其の六十・とある裁断者の話(元桑650・狻猊)

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 あざ持ちの王族は能力的に恵まれていながら、肉体や精神に問題を抱えている人が多かった。その傾向が代を重ねるごとに顕著になり、その筆頭が前のお話に出ていた狴犴の新しい王様だった。狴犴の国宝――導きの杖――を操れる天才は、叡智の英雄以降、彼しかいなかったが、彼は人々を極限な状態におとしめ、その反応や行動を観察して楽しむ狂王だった――

 声の主は語った。

「友だちに、アリを踏んづけて楽しむ子がいてね、なんでそんなことするのって聞いたら、なんとなくだって。踏んだら簡単に死んじゃうくせに、あとからあとから湧いてくるから別にいいだろって」

 力に恵まれ過ぎちゃった彼には、人がアリのように見えてたかもね、と子供は首を傾げながら言った。

 人の心を弄ぶ王様が現れて、色んな名目で虐殺が行われ、狴犴へいかんの国は混乱の時期に入り、そのせいで、同盟関係にあった螭吻ちふんの国も危機感を抱き、両国の交流を停止させた。

 声の主は説明した。

「導きの杖の主が、国を導くどころか滅ぼそうとしているの、なんか皮肉だね」

 。実った果実には毒があると気付た時は、既に手遅れなんだ。

 声の主は淡々と断じた。

 じゃあ、とある裁断者のお話をしましょうか。

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 火の守護神を戴く国に、武器の収集に夢中になっている王様がいた。

 兵器としての切れ味はもちろん、人の目を楽しませる外見にもこだわり、王様は美しく強い武器を求め続けた。

 そんな王様には、娘が生まれた。

 娘は生まれつき右足に守護神の力の証である大きなあざがあり、素晴らしい跡継ぎに恵まれたと喜んだ王様は、娘を掌上明珠といわんばかりに可愛がった。


 娘は成長するにつれ、不思議な力を発揮するようになった。

 彼女は火を使って作られた物に触ると、その物に刻まれた過去を読み取ることができた。名手が使っていた武器などに触れば、その武器の扱い方や戦い方まで読み取れ、彼女の武芸の上達ぶりは周りを驚嘆させるものだった。

 まさに炎の守護神の申し子だ、と人々は口を揃えて讃えた。

 我が子を溺愛している王様は、自分以外の誰も出入りのできない武器庫への出入りまで娘に許した。

 私の愛蔵品はどれも好きに扱えばよい、ただし国宝の剣には決して触ってはならぬ――

 王様は娘に重々言い含めた。


 火の国の祭殿には、龍のウロコを使って鋳られた至高の剣が祀られていた。

 巨大すぎる力を秘めているため、半端な仕手では触れた途端に炎にのまれて破滅すると言われ、先の大戦の英雄――剣を自由に扱える唯一無二の強者――によって、鎮守の宝として祭壇に祭られ、武器としての使用を禁じられた。

 娘は言い付けを守った。国宝の剣以外にも、珍しい武器がいっぱいあるのだ。

 それらに触り、中に込められている過去の物語を楽しむのが日課となり、とりわけ彼女を夢中にさせたのは、獣との大戦で英雄が使っていた手斧だった。

 ぼろぼろの刃先に手を置くと、過去の景色が目の前に浮かんだ。

 自分と年の変わらない少年が、想像することすらできない凄惨な戦場を駆け抜ける。

 彼はどんな絶望的な状況に置かれても諦めることなく、仲間と共に活路を開いていく。

 救えた命に笑い、失われた命に泣き、その長い旅路には目まぐるしいほど多くの出来事があった。

 彼女は英雄の姿から目が離せなかった。


 古い武器の歴史を遡るのには強い精神力と長い時間が必要だったが、若き英雄が活躍する七年間の記憶を、彼女は寝食を忘れ、半年かけて読み切った。

 最終決戦で壊れた手斧では、記録が英雄の若き頃で途切れていたが、戦を乗り越えた英雄のその後の人生を見てみたい、と彼女は強く思った。

 国宝の剣を手に入れられれば、仕手であった英雄の辿った人生が見られると考え、国宝の剣をご下賜ください、と彼女は父王に願い出た。

 しかし父王は顔色を変え、いくら溺愛していた娘とは言え、これだけは許さない、と頑なに首を横に振った。

 いくら炎の守護神の申し子だと言われているお前でも手に余るものだ――

 父王の警告は、一層娘をむきにさせてしまった。

 彼女は重臣たちの立ち合いのもと、昔日の英雄以外誰一人御しきれなかった鎮守の剣を抜き、炎に吞まれることなく見事に御して見せた。

 しかし、それでも許しは出なかった。

 納得のできない裁断を下した父と、娘はその後一切言葉を交わさなくなった。


 やがて王様は年老い、臨終を迎える前に、娘に驚くべき真実を打ち明けた。

 鎮守の剣を鋳た他国の鍛冶師がその出来に目がくらみ、火の国の王様を討とうとした事は真っ赤な嘘で、剣に目がくらんだのは当時の王様で、彼はこの剣を超えるものが世に出ることを恐れ、鍛冶師らを皆殺しにした――

 そのことを知っているのは、最初に真実を探り当てた英雄と、代々王位を継承した王たちしかいなかった。

 火の国と鍛冶師らの国との友好な関係は、人々の口にのぼる美談であっても、王位を背負う者だけは、それがただの罪滅ぼしに過ぎないと知っている。

 王様は、娘が数百年も前に世を去った英雄に執着していることをずっと心配していた。

 残酷な真実を知りながら秘匿する道を選んだ英雄の選択を、彼女が知ったらどう思うか。だから過去の記されている剣には決して近づけさせてはいかなかった。

 しかし、今のお前はもう英雄を夢見る子供ではない。真実を知った上で、国を舵取る女王として、正しい裁断をなさい――

 そう告げた王様は、安らかな表情を浮かべて、永久の眠りについた。


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「へえ~狴犴の国だけじゃなくて、狻猊の国にも国宝を使える人が生まれたんだね」

 どの国もあざ持ちを育てているから、意外ではないけどね、と子供は厳しめの意見を出した。

 重厚謹厳じゅうこうきんげんを掲げる狻猊の国は、実に誠実で良い王たちに恵まれていた。軍備拡張だって元を辿れば、負屓の国の工業復興への支援から始まったんだ、と声の主は補足した。

「じゃあ、武器の収集が趣味だった王様も、趣味を言い訳に、ただ負屓の国に金稼ぎのチャンスを与えたかったかもね」

 子供は言った。

 実際、負屓の職人を雇えば工房には特別手当が降りるし、負屓の職人の手がけた作品には報酬が弾んだ――まあ、国から降りた金が当の職人の手に届くとは限らないけど。

 腐敗も、狻猊の国の裏で密かに蔓延している病の一つさ、と声の主は淡々と語った。

「彼女は、もしお父さんの言付けを破って、鎮守の剣を使ってたら、やっぱりまで見えたんじゃないかな……」

 彼女はどう裁断するんだろう、と子供は首を傾げつつこぼした。

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 強力な力を持ち、炎の守護神の申し子とまで讃えられた女王は、即位してから十年もの年月にわたって、居所に閉じこもっていた。執務にはいっさいの興味がないらしく、全てを臣下に任せっきりだった。

 最初の数年間は嘆く臣下もいたが、彼らは徐々に王宮から姿が消え、女王の無関心さを利用して私利私欲を満たす貪官汚吏ばかりが残った。


 女王はひたすら鎮守の剣の過去を遡った。

 火葬され、小さな箱に収められた英雄の最期に辿り着くのに十一年もかかった。

 年老いた英雄が酒を手に、剣の前に座って語る孤独な姿を見た。

 白髪交じりの英雄が昔日の仲間と、外交の儀式に則って会見する場面を見た。

 壮年の英雄が国のために奔走し、憂いを帯びた表情を人から隠している姿を見た……

 ついには、かつての王がこの剣を振るい、鍛冶師ら全員の命を奪った場面を見た。

 父が言った真実さえ確かめられればいいと思った女王は、ここで切り上げるつもりだった。

 しかし、殺された鍛冶師の顔をどこかで見た気がした。

 かつて手斧の過去を見た時、英雄たちの道案内を務めた鍛冶師の青年の顔と酷似していた。

 彼らは親子だったのか、と少し気になった女王は、剣の誕生まで遡った。

 そこで見えたのは、鍛冶師が拝領した龍のウロコを二つに割り、愛弟子と共に二振りの剣を鋳て、そのうちの一振りを秘匿する場面だった。

 英雄はこの事実を知らずに、自分を騙し通した人たちのために生涯心を痛めていたのだろうか、と女王は思った。


 十数年ぶりに朝儀に出た女王は、鎮守の剣を携えていた。一振りで献上された武器や至宝の全てを両断した。

 これしきのまがい物で余の目を誤魔化せるとは思うな。我が国と懇意にしているかの国には、六国随一の鍛冶師がおるではないか。

 恐れおののいた臣下らは一様に平伏した。

 五年やろう。それまでに鎮守の剣にかなう物を差し出せ。それができなければ、この世から国が一つ減るだけだ。


 それが、女王の下した裁断であった。

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