其の七十四・とある謀反者の話(元桑666・負屓)

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「前の戦で獣と戦い、守護神を持たない職人の国負屓が皆から悪者扱いされてたのに、今度は、職人の国の守護神の力を持った奉還隊と、地下の住処を封印場所として提供した獣たちが国々を助けたなんて、まるで罪人から大英雄に大逆転だね」

 子供は興味津々に述べた。

 そのおかげで、大陸の勢力図も大分変った。傭兵の国は傭兵の道をやめたり、結界の国が国土の三割近くを放棄せざるを得なかったり、水の国と雷の国の協力関係が完全に消えたり……これから色んなことが変わっていくだろうね。

 声の主は語った。

「奉還隊の人らが殺された理由って、なんだか分かる気がする。恩が大きすぎて、何かお返しを求められたら困るから、消すしかなかった……とか」

 前の戦の後も平気で英雄殺しをやっちゃう連中だし、と子供はいつも通りに容赦がない。

 じゃあ、とある謀反者のお話をしましょうか。

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 職人の国に自生する植物の中に、どんなに貧しい土地にも根を下ろし、蔓を這わせてはこぶし大の果実を何十も何百も実らせる作物がある。

 数こそあっという間に増えるものの、ぐにゃりと歪んだ形が醜く、味もほとんどせず、家畜すら食べたがらない。大昔の貴族らは「まるで増やすことしかできない下賤な民のようだ」と嘲笑って、「賤瓜せんか」と名付けたという。

 賤瓜は塩や酢につけると十数年も保存することができ、食料不足だった時代では重宝されていたが、人々の暮らしが豊かになるにつれ、だんだん見かけなくなったいった。


 男は農業が盛んな町の町官の家に生まれた。

 町ではよその国に売るための植物を丹念に育てている。他国の王族間で大流行の珍しい花や、庭を程よくにぎわす木々の苗、三年に一度しか実らない美味な果物……それらは足繁く通ってくる国々の商人たちに高値で買われていき、おかげで町はいつも栄えている。

 しかし何故か、男の家だけはひたすら賤瓜を育て続け、売りつけるわけでもなく(売れるわけもない)、ただ収穫しては塩漬けにして、蔵にしまい込むのを繰り返した。

 町官には俸給が支給されるから、物好きが高じて賤瓜を育て続けているのだろうと、陰で笑う人も多かった。

 笑われるのが嫌で、男は父親に、なぜもっと金になるものを植えないのかと問った。

 皆が食い物に困らないようにするためだ、と町官である父親は答えた。

 高価な作物を植えれば、その金でよその国からいくらでも安い食料は買える、と男が反論すると、父親は首を振り、彼に言い聞かせた。


 この土地は大昔、勇敢に立ち上がった義勇軍のために賤瓜を送り続け、残虐非道な王族らを追い出した。

 先の大戦時は、獣の侵攻で陥落した都市から逃げてきた民を受け入れ、三年間辛うじて賎瓜で食い繋いだ。

 神の力を振りかざす人間はいつだって力ない人間を虐げる。今の平和もいつまで続くか誰にも分からない。一度戦になれば、観賞用の作物はあっという間に値崩れし、金銭は屑になる。金銀財宝の山を抱きしめたまま飢え死にしないためにも、備え続けなければならない。

 我々は賎瓜のように卑しく凡庸な存在かもしれない。だけど花が枯れ、木々の生えない土地に生き続けられる意地も尊厳もある。それをゆめゆめ忘れるな――


 父親の憂い通り、その後十年も経たぬうちに、火の国が一方的に宣戦布告を叩きつけてきた。火の国の軍事力に恐れた他国も職人の国を見捨て、一切の貿易取引が堰き止められた。

 どの国も職人の国はすぐに降伏すると思っていた――時の官庁も降伏すべきとの声が大きかった――が、独立不羈の精神を手放せない者はこの国にたくさんいた。

 大昔に王族を追放したように、先の戦で獣の暴挙に抗い続けたように、彼らは謀反を起こし、腑抜けた役人たちを引きずり下ろした。

 男は謀反者の筆頭として前線に立ち、ほかの兵士と共に賎瓜を食して腹を満たし、火の国の侵攻に抵抗し続けた。

 戦が五年ほど続き、火の国の士気が低下し、いつ戦線が崩れてもおかしくなく、指導者となった男が勝利を確信したその頃。

「神の力を返還し、争いを止める」と謳う連中が突如現れ、侵略軍の主要人物の力を封印し、国々に和平を呼び掛けた。

 人の心を惑わし、思い通りにする連中らの邪法は、間違いなくこの国が大昔に追放した王族が持つ守護神の力だった。


 男にとって、連中の出現は悪夢のようだった。

 自分たちが命を賭してやっと手に入れそうになった「勝利」をあっさり攫われ、国々は口を揃えて連中の勇姿を讃える。


 守護神は職人の国を救ったんだ!

(違う、救ったのは我々だ!)

 なんて素晴らしい志!

(何を企んでいる!)

 なんて優しい博愛の心!

(本当は見返しを欲してるだろ!)


 やがて身内にも、連中を仲間に引き入れてはどうだろう、との声まで聞こえるようになった。

 観賞用の植物が鮮やかに花開くと、賎瓜の存在がまたたく間に人の視界から消えるように。


 男は連中に面会を求めた。雷の国の王の力を封印する準備で忙しいはずだが、王族の血を引くその末裔は、二人きりの面会に応じてくれた。

 初めて目にした忌まわしい守護神の力を持つ相手は、驚くほど平凡な顔立ちで、気品の欠片も感じない普通の人間に見えた。

 男は形式上の謝辞を述べ、その功績を讃え、どんな謝礼を用意すればいいかと問った。すると相手は微かに笑って答えた。


 あなたには何も求めていませんが、国々が私たちの国に防衛要塞を築いているのを知っています。全てが終わったら、国々にそれらの要塞から立ち退きを求め、土地を返して頂きたいと考えています。


 男には分かった。

 国土の返還は、謀反者上がりの自分では到底成し遂げられないことだが、守護神の力を持ち、国々に大きな貸しを作ったこの人なら造作もないことだ。

 それが実現できれば、「私たちの国」と当たり前のように呼ぶこの末裔は継承者として王の座に返り咲く。五つの国を後ろ楯にした継承者の正当性を否定できる人などいない。

 数百年もの間、無数の人の犠牲で肥やした土に根を張り、下賤の民も胸を張って生きられる国が、また神の力に呪われ、縛られてしまう。それだけは避けなければならない。


 男は辞去する際に、こっそり封印の道具に小細工をした。力を入れるとすぐに壊れるように。

 躊躇うことはなかった。男の脳裡に浮かぶのは、一面の痩せ細った土地に蔓を這わせる賎瓜の畑の景色だった。


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 男の目的は果たされ、王権の復活の危険を孕む継承者は死んだ。彼の遺志を汲み取り、国々は国土返還の要求に応じたが、奉還隊の中でも、自分たちが敬愛するリーダーの死亡は仕組まれたもので、負屓の指導者に疑いの目を向ける者が多かった。

 声の主はまとめた。

「拝み屋の仕業だと思ってたけど、色んな人が色んな目的で動いてたんだね」

 子供はふっと軽くため息をついた。

 奉還隊は長い間半植民地化してた防衛要塞を中心に活動してたから、そこに住んでいる人々に愛されていた。その人たちは暗殺を企んだ疑いのある国に戻されることに激しく抵抗し、一部の獣と結託し、「贔屓ひき」という国名で独立を宣言した――

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