幕間・神授神器

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 この大陸の国々には、それぞれの守護神より授かった大切な宝が受け継がれていた。

 万物の均衡を保たせ、国を根幹から支えると伝えられるそれらの宝は、守護神の力を内に秘めた故に「神器」と呼ばれ、国々の王宮の最深部に祀られるのが常であった。


 狻猊さんげいの国の神器は、戒めの手斧。

 重厚謹厳を掲げる守護神の意志を体現し、私欲を捨て、人のためを思う使い手のみそれを手にすることが許される。

 堕神の乱の激戦において、原形を留めぬほど損傷し、大陸随一の鍛冶師の手によって一本の剣に鍛え直された。

 龍のウロコを取り入れた剣は以前にも増して強力な神器となったが、その誕生に多くの命が刈り取られ、神々しさと禍々しさが共存する存在として崇められ、恐れられるようになった。


 睚眦がいさいの国の神器は、呵責の鏃。

 天下布武を掲げる守護神の意志を体現し、使い手の体を蝕む呪いと共に、敵に打ち勝つための絶大な力を与える。

 太古の時代こそ睚眦の人々はその神器に祈願し、自らの命を投げうって獣たちの殲滅に徹したが、国としての礎が築かれてからは用兵の法に注力し、自らの命を対価に得る力はやがて人としての歩みを阻んでしまうと見解を改めた。

 諸刃の剣である呵責の鏃は先祖たちの苦難の道を見届けた標として祀られ、堕神の乱においてさえ使われることはなかった。


 狴犴へいかんの国の神器は、導きの杖。

 勧善懲悪を掲げる守護神の意志を体現し、天に轟く雷電を宿し、のさばる悪を断ち切る。

 杖に宿る雷の力は地を切り裂くほど強力で、それを御しきれたのは、建国の偉業をなした初代の国王と、堕神の乱を乗り越えた叡智の英雄をおいてほかにおらず、戦後は幾重にも防御層を張り巡らせた神殿の奥に祀られている。


 負屓ひきの国の神器は、調伏の笛。

 堅忍不抜を掲げる守護神の意志を体現し、織り出される音色は奏者の意思を運び、周囲の者らの同調を促す。

 王権の崩壊と共に、始祖の笛は隷属から解放された人々の手によって燃やされたが、実は守護神の血を引く者であれば、特殊の手順を経て似た効果を持つ複製品の作成は可能だった。

 政権交代で失われたと考えられている負屓の守護神の力は、表舞台から姿を消した王族の末裔の手によって今も受け継がれている。


 囚牛しゅうぎゅうの国の神器は、庇護の甲羅。

 安居楽業を掲げる守護神の意志を体現し、国全体を覆い隠す堅牢な結界で不埒な侵入者の一切合切を拒む。

 国の結界を維持しているのは甲羅の中核であり、外周の部分は取り外すことができ、それを身に着けると強力な小型な結界を身の回りに形成させることができ、それを享受できるのはごく一部の人間に限られる。

 王族の血が濃いほど結界は強力なものとなり、王様の結界を破れるのは睚眦の国の呵責の鏃のみだと噂されている。


 螭吻ちふんの国の神器は、清澄の雫。

 水清無魚を掲げる守護神の意思を体現し、使い手を選ばず、その心によって凶をもたらすことも吉をもたらすこともある。

 大粒の真珠のような形は、螭吻の神が水害に苦しむ民を憐れんで流した涙であるとも伝えられ、洪水を鎮め、干上がる大地を潤す。

 堕神の乱の前の内乱に際し、逃亡した王族の者によって持ち出され、以来誰もその行方を知らない。


 蒲牢ほろうの国の神器は、先見の香嚢。

 予知能力を持つと言われる守護神の意志を体現し、枕元に置いて眠ると、香りと共に来たる慶事や凶事を夢に映し出すという。

 しかし我欲のために先見の力を盗もうとする悪党から神器を守るために、香嚢を飲み込んだ人らがいた。

 より大きな不幸を避けるために予知の力は封印されたが、神器が血脈に取り込まれたためか、数十年に一人の確率で言葉に不思議な力が宿る者が生まれてくる。


 覇下はかの国の神器は、守護の御首。

 身を費やして獣たちが住まう世界を作り上げた守護神の首。残骸。なれの果て。

 力が秘められている冠羽、牙、うろこを失われてからは、枯れ果てた骸に戻り、獣たちの神殿の奥深くに隠されている。

 獣たちの中には、ほかの守護神から力を奪い、我が守護神を復活させるために奔走している者もいるという。


 嘲風ちょうふうの神器は、不死の髪飾り。

 生死をも操る守護神の祝福の体現であり、その髪飾りを身に着けた者は死の恐怖から永遠に解放される――

 というのはあくまでも伝説に過ぎず、嘲風の民は大昔に海を渡ったため、その力を証明する物もおらず、守護神の存在自体もおとぎ話と化しつつあった。

 たがある時を境に、海の向こうより不死の仙人来たりなどの噂話が増え、嘲風の守護神の実在が囁かれるようになった。

 

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「記録の中では五百年もの時間が経過しているのに、思い返してみると神器にはほとんど触れていなかったな」

 書き上げたページをパラパラめくり、新発見でもしたように小さく声を上げる。


「確かに、龍神様あっての世界なのに、守護神の依り代よりしろともいえる神器の扱いが雑過ぎだね」

 返事する声は茶化すようにかぶせてくる。


「あの子に話したら、聞いてないっ、後だしじゃんけんだ!とか言われそう……」

 とちょっと苦笑気味に言う。


「それは、ちゃんと伝え方を考えて伏線を敷いておかなかった語り手のせいじゃない?」

 我関せずのスタンスを崩さず、いつものように突き放すように答える。


「彼らがここまで来られたのは、彼ら自身の意志あってのことだと、今でも思ってるよ。だから無敵無比な神の力を持ち出して、安易に帳尻を合わせたくないんだ」

 少し間を置いてから、やや低めの声で答える。


「神血統合の詛が、神器抜きで終結できる出来事じゃないから、慌てて神器について補足してるわけでしょう?客観的に記録を残したいと言いつつも、結局あいつらに肩入れしてしまってるね」

 しかし責める語気ではなく、あくまでも優しい声で応じる。

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