其の七十一・とある復讐者の話(元桑666・狴犴)

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 囚牛しゅうぎゅうの国と睚眦がいさいの国との交戦を回避し、国々は狴犴へいかんの国の狂王の魂剥がしの儀式に注力した。囚牛の国がくれたお宝も使って、国宝の導きの杖だけでは封じきれない力を、徹底的に封じようとした。

 声の主は語った。

「その狂った王様って、麻薬で動けなくされちゃったよね?国中の人から恨まれてるなら、儀式の前にこっそり殺されたりしないのかな」

 子供はさらっと物騒な感想を述べ、声の主も、残虐非道な王だったから、そりゃあ暗殺者の一人や二人はいたさ、とけろっと答えた。

 じゃあ、とある復讐者のお話をしましょうか。

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 雷の国にはかつて、類を見ない力を持った女王がいた。国事に無関心な彼女は遊び惚け、挙句の果てには出自も分からない若い男に惚れ込み、二人の間に男の子が生まれた。

 尊い王家の血筋に汚らわしいよそ者の血が混ざった呪いか、王宮の奥で育てられた男の子は常軌を逸する残虐な大人になり、その手で両親を殺し、王の座を継いだ。

 男は人が殺される場面をまるで観劇のように楽しんだ。無実な人々を殺し合わせ、死んだ者の大腿骨を収集し、王宮に飾った。彼の圧政に耐え切れず、謀反は幾度も起こされたが、二柱もの神の加護を一身に受けた狂王の力に敵わず、謀反人らは全て粛清された。

 死人の出ていない家はどこにもおらず、王族やその分家の者たちすら血筋が絶える寸前となった。


 幸いなことに、有志たちの一派は有り余る神の力を封じる方法を見つけ、神の力を還す「奉還隊」と名乗り、身勝手に力を濫用する国々の王族らの力の封印に乗り出した。

 正面からでは決して太刀打ちできない狂王に麻薬を飲ませて自由を奪い、その間に封印の儀式の準備を進めた。

 人々は感激に咽び泣いた。いつ訪れるとも知れぬ死の恐怖に怯える日々がやっと終わると。

 しかし程なく、人々は怨嗟の声を上げた。かの狂王は数え切れないほど多くの命を奪った、その罪は死をもって償うべきだと。

 奉還隊は人々の歎願を受け入れなかった。自由を奪われた狂王の見張りを固め、敵に襲われないように警護を続けた。


 夜中に、狂王のそばにいる護衛の男は微かな物音を聞いた。彼は眠った振りを続け、窓を越えて侵入する人影を見つけた。狂王の寝床に近付き、手を振り上げようとした人影を、男は素早く取り押さえた。

 人影の正体は、侍女のなりをした女だった。護衛の男は彼女に、もうここには近付くなと伝え、部屋から出そうとしたが、彼女は頑として動かなかった。

 どうしてその邪悪な王を守るのか――

 女は充血した目を護衛に向けて責め立て、憎しみの言葉を吐いた。


 女は将軍家にゆかりを持つ人間だった。

 将軍家は代々王の補佐に徹し、国のために働いてきたにも関わらず、女王の不興を買い、そのほとんどが惨殺されてしまい、まだ幼かった彼女も、自分の祖父母や両親が女王の側近らに首を刎ね飛ばされるのをその目で見た。

 姓名を変え、出自を伏せ、里子に出された彼女は息を潜めるように隠れて生きた。平穏な暮らし以外に望むものはなかったのに、人殺しが趣味の狂王が即位した。年貢を納められなかった罪に問われた養父母は、代わりに子供の首を差し出せと迫られ、彼女を守るために実の子を殺し、その苦しみから自害した。彼女は梁からぶら下がる家族の死体をまたもその目で見た。

 国から逃げ出すことも許されず、彼女はやがて殺されて減り続けた使用人の補充で無理やり徴用された。


 あなたは余所の国から来た者だから、私たちの痛みは分からない。綺麗事を並べ立て、邪悪な王を助けて悦に入る。大事な人の命を奪われた人間には復讐する権利がある――

 女は訴えた。


 俺は余所の国の者ではない、この国で生まれた人間だ。邪悪なのは、お互い様だろうさ――

 男は女を見つめ返し、ゆっくりと言葉を吐いた。

 

 男は、隣国から誘拐された女と、将軍家の男との間の子供だった。

 将軍家は王家との結びつきを欲し、王家に相応しい婚姻相手を作る為の駒を集め続けた。誘拐された母親は辺鄙な村に閉じ込められ、ただ子供を産むためだけに生かされ続けていた。

 男の王の即位が決まった時は、子を産めなくなった老女や、病気がちな男児が速やかに処分された。彼の母はまだ幼い彼を女装させ、性別を偽って難を逃れたが、彼は生まれたばかりの弟が川に投げすてられたのをその目で見た。

 女児を装って暮らしてたら、今度は女王が即位した。姉を含め、年長の女児は一夜にして消え、女王に相応しい適齢の男性と交換するために売り出されたと聞かされた。彼を連れて村を逃げ出そうとし母は足を折られ、息絶える瞬間まで彼を守った。

 そんな地獄のような村に、女王の軍勢が踏み入った。看守らを皆殺しにし、鎖に繋がれていた全員を解放し、国外へ送り出した。


 綺麗事を言うつもりはない。あんたに復讐する権利があるなら、それを行使すればいい。ただここに横たわっているのは俺の恩人の息子だ。彼が死ねば、俺にも復讐する権利がある。よく考えることだ。

 護衛の男は、侍女の女を置いて、その部屋から出た。

 半刻程経って、護衛が部屋に戻ると、侍女の姿はどこにもおらず、狂王と憎まれた男だけが微かな寝息を立てていた。


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「なんか、馬方のお話に似ているのね。火の国の女王様も、裁く権利がどうとか言ってたけど、女王様とこの侍女じゃあちょっと違う気がするんだよね……」

 子供は悩ましそうにううんと唸った。

 どこが違うと思うんだい、と声の主は聞き返した。

「えっとね、なんか……女王様は本当のことを言ってて、侍女のほうが嘘っぽい」

 子供は感じたことをそのまま口にした。

 復讐を止めるのは何だと思う?良心かい?慈悲かい?思い合う心かい?私は、力だと思う。自分の一押しが十倍の力で押し戻されると分かれば、人は押すのをためらい、別の道を考える。所詮復讐は大義名分に縁遠いない、ただの損得勘定だからね。

 声の主はあっさり結論付けた。

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 ひと騒動あったものの、狂王の力を封じる儀式が執り行われた。

 その知らせが国を駆け巡り、人々は歓喜した。

 狂王が王座を追われれば、人々は次なる王を探し求める。

 過ぎた力を恐れながらも、結局神の加護を求めずにはいられない。狂王のおかげで王家の血を引く者はおそらくもう私しかいない。この子が生まれた日には、私の地位も盤石となろう――

 侍女に装った女は腹をさすりながら、くすりと笑った。


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