幕間・神血の業(元桑655~元桑666)

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 人はか弱い生き物だった。それゆえに龍神に助けを求め、力を身に着けた。

 力があれば欲しい物がいくらでも手に入ることに気付き、人は際限なく力を求めた。

 神の力が強くなるほど、その継承者は理性に欠け、人の道を踏み外す傾向はとっくの昔に現れていたが、どの国も力の誘惑に勝てず、執拗に追い求め続けた結果、分不相応な力を手に入れた王たちは、我欲のために大陸を戦火に巻き込んだ。

 侵略や内乱から逃れた国は一つもなく、血に飢えた王様たちに対抗できる勢力もおらず、人々は国土が日に日に沈んでいくのを見ているしかなかった。


 転機が訪れたのは、職人の国負屓の激戦区だった。

 侵略軍を仕切る火の国狻猊の王族は相継いで倒され、治療に当たった医者は、驚愕の事実を発見した。

 王族らは命に別条がないものの、体からあざが消え去り、神から授かった力を失っていた。

 その直後、謎の団体が名乗りを上げた。


 人は神の力に憧れ、貪欲にもそれを我が物にしようとした。身に余る力が理性を喰らい、情けを蝕み、あざとなって人の身に呪いの証を刻んだ。

 今こそ思い出してほしい。神より授かったのは、助けるための力であり、蹂躙するための力ではない。

 私たち「奉還隊ほうかんたい」は、神を冒涜する不届き者を戒め、儀式を執り行い、分不相応な力を龍神様へ奉還いたす――


 奉還隊の噂は瞬く間に国々を駆け巡った。

 特別な術式を用いて、あざ持ちの体を傷つけずに、神の力だけ取り出して封じるその儀式は、「魂剥たまはがし」と呼ばれた。


 奉還隊の創設者は何者か、誰も知らなかったが、肉体を傷つけず、内なる力に直接干渉する術式から、大昔に玉座を追われた負屓ひきの神の力ではないかと囁かれた。

 取り上げるのは神の力のみで、命は決して取り上げない――

 それが龍神様の力は共に生きるためにあると説く奉還隊の、曲げないこだわりだった。


 最初に手を組んだのは水の国螭吻だった。火の国狻猊の侵略戦争が泥沼化し、疲弊した両国はその膠着状態から一刻も早く脱したかった。

 次に流浪の民蒲牢の一族が力を貸した。一族は表では存在しないことになっている訳ありのあざ持ちを保護しており、彼らは進んで奉還隊に参加し、強力な戦力となった。

 更に結界の国囚牛の助力を得た術式は強化され、火の国狻猊の女王、傭兵の国睚眦の王の力の封印に成功したが、そこで奉還隊は窮地に立たされた。

 魂剝がしで取り出した力は、定められた器――信仰を集めた宝や捧げ物など――に封じこむ必要があるが、両国の王の力を封じるだけで、大陸中からかき集めた器はほとんど使い切ってしまった。

 二柱の神の力を一身に備えた雷の国狴犴の暴君の力を、どうやって封じるか――


 そこで打開策を持ちかけてきたのは、あにはからんや、宿敵であるけものだった。

 獣たちは獣の神覇下の加護を受け、地下に住処を得た。守護神が身を費やして作った地下空間自体が一つの「器」に等しく、それだけの器があれば、全てのあざ持ちの力を封じ込めることができる。

 我々の楽園を提供する代わりに、地上の世界に我々の居場所くにをください――

 それが獣らの交換条件だった。


 長い道のりを経て、紛争の時代はようやく終焉を迎えた。

 国々のあざ持ちの力を封じた後、奉還隊は隊内のあざ持ちらの魂剝がしを行い、解散した。

 血統至高主義だった国々の政治構造が大きく変わり、王の権限は大幅に削がれた。

 そして人を襲わないことを条件に、六つの国に続き、七つ目の国――獣の国が地上に誕生した。


 神の力を追求するあまり、危うく自ら蒔いた火種に飲み込まれかけた人々は自戒を込め、この時代の出来事を「神血の業しんけつのごう」と呼んだ。

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「二つ目の峠はこれにて一段落……と」

 長めのため息をふーっと吐き出す。


「堕神の乱に比べて、結構ギリギリ乗り越えた感あるよね」

 記録の紙を覗き見ながら感想を言う。


「異種族の敵があれば共同戦線を組みやすいけど、人同士がかち合ったらこんなもんだよ」

 肩を竦めながら答える。


「では勝因は何だろ?力を持ちすぎた同類ひと異種族かいぶつとみなして共同戦線を組めたこと?」

 揚げ足を取るように、意地悪を込めて聞き返す。


「……どんな犠牲を払ってても殺さずの信念をバカみたいに貫いた愚か者に味方した愚か者が沢山いたことが、勝因だ……と、言いたいかな」

 綺麗事過ぎて、自分で言いながらも恥ずかしく感じ、結局微妙に自信なさげな口調で締めくくることになった。

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