其の六十六・とある擬態者の話(元桑652・負屓)

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 紛争の火種は色々ある。私怨だったり、大義だったり。真実を知ったせいだったり、嘘を吹き込まれたせいだったり。でも人は自分の間違いを認めたくないから、紛争がなかなか終わらない。

 声の主は語る。

「前は獣に勝つために、皆が協力し合って試練を乗り越えたけど、今度はどの国も自分のことで手いっぱいで、どうやって紛争を終わらせるの?」

 子供は首を傾げながら聞き返した。

 星火燎原せいかりょうげんという言葉がある。ちっぽけな火花でも、燃え広がって野原を焼き払うという意味さ。

 じゃあ、とある擬態者ぎたいしゃのお話をしましょうか。

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 とある国のとある辺鄙な村に、普通の人とは少し違う子供がいた。その子供は、幼い頃親から自分の出自を聞かされた。

 あなたは普通の人と違う、特別な血が流れているの。でもそれは誇らしいことじゃない。特別な力を秘めた血を利用して、私たちのご先祖様は、沢山の人を痛めつけ、殺した。何百年経っても、その罪は消えないし、私たちはそれを背負い続けていかなければいけない。

 みんな仲良く生きていくためには、力を隠し続けなければならない。だから命の危機に瀕しても、決して特別な力を使ってはならない。普通の人に擬態して、生涯生きていきなさい。

 それは親子だけが知っている秘密の約束で、親が死んだ後も、子供はその約束を守り続けた。


 子供は早くに親を亡くしたが、村人たちはみな優しくしてくれて、仲良しの友だちもいた。

 その友達も親のいない孤児で、似た者同士だからか、二人はいつも一緒に遊んだ。

 一人が草笛を作れば、もう一人は合わせて歌い、一人が木に登って実を落とすと、もう一人は籠をもってそれらを拾い集めた。

 楽しいね。幸せだね。ずっとずっと、一緒にいようね。

 二人は笑い合い、誓い合った。


 しかし、穏やかな時間は長く続かなかった。

 今まで仲よくしてくれた隣国が、因縁をつけて攻めてくるかもしれない、という噂が村に届いた。

 子供は怖くて夜も眠れなかった。悪い兵隊が来たらどうしよう。きっと人がたくさん死ぬんだ。戦なんてして欲しくない……!

 友だちは、そんな子供を一生懸命励ました。

 私たちの村は、昔恐ろしい獣を退治するために、山にたくさんの罠を仕掛けたんだ。それらの罠は今も生きてるから、悪い人が攻めてきても、村までは辿り着けないから大丈夫さ。

 本当に大丈夫かな?罠がちゃんと動作するか、二人で確かめに行こうよ!

 子供が提案した。


 村のみんなに内緒で、子供二人はこっそり山の立ち入り禁止区域に入った。

 どこを見ても似たような景色ばかりで、いつの間にか二人は帰り道を見失ってしまった。

 子供は歩き疲れて、木の下で休もうとした。するとガチャンという大きな音と共に、虎ばさみが左足に食い込んだ。

 友だちはすぐに駆けつけて助けようとしたが、骨まで深く食い込んだ虎ばさみは少しも緩まなかった。

 村に戻って助けを呼ぼうと、友だちが走り出したが、落とし穴の罠にかかって、子供の目の前で穴に吸い込まれた。

 子供は声が枯れるまで友だちの名を呼び続けたが、返事はなかった。

 足の怪我よりも、子供は友だちがずっと心配だった。自分が罠を見に行こうと言い出さなければ、こんなことにはならなかった。

 こうしているうちにも、友だちが血を流し、死に近づいているのかもしれない。それだけは耐えられなかった。

 子供は親に言われたことを思い出した。


 命の危機に瀕しても、決して特別な力を使ってはならない。普通の人に擬態して、生涯生きていきなさい――


 子供は痛みに耐えて、懐から一本の笛を取り出した。親から受け継ぎ、使用を禁じられた大切な宝物だ。

 子供は笛の音で心を操り、人を物のように扱った特別な一族の末裔だった。人の心を惑わし、獣すら召喚できるというその笛を、子供は初めて口に添えた。

 友だちが落とし穴に落ちたんです、誰か助けに来てください――

 子供は笛に力を、思いを込めて吹き続けた。思念を繋ぐ力の酷使で頭が割れるように痛くても、吹き続けた。

 やがて頭の中に、馴染みのある村人の返事が微かに響いた。

 ……あんたたち、山の中に入ったのかい⁉

 自分は忌まわしい力の使い手として殺されてもいい、人が来れば友だちは助かる。

 それが嬉しくて、力尽きた子供は、意識を手放した。


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「ええ――?もう終わり?負屓の笛を持つ王族の居場所が分かっただけで、助かったのかも説明なし?」

 子供はすかさずクレームを入れた。

 片方の視点では分かりづらいよね、ではこの話を、別の視点から語ってみるとしよう。

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 とある国のとある辺鄙な村に、普通の人とは少し違う子供がいた。その子供は、幼い頃親から自分の出自を聞かされた。

 あなたは普通の人と違う、特別な血が流れているの。でもそれは誇らしいことじゃない。特別な力を秘めた血を利用して、私たちのご先祖様は、沢山の人を痛めつけ、殺した。何百年経っても、その罪は消えないし、私たちはそれを背負い続けていかなければいけない。

 みんな仲良く生きていくためには、力を隠し続けなければならない。だから命の危機に瀕しても、決して特別な力を使ってはならない。普通の人に擬態して、生涯生きていきなさい。

 それは親子だけが知っている秘密の約束で、親が死んだ後も、子供はその約束を守り続けた。


 子供は早くに親を亡くしたが、村人たちはみな優しくしてくれて、仲良しの友だちもいた。

 その友達も親のいない孤児で、似た者同士だからか、二人はいつも一緒に遊んだ。

 一人が草笛を作れば、もう一人は合わせて歌い、一人が木に登って実を落とすと、もう一人は籠をもってそれらを拾い集めた。

 楽しいね。幸せだね。ずっとずっと、一緒にいようね。

 二人は笑い合い、誓い合った。


 しかし、穏やかな時間は長く続かなかった。

 今まで仲よくしてくれた隣国が、因縁をつけて攻めてくるかもしれない、という噂が村に届いた。

 友だちは怖くて夜も眠れなかった。悪い兵隊が来たらどうしよう。きっと人がたくさん死ぬんだ。戦なんてして欲しくない……!

 子供は、そんな友だちを一生懸命励ました。

 私たちの村は、昔恐ろしい獣を退治するために、山にたくさんの罠を仕掛けたんだ。それらの罠は今も生きてるから、悪い人が攻めてきても、村までは辿り着けないから大丈夫さ。

 本当に大丈夫かな?罠がちゃんと動作するか、二人で確かめに行こうよ!

 友だちが提案した。


 村のみんなに内緒で、子供二人はこっそり山の立ち入り禁止区域に入った。

 どこを見ても似たような景色ばかりで、いつの間にか二人は帰り道を見失ってしまった。

 友だちは歩き疲れて、木の下で休もうとした。するとガチャンという大きな音と共に、虎ばさみが左足に食い込んだ。

 子供はすぐに駆けつけて助けようとしたが、骨まで深く食い込んだ虎ばさみは少しも緩まなかった。

 村に戻って助けを呼ぼうと、子供が走り出したが、落とし穴の罠にかかって、友だちの目の前で穴に吸い込まれた。

 子供は落ちた衝撃で気を失い、気が付くと日がずいぶん傾いていた。穴が深くて、自分ではとても抜け出せなかった。

 上にいる友だちが心配で、子供は声が枯れるまでその名を呼び続けたが、返事はなかった。

 自分の境遇より、子供は友だちがずっと心配だった。罠を見に行こうと言われた時ちゃんと引き留めれば、こんなことにはならなかった。

 こうしているうちにも、友だちが血を流し、死に近づいているのかもしれない。それだけは耐えられなかった。

 子供は親に言われたことを思い出した。


 命の危機に瀕しても、決して特別な力を使ってはならない。普通の人に擬態して、生涯生きていきなさい――


 子供は懐から一個の玉石を出した。親から受け継ぎ、使用を禁じられた大切な宝物だ。

 子供は人を喰らう獣の血を引く一族の末裔だった。獣の力を封じ、人の姿を留まらせるその玉石を、子供は力いっぱい叩き割った。

 友だちが大けがをしてるんだ、私が助けに行かなくちゃ――

 子供は生まれて初めて元の姿を取り戻した。急速に変形する骨や肉が軋みを上げ、全身が火に焼かれるような苦痛に耐え続けた。

 やがて四本足で立ち、長く鋭い角を持つ獣の姿に戻った子供は、落とし穴の壁を蹴って飛び出した。虎ばさみを蹴り砕き、気を失った友だちの首を咥えて背中に乗せようとした時、悲鳴が耳に届いた。

 ……なんという事だ⁉

 駆け付けた村人たちがわなわなと震えながら、獣の姿の彼を指差した。

 自分は人喰いの恐ろしい獣として殺されてもいい、人が来れば友だちは助かる。

 それが嬉しくて、二度と人の姿に戻れない子供は、ほっとして目を瞑った。


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「もう!擬態者の二人とも助かったのならそう言えばいいじゃん、何でそんなバンドエンド的な雰囲気を出すのさ!ほんと性格悪いっ」

 子供はプンプンしながら食い下がった。

 えぇ?獣と人間、王族の末裔と奴隷の末裔、分かりやすい対立関係だと思ってたのに。

 悪だくみを看破された声の主は、しょんぼりと肩を縮めた。

「村人たちのセリフが分かりやすいんだもん、テレパシーで繋がっても普通に『山に入ったのか』って心配してるし、獣を見ても『わああ獣だ』って恐れなかった。二人の秘密、とっくに知ってたんじゃないの?」

 神を追放し、獣の蹂躙を受けた最弱の国、負屓ひき。いつもほかの国から見下され、日陰者扱いされて来た一方で、どの国よりも多くの日陰者を引き受け、共に歩んできた。神を崇拝しない、力に傾倒しない――そんな国だからこそ、やがて神の力という毒に侵された野原たいりくに、浄化の火種を投じることが出来たんだ。

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