其の六十七・とある馬方の話(元桑660・狻猊)

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負屓ひきの守護神の力を隠し持つ王族の末裔と、人に擬態した獣は、正体がばれても周りの人間と仲良くできたのはいい話だけど、二度目の災いにどう関わってるの?」

 子供は首を傾げながら聞いた。

 擬態者のお話では、獣の子供は人の姿を捨てて友人を助けた代りに、人の姿に戻れなくなってしまった。そこで、助けられた友人は、親友の獣を人の姿に戻す方法を考えた。獣の巨大過ぎる力を封じれば、人の姿に戻れるのではないか……とね。

 声の主は説明した。

「そうか、力を封じる方法を見つけたんだね!それであざ持ちの王族たちの暴走を止めたんだ」

 ピンときた子供は声を張り上げた。

 じゃあ、とある馬方うまかたのお話をしましょうか。

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 火の国狻猊の王宮の中には、大勢の人間が働いていた。中には「馬方」と呼ばれる馬の世話や調練を担当する者もいた。

 馬方の息子である男の子がいた。彼はいつも父親に習って、一生懸命馬の世話をしていた。

 ある日、男の子は一人の女の子を見かけた。周りに年の近い子供がいなかったから、男の子は彼女とお友だちになれたら、と密かに願った。


 女の子はいつも何かの道具を持って、一人で遊んでいた。

 最初の日、女の子は針を持っていた。彼女はその針で毛虫を殺した。

 次の日、女の子は匕首を持っていた。彼女はその匕首で雀を殺した。

 その次の日、女の子は脇差を持っていた。彼女はその脇差で猫を殺した。

 更にその翌日、女の子は剣を持っていた。彼女はその剣で王宮で一番足の速い馬を殺した。

 目の前で王の愛馬が両断され、降り注いで来る血と内臓の雨が熱くて生臭くて、男の子は身が竦んで動けなかった。

 男の子は王の愛馬の死で咎められるのでは、と戦々恐々としていたが、お咎めは一切なかった。何故なら、馬を殺した女の子は、王の愛娘だったから。

 王女なら、何をしても罪に問われないし、許されるのだ。

 

 男の子が大人になり、父親の後を継いで馬方になった頃、女の子も父王の後を継いで戴冠した。

 女王には、火で鍛造された物に触れるとその記憶を読み取れる神の力があり、幼い頃から多くの武器を手にし、武の天才として恐れ敬われていた。

 圧倒的な力を持つ女王は、しかし、ある日突然豹変した。国宝の秘匿を理由に、友好国だった国に宣戦布告し、その数年後には更に別の国とも開戦した。

 反発する臣下も、諫める臣下も、すべて粛清され、誰も女王に逆らうことができず、言いなりになるしかなかった。

 臣下らはみな、女王が恐ろしくてならなかった。戦争や争いを好み、血も涙もない人殺しだ、と誰もが陰で毒づき、彼女を呪った。


 戦争で火の国が日に日に荒んでいく中、王都を死人しびとの群れが襲い掛かった。

 どこの国の手の者かも分からない謎の襲撃者は、死体を操る力で人を殺し、殺した人もまた操り、殺戮を繰り返した。

 襲撃を止めるために、女王は自ら出陣した。

 馬方の男はただ女王のために乗騎を用意し、自分の役割をこなした。

 女王の持つ炎の剣は、まさに死の呪いを封じる最高の武器であり、業火に焼かれた屍の群れは瞬く間に灰へ帰した。

 それでも過酷な戦いに違いはなく、女王が乗騎に乗せられて王宮に帰った時は、ほとんど虫の息だった。

 馬方の男は血まみれの女王を馬から降ろして、助けを呼んだが、女王が恐ろしくて誰も近寄ろうとせず、男は仕方なく、一人で彼女を内殿まで運んだ。

 医者は女王の元には来なかった。女王自身がそれを拒んだからだ。

 見ろ、人殺しの女王は医者に殺されるのを恐れている。このまま息絶えればいい――

 そう、誰もが望んだ。馬方の男を除いて。


 馬方は女王のそばにいて、彼女の世話をしながら、子供の頃のやりとりを思い出していた。


 ねえ、どうして毛虫を殺したの?と男の子は聞き。

 毛虫が花を喰い散らかしたから、と女の子は答えた。


 ねえ、どうして雀を殺したの?と男の子は聞き。

 雀が毛虫を食べようとしたから、と女の子は答えた。


 ねえ、どうして猫を殺したの?と男の子は聞き。

 猫が雀を狩ろうとしたから、と女の子は答えた。


 あの日、足の一番早い馬は機嫌が悪かった。小柄な男の子を突き倒し、蹄で蹴ろうとした。顔を押し潰されて死ぬと覚悟した瞬間、女の子が間に入り、躊躇わずに迫りくる馬を真っ二つに切り殺した。


 男は女王の耳元に近づき、問うた。

 ねえ、どうして自ら進んで死のうとしてるの?

 

 女王は夢うつつに答えた。

 襲撃者と剣を交えた時、その剣の記憶を読み取った。その者の家族は官吏に売られて殺された。その官吏を任命したのは余だ。その者に余を裁く権利がある。


 女王にとって、殺しは死を与えるためではなく、裁断を下す行為だった。

 彼女はあまりにも多くの武器に触れ、殺す以外に過ちを正す手段を知らなかった。だから自分の命と引き換えに、過ちを正そうとした。


 男はただの馬方で、政治の事や国の事も、女王に向けられた怨嗟の声もよく分からない。

 毛虫が花の気持ちが分からないように。

 雀が毛虫の気持ちが分からないように。

 猫が雀の気持ちが分からないように。

 正しさなんて、いつだって裁断を下す行動を起こした者が決めるものだ。

 

 厩から一番の早馬を出し、男は国の外へ出た。名高い医者を訪ね、彼は願い出る。

 どうか、女王命の恩人を助けてください――


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 「魂剝たまはがし」。それは共存を願う人や獣たちが編み出した、有り余る力を封じる術式。体を傷つけずに、力だけ引き剥がす術式を使って、あざ持ちから巨大過ぎた力を神にお返しする――術式を編み出した人々はそれを「神力の奉還」と呼び、「奉還隊」と自ら名乗った。

 声の主は語った。

「でも、奉還隊と馬方のお話と、どう繋がってるの?」

 子供は聞き返した。

 共存の願いから結成された奉還隊は、あざ持ちの王族らに苦しむ国々に力を貸す代わりに、一つの条件を出した。取り上げるのは神の力のみで、命は決して取り上げない。殺さずの掟というものさ。馬方はそれを逆手にとって、奉還隊を手引きした。さあ、彼女の力を取り上げればいい、ただし、儀式を行うためにはまず完治させることだ、とね。

 声の主は種明かしした。

「奉還隊が殺さなくても、周りからそれだけ憎まれたあざ持ちが力を失えば、それこそ今がチャンスだって、みんな寄ってたかって殺しちゃいそうだけど」

 子供は案外まっとうなツッコミをするも、

 それはない。疲弊した国の再建には、王家の血筋という後ろ楯が必須で、誰もわざわざ脅威にならない対象を抹殺しやしないさ。所詮は女王が瀕死になっても、死ねと口先で呪いながら、殺そうとする度胸も覚悟もない連中だ。死を背負えない者が、国を背負えるものか、と声の主は断じた。

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