其の五十・とある葬儀屋の話(元桑422・負屓)

**************************************

 負屓ひきの国の王族は、その出自を知らなければどの国にも相手にされないけど、正体を明かしたら神を捨てた自国の国民に迫害される恐れがある。いわば、「力を持っている弱者」という非常に微妙な立場に置かれているわけだ。

 声の主はまとめた。

「彼っ――違った――彼女は、自分たちの持っている力が怖かったのかもしれない。怖くて使いたくないから、簡単に捨てることもできない……のかな。だって人や獣を操れる力がある笛なんて、悪い人に拾われたらおしまいだもんね」

 子供は真剣に考えながら答えた。

 じゃあ、とある葬儀屋のお話をしましょうか。

**************************************


 町の葬儀屋に生まれた息子がいた。染料職人だった母親は彼を産んだ時に亡くなり、葬儀屋を営む父親が唯一の家族だった。

 息子は小さい時からたくさんの死をその目にし、たくさんの悲嘆をその耳にした。

 獣領主様がいた頃のほうがまだましだった――

 家族や友人を失った人の中に、こう嘆く者もいた。


 この町を含め、この国の大半は昔、獣に占領され、統治されていた。人を容赦なく噛み殺す恐ろしい獣もいたが、この町を支配していたのは、たまたま人に友好的な獣で、住民たちはそこまでひどい扱いは受けなかったそうだ、と父親は息子に教えた。

 私たちの国に、昔他国の王様を殺そうとした悪い人がいたせいで、ほかの国に見下され、いいように使われていてる。だから獣が統治していた頃よりも、今のほうが死人の数がずっと多い。でも、これは口に出して言っちゃ駄目だよ。奴隷根性だ、裏切り者だと罵られ、今以上にひどい扱いを受けるかもしれないから。

 父親は息子に言い聞かせた。


 それから、葬儀屋の息子は獣という存在に興味を持つようになり、獣が関わる故事や言い伝えの書かれた書籍を読み漁り、獣を使役する部族の若者とも知り合った。

 人と獣の戦いは、魔鳥を操って人を襲わせた部族が招いたものだと信じている人が多く、若者は部族の汚名をそそぐために、葬儀屋の息子と協力して獣について調べた。


 二人が最初に不思議に思ったのは、大戦後のこの国の自然の回復の早さだった。

 獣たちは決戦の行われたこの国に呪いをかけ、多くの山野が死に絶えたのにもかからず、驚異的な速度で泉が復活し、新緑が芽生え始めた。

 二人は樹木を切って年輪を確認すると、成長速度を示す幅は他国の木々に比べて何倍も広く、その傾向は、獣の占領地だった地区に近いほど顕著に出ていた。

 では、この国の土地が特別肥沃だったから植物がよく育つのだろうか。記録を遡ってみても、植物を数倍もの速度で成長させられる理由は見当たらなかった。実際、獣たちが襲来する前の数年間は、どこの国も天災続きで不作に見舞われており、この国も例外ではなかった。

 不作に喘ぐ国々は、なぜ獣たちの侵攻に耐えられたのだろう?

 新たな疑問にぶつかった二人は、大戦中の農作業や収穫に関わる記録をかき集めた。

 すると、どこの国も獣の侵攻以来、天災の頻度が減り、土地の収穫が少しずつ回復していった事実が分かった。


 二人は歴史を紐解き、この国がまだ守護神に守られていた時代まで遡った。

 かの守護神は獣との衝突を避けるために、辺鄙で貧しい土地に国を作り上げたと言われていた。

 他国の守護神に追い出された獣たちは、やがて最弱と言われる守護神を有するこの国へ流れ着き、長期間の膠着状態を経てやっと退治され、地下の世界へ逃げ込んだという。

 

 二人は一つの仮説を立てた。

 ――獣たちの守護神は、「豊作」を司る神様だったのではないか。


 破天荒の仮説だが、これなら全ての事象に説明を付けられた。

 獣たちが一番長くとどまっていたため、土地の貧しかった国が一番肥沃な国になった。

 獣たちの意図するところではないにせよ、奴らの襲来で天災が止み、収穫が増えた。

 獣たちがこの国の多くの土地を支配していたからこそ、この国の植物は他国よりずっと早く育つようになった……


 この仮説が正しければ、大戦前各国に降りかかった天災もただの偶然ではなく、長らく獣が地上から消えていたせいで起きた必然な出来事ということになる。

 そして獣を再び地下へ追い払った人々は、再度「豊作」の加護を失い、いずれは土がやせぼそり、天災が立て続けに起きる未来を迎えてしまう。


 不幸な未来を危惧した二人は、自分たちの仮説を裏付ける多くの資料を抱え、国の偉い人に訴え出た。獣駆除の法を見直し、豊作の加護を取り戻す方法を考えよう、と。

 しかし、二人の訴えを聞いた偉い人は、彼らの目の前で山積みの資料に火をつけて燃やした。

 ただでさえ我が国は他国に蔑まれているのに、こんなでたらめを吹聴したら国が滅んでしまう。おのれ、呪われた一族め、全部お前たちが吹き込んだことだろう。

 生かして返すな、と偉い人は命令を下した。 

 

**************************************

 あざ持ちが表れ始める頃、国々の力はますます強まり、守護神を持たない負屓ひきの国は取り残される焦りにかられていた。とにかく他国の不興を買わないように振舞うことに必死で、そのせいで大切な事を見落としてしまうもあった。

 声の主は締めくくった。

「ということは、この二人が出した結論は正しかったんだね」

 獣をもとの居場所へ帰そうとする学者らもいたわけだから、それはいずれ誰かがたどり着ける真実だったけど、この出来事のせいで、真実が公になるのはずっと先のことになってしまったんだ、と声の主は教えた。

「なんとなく笛がどうやって蒲牢の一族の手に入ったのか想像できたけど……葬儀屋のお話なのに、主人公に触れずに終わらせるの?」

 子供は不満そうに頬を膨らませて言った。

**************************************


 妻を亡くした男がいた。

 残された乳飲み子は体が弱く、周りの人はみな諦めたほうがいいと言ったが、男はどうしても諦めきれなかった。

 彼は恐ろしい獣が隠れ住んでいると噂された山奥へ踏み入り、そこで出会った獣に、我が子に乳を分けて欲しいと必死に頼んだ。

 人喰いの獣は彼にこう答えた。

 お前の子供を救ってやろう。その代わりに、我が子が飢えた時は、お前が食べさせろ。

 男はその条件を飲み、葬儀屋を開いた。獣を呼び寄せる笛で、人目を忍んで、腹をすかせた獣たちに死体を食わせた。

 それでも、自分がしているのは決して人に理解されることではない、と男は重々承知しており、その秘密を生涯話さないと心に決めていた。

 しかし因果は巡るもので、獣の乳で育った息子は、獣に関する研究に没頭するようになり、しまいには獣はこの地に必要かもしれないと言い出した。

 男は息子に真実を打ち明け、笛を託した。

 私は大きくなるお前の姿を見るたびに負い目を感じていた。身勝手な理由で多くの死者を冒涜しているのではないか、奴らを生かすことで多くの不幸を生み出すのではないか、とずっと心苦しかった。でもお前の研究はそれを否定してくれるかもしれないのだ。人と獣の共存が否定されない未来があるのなら、どうか私に見せてくれ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る