其の六十二・とある収集家の話(元桑652・蒲牢)
龍神は人のための神にあらず――その思想を掲げる畏信教は、
声の主は語った。
「民たちから見たら王様イコール神様だから、悪さをする王様が増えたら神様まで疑われるのもしかたないよね」
子供は肩をすくめながら言った。
雲行きがどんどん怪しくなる中、国の威信を取り戻し、民を宥めようと努力する人々もいる。
じゃあ、とある収集家のお話をしましょうか。
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昔昔、辺鄙なところに住む収集家の老人がいた。
若い頃国々を訪ねて回った老人は、珍しい宝物をたくさん持っており、中には、「
物をなくした人が、その鏡を手に取って念じれば、鏡面に落し物が映されるという。
鏡に頼れば、どんな落とし物も取り戻せる――そんな噂を聞きつけて、二人の人間が老人の住居を訪ねた。
一人は火の国の王の側近である男で、一人は水の国の貴族の縁者である女だった。
どんな物をお探しかい?
老人は問うた。
我が国は大昔に、よその国の鍛冶師に剣の鍛造を依頼した。その鍛冶師は二振りの剣を鋳たが、一振りしか献上しなかった。もう片方の剣を献上せねば、鍛冶師の故郷である国を滅す、と我が王は言った。
だから鍛冶師に隠された剣を見つけ出し、王の怒りをおさめ、無意味な戦を止めたいのです、と男は言った。
我が国は大昔に、内乱で雫の形をした国宝の宝石をなくした。それは水のように自在に形を変え、主の胸元を飾ることもできれば、水のように穢れを浄化し、病を癒すことができる。国々の王たちが好戦的になっているのは、病の苦しみによるところが大きい。
だから失くした宝石を見つけ出し、各国に蔓延する病を治したいのです、と女は言った。
老人は首肯した。
よかろう、では鏡に尋ねてみるがよい。落し物は必ず、正しき主のもとへ帰るであろう。
まず男は鏡を手にした。
鏡の持ち手がやけに長く、男の手にもすんなり馴染む幅があり、繊細でありながら重厚さを併せ持つ作りだった。
それも無理はない、鏡面は半身を映せるほど大きく、両手でしっかりと持ち手部分を握っていなければ、持ち上げることすらできないのだった。
探し物が見つかるように、と男は念じながら鏡を見た。
しかし鏡は何も映さなかった。
次に女は鏡を手にした。
なめらかな鏡面には塵一つなく、春一番の雪解け水のように、冷ややかで澄んだ輝きを放っていた。
あまりの重さに途中で落としそうになり、鏡の縁が壁に当たったが、低い音を立てただけで、傷一つつかなかった。
探し物が見つかるように、と女は念じながら鏡を見た。
しかし鏡は何も映さなかった。
二人は困惑の眼差しを老人に向けた。
人の心を映す鏡は嘘をつかない。何も映らないなら、人が嘘をついているか、または映すものがないのだろ――
老人はしわがれた声で応じた。
しかし二人とも諦めなかった。宿に戻って一晩考え続け、次の日にまた老人の家を訪ねた。
鏡に映らない訳が分かったのか、と老人は聞いた。
探し物は鏡そのものだから映らなかった。なぜなら、鏡は自身を映せないから――
二人は口を揃えて答えた。
まずは男が説明した。
鏡の持ち手は普通ではなかった。持ち手部分は、握ると鏡面が正面に来るような、平べったく作りが一般的だが、この鏡の持ち手は丸みを帯びていた。少し膨みを帯びた先端には、綺麗な装飾が施されている。さらに彫りこまれた紋様もただの飾りではなく、製作者の銘が隠されている。
だからこれは間違いなく、我が国が探していた片割れの剣の柄である。
次に女が口を開いた。
鏡の鏡面は特別だった。使い込まれた鏡は、傷がついたり、曇ってたりするが、この鏡はまるで水面のように澄んでいた。壁に当たっても割れず、波打っては元の形に戻る。
だからこれは間違いなく、形を自由に変えられる我が国の国宝の特性である。
男は自分の携えた短剣の銘を見せた。彼の家に代々伝わってきた古い短剣は同じ鍛冶師の手によるもので、手鏡の持ち手の模様とも一致した。
女は鏡の鏡面に手を置いて、元の形に戻れと命じた。水の国の守護神の血が流れている彼女に呼応するように、鏡は形を変えた。しかし宝石ではなく、一振りの剣に姿を留めた。
この鏡はわしが若い頃出会った旅人にもらったものだ。雫の宝石を入れて鋳られた剣は、訳あって主に鏡の形に変えられたそうだ。そんな眉唾物、わしも信じてなかったが、どうやら本当のようだったな。
二人とも、この宝物の正当なる持ち主で間違いないだろ。
しかし困った。宝物は一つで、主は二人……
茶を入れてくるから、それまでにこの剣は誰がもらうか、二人で決めればいい。
老人はにやりと笑って、二人に背を向けた。
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大昔に暴君の迫害から逃亡した螭吻の王族が、国宝の清澄の雫を持ち出し、子供に残して亡くなった。その子孫は負屓の職人に弟子入りし、龍のウロコの剣に雫を融合させ、変化自在な剣を作り上げた。その剣は狻猊の国の国宝の片割れでありながら、螭吻の国の国宝でもある。そうやって因果は巡り巡って結ばれ、新しいお話が紡がれてゆく――
声の主は語る。
「どっちの国がこの剣の所有者かでまたけんかになって、国同士の争いに発展して、二度目の試練になってくの?」
子供は閃いたように言葉を継いだ。
半分正解、半分不正解、と声の主は笑みを噛みしめるように返し、もっと人が信頼し合う可能性を信じてみようか、と励ました。
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この剣を携えて、神を探す旅に出ようと思う。
茶を淹れてきた老人に、二人は告げた。
この世界に伝わる龍神伝説によると、水の国の神は不死の神との仲が良く、不死の神は雫の宝石を水の神に残して、海を渡ったという。水の神は遠い未来での再会を願い、約束の印として雫の宝石を持ち続けていた。
元の主である不死の神が見つかれば、雫の宝石と剣を分離させることができるかもしれない。そうすれば、水の国も、炎の国も、自分の落とし物を取り戻せて、誰も傷つけることはない。
幸い「映物鏡」は落し物を探す力があるから、探し人――探し神だって――すぐに見つかるさ。
二人は頷き合って笑い、老人の出した茶に手を伸ばそうと――
いや、これはあんたらに飲ませる茶じゃない。
老人は二人の手を遮った。
名高い双剣を鋳た鍛冶師は、そのあまりの強さが災いを招くことを恐れ、片方の存在を隠匿しようと決心したという。
壊すのではなく、隠すことにしたのは、いつか本当に剣が災いを引き起こした時に、それに対抗する力を後世に残したいからであった。
争いを好む人に剣の持ち主となる資格なし。
もしどちらかが宝物を独占しようと、もう一方を殺してたら、そいつをこの毒入りのお茶で殺すつもりだった。
この不世出の剣にまつわる真実を知っているのは、この場にいる三人しかおらん。二人が助け合う心を持ち続け、多くの命を戦火から救えるよう祈っているよ。
老人は茶飲みを持ち上げ、祝杯を挙げるような晴れやかな表情でそれを飲み干した。
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