其の四十九・とある日陰者の話(元桑602・狻猊)
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軍備拡張に夢中になっていた
声の主は説明した。
「鍛冶と言えば火は欠かせないもんね、負屓の職人さんと狻猊の火、相性抜群!」
子供は相槌を打った。
友と共に歩む道を選んだ外交官の彼女の時代からは百年以上経ったけど、それでも、二つの国の関係を、神の加護がある自分たちが、神を持たない国の人を「助けてやってる」一方的なものだと考えている人が少なくなかった。人が他人に向ける優しさは、好意から来るものと、傲慢から来るものがあるからね。
じゃあ、とある日陰者のお話をしましょうか。
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とある町には大きな鍛冶屋があった。
鍛冶屋の主人はまだ年若い青年だが、彼が鍛えた武器はみな頑丈で美しく、それらを手に入れるために並んだ商人の列は昼夜途切れることはなかった。
鍛冶屋の青年は腕が良いだけでなく、優しい心の持ち主でもあり、町の修繕を手伝ったり、貧しい人たちに服や食べ物を施したり、行き場のない子供を弟子入りさせたりした。
弟子の中には、一人の異国の少年がいた。
鍛冶師である少年の父は彼を連れてこの国に入り、この町に鍛冶屋を構えた。しかし違う鍛冶屋にいる青年が頭角を現してから客が一気に減ってしまい、商売が立ち行かなくなって思い詰めた父親は、家族を道連れに自殺を図った。運良く助かった少年は天涯孤独になり、彼を哀れに思った青年はそのまま彼を家に置いた。
少年の生国は、その大昔に神の血を継ぐ王族が民を洗脳で支配し、滅ぼされてから、六つの国の中で唯一守護神を持たない国になった。それはほかの国の人から見たら、とても恐ろしくて嘆かわしいことであった。
片足を引きずって歩く彼はいつも陰気な顔を俯かせているから、余計にほかの弟子たちから煙たがられた。
――近付いちゃだめだ、悪運がうつってしまう。
――神のご加護を捨てたから、不幸に見舞われてしまうんだ。
誰もがこそこそと彼の陰口を叩き、彼を日陰者扱いした。
鍛冶屋の主人である青年は、少年がほかの者たちの目を気にせずに済むように、専用の工房を与えた。少年は日がな一日工房に籠って働き続けた。
なんて心優しくて慈悲深い方だろうと、誰もが鍛冶屋の主人を褒めた。
美しく頑丈で、高値で取引されている武器は、本当は鍛冶屋の主人ではなく、少年の手によって鍛えられたものであることを知る者は、一人もいなかった。
青年は衣食住を保証する代わりに、自分のために働いてくれと少年に持ち掛け、何一つ持たない少年はその条件を受け入れ、従順で忠実に命令に従った。
主人から与えられた物の中には、不思議な銀の粉があった。仕上げにほんの少しだけ混ぜると、信じられないほど頑丈な物を作り出すことができた。
数年が過ぎ、主人の旧知である旅芸人の一団が町を訪れ、主人の青年は屋敷の者たちと共に彼らを歓待した。
作業に夢中だった少年が食事も忘れ、工房を出たのは、宴の騒ぎも静まった夜なかで、そこで彼が目にしたのは、地面に倒れ伏した大勢の人間と、ただ一人その中に立っている主人の姿だった。
旅芸人の一団は、葬式の際に独特な儀式を行い、笛で魔物を呼び出し、死者を差し出す代わりに、鍛冶の材料となる銀の粉を得るのだという。
主人の青年は銀の粉欲しさに笛で魔物を呼ぼうと、食事に毒を入れたが、宴に参加しなかった少年だけは難を逃れた。
君が無事でいてくれてよかった、私は笛が吹けないのでな、君が吹いてくれないか、もっとたくさんの粉が手に入ったら、きっと今までよりもいい生活が送れるはずだ――
青年はにこやかに少年を手招きし、笛を渡した。
笛の音に誘われて現れた鳥の魔物に二人で乗り、青年はこれから向かう目的地に思いをはせた。いい材料がたくさんあれば、きっと高値の付くいい武器がたくさん作れるはずだ。
全部君のおかげだよ。欲しいものはあるか、お礼になんでもあげよう。
青年はご機嫌に少年に聞いた。
欲しいのは、失われた神のご加護と、盗人への復讐だ。
少年はぽつりとこぼした。
神のご加護がないと蔑ろにされてきたその国は、王権が覆されても、神の血を受け継ぐ人たちは息を潜め、人の意識を支配する力を持つ
夜風に煽られた裾の下からのぞく少年の腹には、王族の力の証である黒いあざの模様がくっきり見えた。
私たちの大事な国宝を隠し持っていたやつらをこの手で殺せなかったのは残念だけど、悲願は果たされた――
それは青年が鳥の背中から突き落とされる前に耳にした、最後の言葉だった。
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負屓の国の王族は、大昔に統治者の座から追われたものの、その血脈が絶えたわけではなかった。彼らは自分たちの力を隠して暮らしながら、失われていた国の至宝――心を操る笛――を長い間探し続けていた。
声の主は明かした。
「自分の作った物がパクられるし、自分が何者かまでずっと隠してないといけないなんて、王族の跡継ぎは大変だ」
今までよく我慢してきたんだね、と子供は感嘆の声をこぼし、続いて、
「でも、日陰者になってでも神様の御加護を取り戻そうとした一族は、商売がうまくいかなくて自殺する訳ないでしょう?」
と首を傾げながら聞き返した。
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これは、君が作ったのかい?すごいね!とても上手だ。
華美な服に包まれたその青年は目に称賛の光を宿し、自分の作った錐を手放しで褒めてくれたのが嬉しくて、一人で店番していた幼い彼女は慌てて真っ黒に汚れた両手を上げ、赤ら顔を彼の目から隠した。
あと何年も経てば、君はこの町で一番凄腕の鍛冶職人になるかもしれないね。頑張れよ、ぼく。
自分の性別を間違えられたことにがっかりして、むすっとした顔を背けた彼女は、この才能が欲しいなぁ……と呟く青年の目に暗い炎が揺らめいたことをついぞ知ることはなかった。
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