其の七十三・とある拝み屋の話(元桑666・嘲風)
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人の手に余る力を神様に返すのに器が必要だったけど、その数が圧倒的に足りなかった。そんな困り果てた人々の前に獣が現れ、全ての力を封じるのに必要な大きな器を与えようと言った。獣らが暮らす地下世界そのものが、覇下の神の力で作り出された閉ざされた空間、つまり「器」なのだ。
声の主は明かした。
「……獣ってずっと恨まれてきたのに、皆簡単にはい分かったって力を合わせるのかな、そんな都合のいいこと、マンガでしか見たことないよ」
子供は首を傾げながら聞いた。
じゃあ、とある拝み屋のお話をしましょうか。
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その昔、人々は生きるために創造主の龍神様に助けを乞い、力を授かったが、やがてその力に酔いしれ、制御できなくなってしまった。
大陸にある六つの国――火の国、水の国、結界の国、傭兵の国、雷の国、職人の国――は、全て力を持つ王族らに支配され、無力な民はちり芥のように刈り取られていた。
そこで立ち上がったのは、職人の国の一味――奉還隊――だった。彼らは人の体から神の力を剝ぎ取ることで、人が持つ力を全て龍神様に還そうとした。
しかし、人が持つ龍神の力は想像以上に強く、全てを封じるための器が足りず、膠着状態に陥ってしまった。
国々の有識者たちは血眼になって、目の前の危機を乗り越える方法を探し、とある拝み屋に辿り着いた。
その拝み屋はどこから来たか、男か女か、誰にも分からない。真っ黒な服で身を包み、顔を隠し、神様への切なる願いを抱えている者の元にのみふらりと現れ、その願いを聞き届ける。
ただし、願いを聞き届けてもらう代わりに、自分が犯した罪を告白する必要がある。小さな願いなら小さな罪を、国を救う規模の願いなら国を滅したほどの罪を、
最初に拝み屋を探し当てたのは、火の国の摂政者だった。
君は何を願い、どんな罪を告白する?
拝み屋は聞いた。
私の願いは狂った女王が引き起こした長き戦乱で弱まった国力の回復だ。私の罪は、無比なる力を持つ狂王の自滅を早めたくて、水の国との開戦をけしかけたことだ。
摂政者は答えた。
しかと承った――
拝み屋は言葉を残して姿を消した。
次に拝み屋が会ったのは、水の国の将軍だった。
君は何を願い、どんな罪を告白する?
拝み屋は聞いた。
私の願いは不死の神様が我が国の船で帰還した噂で他国から警戒される事態を収めることだ。私の罪は、流浪の民に匿われた我が国の王族の血脈の存在を知りながら、雷の国と取り引きしている彼らを危険視して助けなかったことだ。
将軍は答えた。
しかと承った――
拝み屋は言葉を残して姿を消した。
次に拝み屋が顔を見せた相手は、流浪の民の長老だった。
君は何を願い、どんな罪を告白する?
拝み屋は聞いた。
私の願いは本来は我が一族のもので、今は雷の国の国王が持っている言葉の力を取り戻すことだ。私の罪は、雷の国の王に近付くために、彼らが行ったあざ持ちの子供らの売買に加担していたことだ。
長老は答えた。
しかと承った――
拝み屋は言葉を残して姿を消した。
次に拝み屋を見つけ出したのは、雷の国の貴族だった。
君は何を願い、どんな罪を告白する?
拝み屋は聞いた。
私の願いは狂王の圧政で絶望した民らの信頼を回復させることです。私の罪は、血に飢えた王の命に抗えず、傭兵の国の兵を雇って自国の民らを大勢虐殺したことです。
貴族は答えた。
しかと承った――
拝み屋は言葉を残して姿を消した。
次に拝み屋に辿り着いたのは、傭兵の国の女王だった。
君は何を願い、どんな罪を告白する?
拝み屋は聞いた。
私の願いは民らが戦わずとも生きていけるように国を立て直すことだ。私の罪は、惨い手段で国民を搾取する結界の国を誤った方法で正そうとした父を何も知らずに殺したことだ。
女王は答えた。
しかと承った――
拝み屋は言葉を残して姿を消した。
次に拝み屋を見つけたのは、結界の国の大臣だった。
君は何を願い、どんな罪を告白する?
拝み屋は聞いた。
私の願いは国に楯突き、反乱を企てる無法の民どもの処分です。私の罪は、国の安寧のために人の敵である獣たちとこっそりに取引をしていたことです。
大臣は答えた。
しかと承った――
拝み屋は言葉を残して姿を消した。
次に拝み屋を訪ねて来たのは、獣の国の使いだった。
君は何を願い、どんな罪を告白する?
拝み屋は聞いた。
われの願いは病が蔓延した地下の国を出て新しい住処を見つけることだ。われの罪は、地下の国を支えるご神体を迂闊に人との戦に使い、職人の国の人によって我らを屠るための凶器に作り替えられたことだ。
獣の使いは答えた。
しかと承った――
拝み屋は言葉を残して姿を消した。
最後に拝み屋を探し出したのは、職人の国の首脳だった。
君は何を願い、どんな罪を告白する?
拝み屋は聞いた。
私の願いは他国から信頼を得たら簒奪を狙ってくるに違いない奉還隊を排除することだ。私の罪は、他国の反感を買いたくなく、獣との共存が可能と証明した事実を隠匿していることだ。
首脳は答えた。
しかと承った――
拝み屋は言葉を残して姿を消した。
後日、雷の国の狂王から力を取り除く儀式で事故が起きた。
狂王が暴れ出し、周囲の全てを道連れにしようと攻撃をした。雷の国の軍は大きな犠牲と引き換えに被害を食い止め、その雄姿を目にした国民はもう一度国への信頼を取り戻した。
しかし狂王に一番近かった奉還隊は、設立者を含む主要人物が幾人も死亡し、儀式を執り行えないほど力を削がれた。
そこに現れたのは、職人の国の王を伴った獣の使者だった。獣たちは住処である地下世界を器とし、有り余る神の力をそこへ封じ込めるように提案し、代わりに地上に獣が住む場所の提供を求めた。
人々は獣の出現に慄いたものの、目下の危機を凌ぐため、人の国に踏み入らない等、厳しい条件付きで話し合いをまとめた。
流浪の民の知恵を借り、奉還隊は各国の王族らが持つ力を地下世界へ流し、結界の国の力でそれらを永久に封じ込めた。それは結界の国の力無しでは成し遂げない大がかりな作業で、その封印を持続させるためにも、結界の国だけは力を取り上げられなかった。
それまで力の封じ込めに使われた膨大な量の器や信仰物は国々へ分配され、各国で厳重に保管することとなった。
獣に与えられた居住地は、結界の国の奥地の山岳地帯と、傭兵の国の西の雪原で、どちらも出入りが難しい上、厳重な防衛網が張り巡らされた。
傭兵の国は南下し、獣らの新しい居住地を警戒しつつ、火の国の国土の一部を間借りする形で緊密な同盟関係を結んだ。傭兵の生業を放棄し、実質は高度な自治権を持つ火の国の従属国へと変わった。
人の手に余る神の力を探知できる奉還隊は役目を終え、最後には自らの力を封じた。不穏な気配は地上から消え、不死の神の噂もそのうち人に忘れ去られていった。
流浪の民も奉還隊の危機に尽力した功から讃えられ、大陸中を回り、地下の封印の点検や補修の役目を任された。
長き動乱の時代が終わり、新しい未来へ進む。
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二度目の試練は、これにて一件落着――
声の主は締めくくった。
「前に狂王を封じる儀式で、杖が壊れた話をしてたよね、それってもしかして拝み屋がわざとやったこと?」
子供は聞いた。
どうだろうか、本当に拝み屋の祈りが通じて、全ては神様の采配だったかも。一つの事故が起きて、全ての国の人たちの願いが叶うように。いやあ、ほんと、願ったりかなったりだね!
声の主は大げさに恭しく言ってみせた。
「罪を告白するのだってアホくさい。だってみんな誰かのせいにしてるじゃん、自分が悪いなんてこれっぼっちも思ってない」
子供は呆れたようにため息をついた。
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目を開けると、枝葉の間から差し込む月光が見えた。
拝み屋は血だまりに手を突き、身を起こした。
やれやれ、これで殺されたのは八回目だ――
拝み屋は不死の力を習得し、海の向こう側から来た仙人だった。長い年月で培った知恵と死んでも生き返る体質を利用し、人々の悩みを解決してきた。
願いの代わりに罪の告白を要求するのは、この大陸に関する情報を収集するためで、後ろ暗さに隠れた言葉より真実に近いものはなかった。
罪に苛まれて死ぬ人は少ないが、罪を知られて殺意を芽生える人はなんと多い事か。
八つの願いが叶って、八回殺されたということは、彼らが語ったのは全て真実である証明だろう――
拝み屋はほくそ笑んだ。
さあさあ、これで神様の血を引く生き物たちは全て地上に集まり、ご神体の在処にも当たりがついた。
かき集めよう、取り纏めよう、全てを揃えて、やっと。
龍神様のお出ましだ。
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