其の三十三・とある協力者の話(元桑340・覇下)

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「戦が終わってもさ、囚牛しゅうぎゅうの国以外はどこも獣との戦いでボロボロっぽいし、鍛冶師たちを惨殺した王様は次のラスボスにでもなる勢いだし、平和にはまだまだ遠そうね」

 めでたいこともあるよ、たとえば共に苦難を乗り越えた治癒の英雄と叡智の英雄は夫婦となり、国々の再建のために力を尽くすんだ。二人がいかに恋に落ちたというと

「『戦いが終わったら結婚しよう』はいいから、それよりどうやって国を立て直すの?」

 スパっと切り捨てる子供に、ここしばらく戦の話ばかりだったから、恋のお話でメリハリを付けようと思ってたのに、と声の主は苦笑気味に言った。

 じゃあ、とある協力者のお話をしましょうか。

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 人とけものは、地上の支配者の座を巡り、熾烈な戦いを繰り広げた。種族の存亡を賭けた戦は二十年も続き、やがて人の勝利で幕を閉じた。

 戦に負けた獣たちは地下の世界へ逃げ帰ったが、まだ地上のあっちこっちに残党が潜んでいた。そのため、国々は探索隊を結成し、獣の残党の捜索及び殲滅を行った。


 とある探索隊は、かつて「死の樹海」と呼ばれた場所に分け入った。

 大戦時、獣はこの地に呪いをかけ、すべての動物の息を止め、植物の根を枯らしたが、時が流れるにつれ、森は息を吹き返し、川に魚が泳ぐようになった。

 この地に呪いは残っていないか、人が住めるか、探索隊はそれを確かめるために派遣された。

 探索隊には、動植物に詳しい学者もいた。

 その学者は弟子を一人連れて、植物の観察をしていたが、いつの間にかほかの隊員とはぐれてしまい、森の奥に迷い込んでしまった。

 その森の奥で、二人は一頭の獣と遭遇してしまった。

 豹のようなしなやかで無駄のない体躯に、牛のような角を生えたその生物は、獣の中でも上位種に当る特徴を持っていた。

 更に二人を驚かせたのは、その獣の背中にまだ幼い人の子供が乗っていることだった。子供は喉を鳴らしながら獣の毛皮に顔をうずめ、まるで親を慕うように甘えていた。


 獣の言葉が分かる弟子を介して、学者は獣の話――正確に言うとお願い――を聞いた。

 その獣は、戦で親を失った赤子を拾い、死の樹海を彷徨いながら育て上げたが、人の目を忍んで生きるしかない獣と一緒にいたら、子供はいつまでも人の世界には戻れない。

 この子を人の里に帰し、居場所を作ってほしい、と獣は頭を下げた。

 学者とその弟子は獣の願いを叶えるための手伝いをした。子供に人の言葉を教え、人の世界に溶け込むための知識を教えた。

 二人を警戒して威嚇していた子供も、獣の言葉で話してくれる弟子に心を開き、徐々に人との接触に慣れた。やがて学者らに手を引かれ、初めて人の住む村に足を踏み入れ、同い年の友人までできた。

 子供の世界がどんどん広がっていくにつれ、獣の行動範囲はどんどん狭まっていった。森を歩くことが少なくなり、日の当たらない真っ暗の洞窟に閉じこもるようになった。

 獣は病んでいるから、自分の代わりに子供の面倒を見てくれる人を探していたのではないか、と学者は悟った。


 獣は人を喰らう。

 獣と人は共に生きることはできない。

 片方が生きるためには、片方を殺さなければならない。

 多くの人々は口を揃えて言う。

 だが、学者は、まだほかに道があると信じている。


 私たちと一緒に来ないか。

 学者は洞窟の奥にうずくまる獣に語りかけた。

 探索隊は地上にいる獣を探し出し、殲滅するために組織されているものと思われているが、別の目的のために動いている探索隊もあった。

 学者らの探索隊は、獣たちが住む世界への道を探していた。

 獣たちを根絶やしにするためでなく、行き場を失い、地上を彷徨う流浪者らを家に帰すためである。

 あなたが、人の子供を人の里へ帰すべきだと考えているように、私は、あなたを獣の住処に帰したほうが一番いいと考えている。獣と人は共に生きることはできないというのなら、それぞれの居場所で、それぞれ生きていけたらいい。

 あなたが拾った子供がこれから人の里で幸せに生きていけるように、もどうか、幸せになる道を諦めないでください。

 学者は暗闇の向こうに、やさしく手を差し伸べた。


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 戦が終わり、獣の残党の掃討が行われる裏で、民意に反することだと分かっていながら、人に危害を加えない獣たちを保護し、送還する指示をこっそり出す人たちがいた。それがとてつもない困難な道だと知りながら、祈りや願いを胸に抱き、前に進む――

 声の主は締めくくった。

「半人半獣の仲間を持つ英雄たちなら、確かに裏で探索隊を動かせそうだもんね。じゃあ、学者は一体誰を獣の世界へ帰したかったの?」

 子供は答えをねだった。

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 その者は夜闇に乗じ、迷路のように入り組んだ洞窟の奥へたどり着き、そこの潜む獣に告げた。

 ――私はあなたの正体を知っている、征野族せいやぞくが決戦の時に放った最終兵器、この地の全ての命を呪い殺した悪魔けものだ。


 ――獣の言葉に精通し、明かりを持たずに私の所まで来れる君は、匂いからして天翔族てんしょうぞくの一員だと思うが、違いないか。

 闇にうずくまる獣は穏やかに聞き返した。


 ――私は特別居住区しょくみんちに住んでた。戦に負けて、家族みないなくなって、暴動を起こした人たちに殺されると思った時、自分の子供だと言って、匿ってくれた人間がいた。

 吸血種コウモリの私に血を分けてくれた。優しくしてくれて、弟子にまでしてくれた。

 私はあの人のためなら、なんだって協力してあげられる。そばにいられるなら、同族だって迷わずこの手で殺せる。

 なのにあの人は私に、自分のそばを離れ、獣の世界へ帰ったほうがいいという。

 絶望に震えあがる声は、洞窟にこだました。


 ――君は何をしに来た。

 獣は静かに問い返す。

 

 ――人と獣が共に生きられないのは、獣の持つ力が強すぎたから。弱い獣しかいなくなれば、人はやがて恐れなくなり、一緒に居てもいいと思えるようになる。私はこれからも彼の側で協力者として一緒に居たい。呪いの制御が効かなくなって洞窟に籠るしかなくなったあなたは、一緒に連れて行けない。


 ――よかった。これで私も、あの子が暮らす世界に呪いをかけてしまう恐れから逃げられるんだ。

 獣は自分に向けて振り降ろされる白刃の気配を感じ、ほっとした気持ちに包まれた。

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