破滅の予告――が訪れる前に、それを防ぐ手立てを探し出さなければならない。


 人々は立ち止まり、振り返り、戸惑い、足踏みし、息を整え、前に進もうとしている。

 次の異変が訪れるのはではなく、僅かであることも知らずに――


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「あっ、いっけなーいんだ、人の書きかけをのぞき見るなんてダメでしょ」

 いたずらっ子を見つけて、背後からひっそり近付いて声をかける。


「うわ――‼」

 びっくりしてのけぞった子供は手に持ってた紙束を落とし、危うく転げ落ちる所だった。


「ほら、言わんこっちゃない。汚したり失くしたりしたら、書いた人が泣くよ」

 子供の代わりに落ちた原稿の紙を拾い集める。


「だって続きが気になるんだもん……でも字が難しくて読めなかった、もっと簡単な字で書いてくれたらいいのに」

 子供は頬を膨らませて不服そうに訴えた。


「お話を聞くだけで物足りなくて、自分で読もうとしたのか、えらい。でも先に読んじゃうとネタバレになっちゃうから退屈しちゃうよ」

 にこにこと子供を宥める。


「先が知りたいんじゃなくて、本当の話が知りたいの!だってあいつ、いつも何か隠して話すもん……子供だと思ってバカにしてるんだ」

 子供はぷいとそっぽを向いた。


「本当の話、かぁ……お話なんて、口に出した瞬間それが『お話』になるんだから、嘘も本当もないんじゃない?」

 ちょっと意地悪に聞いてみる。


「嘘か本当かなくても、ごまかされるのが嫌だ!」

 子供は首をぶんぶん横に振った。


「じゃあ、今度は本人にきちんとクレーム入れようか」

 くすりと笑って答える。

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