其の七十・とある反逆者の話(元桑666・睚眦)
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声の主は語った。
「確かに麻薬を打たれたら、どんなに強い人でも意識を失うもんね、その間に魂剝がしの儀式を行えば……あれ、力を封じるのに使う『器』ってもう使い切っちゃったでしょ?それがないと儀式もできないよ?」
子供は首を傾げながら質問した。
タイミングのいいことに、お宝をた~くさん収集してる国――
「皆で力を合わせて、睚眦の国を倒すのが先なんだ」
じゃあ、とある反逆者のお話をしましょうか。
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傭兵の国には、血のつながらない家族がたくさんいる。
大人が戦で命を落としても、身近な誰かがその子供の世話を引継ぎ、戦い方や生きるすべを叩き込む。子供は自分を育ててくれる人を親と呼ぶが、その関係は親と子というよりも、師と弟子に近いものだ。
その昔、王の兄が他国での任務中に死亡し、報酬の一部として女の赤子が引き渡された。そして王様が、彼女の名義上の父親となった。
王はいつも国のお仕事で忙しそうにしており、彼女の世話はいつも侍女に任されていた。彼女の記憶にある父の姿は、いつも遠目に見た後ろ姿ばかりだった。
それでも彼女は、周りの人たちに信頼されている父を慕っていた。王の娘として恥じない人間になるために武芸を磨き、努力を惜しまなかった。
そんな彼女には秘密があった。
稽古場の向かい側の丘を越えると、人がめったに訪れない窪地がある。短い春夏に茂る草の間には、鈴のような形をした可憐な花が咲き乱れ、鳥や蝶が空を舞う。
彼女はこの景色が好きで、ひらひら飛び交う蝶を見ていると、一緒に踊り出さずにはいられなかった。
指先をかすめるのは宙を舞う風切り羽、つま先に触れるのはゆらゆら漂う雲の端。誰も訪れない秘密の花園で空を駆ける鳥になり、彼女は幸せな気持ちに満たされる。
建国を祝う大事な祭日に、彼女は玉座の前へ進み、踊りを披露した。言葉を紡ぐことが苦手な彼女は、踊りに言祝ぐ思いをのせた。
しかしその思いは伝わらなかった。頬に平手打ちをくらった彼女が久々に間近で見た父の顔は、失望の色に満ちていた。
恥を知れ――
そう吐き捨てた父は、もう彼女の方を振り返らなかった。
この日を境に、彼女に対する周りの態度が一変した。ここは武を尊ぶ国で、進むべき道は常に強さを極める道のみで、歌や踊りなどは、心を錆びさせる害悪でしかないのだ。
あんななよなよとしたものにうつつを抜かすなんて。
そんな軟弱な人間は我々の国にはふさわしくない。
面汚し。恥知らず。
軽蔑の言葉は鎖となって翼を縛り付け、嫌悪の眼差しが枷となって心を閉じ込めた。
ほどなくして、彼女は王宮から消えた。
王が進む道は、少しずつ歪んでいった。
娯楽に興じることは禁じられ、武の才能のみで人の価値が測られた。やがて子供たちの選別が行われ、弱者と位置づけられた者たちが奉仕を強要されるようになった。
力こそ国を強固にし、力こそ誇りを形作る。目には歯を、歯には刃を。弱肉強食。喰われたくなかったら喰らい尽くせ――
強者たちは王に心酔した。彼の強さは本物で、高みを目指す者らにとっては道を照らす太陽だった。
弱者たちは王に恐怖した。彼の強さは本物で、地を這い進む者らにとっては身を燃やす烈日だった。
力に心酔するあまり、王は復讐と銘打った侵略を企てた。異論は一切認められず、異議は全て反逆と見なす。
とうとう内乱が起きた。
他国の国土に踏み入ろうとする国軍を阻止するために結成された義軍は、やがて国軍の数を越えた。
そんな義軍の先頭に立つのは、王の娘である彼女だった。
傭兵の国は、本当に強い者しか生きる事を許されない国だろうか?
違う。
思い出してほしい。我々の国は流浪人や犯罪者も分け隔てなく受け入れ、より多くの命を生かすために力を身に着けてきた。
その強さは血縁をも超える信頼関係や、誰かを生かすために自己犠牲も厭わない覚悟に由来するもので、弱きをあざ笑い、誰かを踏みにじる為に振りかざす傲慢が生み出すものではない。
自慢を傲慢に変えるな。誇りを驕りに変えるな。
違う道を認め合い、自由に選ぶ権利を守り通す意志にこそ、本当の強さが宿る。
彼女の演説は多くの民に力を与え、義軍を勝利へと導いた。
思えば、父と真正面から向き合ったことは数えるほどしかなかった。
初めて剣の稽古をつけてくれた時と、祭日に踊って罵声を浴びせられた時と、義軍を率いて王宮に踏み入った今この時。
それでもこの胸に渦巻く感情は、弟子が師に向けるものと呼ぶにはあまりにもし烈で苦く、子が親に向けるものとしか言いようがない、と彼女は思った。
狂王が彼女の手によって倒された光景を見た人は、皆口を揃えてこう言う。
戦う彼女の姿は、舞い踊るように鮮やかで美しく、まるで自由に空をかける鳥のようだった。
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国々は最強と謳われる睚眦の国との交戦を覚悟していたが、皮肉にも内戦の勃発で開戦する前にあっけなく終戦を迎えた。新しく即位した穏健派の女王は、奉還隊の行動に賛同を示し、協力の意を表明した。また一つの歯車がかみ合い、災いはゆるやかに終息へ向かい始める――
声の主は締めくくった。
「きっと王様は分かってたんだ。このままの国では、実の娘は自由に踊れないって。だから悪者を演じて、彼女を助けたんだ」
彼女は王様が実のお父さんだと知らないまま、彼を倒しちゃったのかな、と子供は呟いた。
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王の侵略を阻止した女は、新たな女王となった。
王の間の露台に立ってふと、うんと小さいころ、父が自分に肩車をしてくれた時のことを思い出した。
若き日の父は遠くの半透明な帳のような結界に覆われた土地を指さし、彼女に語った。
見ろ、あれが
お前の家族はお前一人を逃がすのが精いっぱいだった。私は何もしてやれなくて、歯痒くて、情けなくて、どうしようもなかった。でもそんな窮屈なかごを、いつか必ず打ち破ってやる。
鳥はな、自由に空を飛ぶべきなんだ。
幼い彼女は父の言ってることがよく分からなかったが、自分を支えてくれた手が大きく暖かく、この世で一番頼もしい存在に感じられた。
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