幕間・戦乱平定(元桑335~元桑499)

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 九柱の守護神はそれぞれ独特な力を持ち、その力は神血しんけつ継承者――往々にして各国の王族や統治者の家系がそれにあたる――の血統によって代々引き継がれている。

 どの国も自国の守護神に誇りを持ち、その神性を維持すべく、他国の神血継承者との婚姻を避けるのが不文律だった。

 しかし、「堕神だしんらん」によって大きく損なわれた国々は、自分の非力さを思い知らされた。

 辛うじて勝ち取った平和を振り返り、誰しもが漠然とした不安を抱えていた。

 このままでいいのだろうか、と。


 堕神の乱が終息した後、最初に他国の神血継承者との婚姻を提案したのは螭吻ちふんの国だった。

 清濁併せ吞む姿勢を貫く螭吻の国は、もとから各国との交流に積極的で、禁忌や暗黙の了解のたぐいを軽々と飛び越える質だった。

 勧善懲悪を信条とする狴犴へいかんの国は、以前より螭吻の国と対立していたが、堕神の乱で肩を並べて共闘した両国の英雄が恋仲となったのをきっかけに、その婚姻の話に賛同した。

 表向きは、過去の険悪な仲を水に流し、手を携えて友好な関係を築いていく意志表明だが、血統を守ることに限界を感じ、血を交わることでより強い力を手に入れる欲が裏に潜んでいるのは、言うまでもなかった。

 問題が山積みになっている中、何はともあれ、和睦を結ぶことが最善策であると、国々は共通した結論にたどり着いた。


 戦乱の傷跡は、時間をかけて少しずつ癒えていった。


 睚眦がいさいの国は人口の四割に相当する死者を出しながらも、獣たちの侵攻を食い止めた一番の功労者として、各国からの物資と人材の支援を受け、復興の道を進んだ。また、凱旋した二人の英雄によって、対獣から対人までの戦術や戦略はいっそう洗練され、「傭兵の国」としての基盤が確固たるものとなった。

 狻猊さんげいの国は、長年戦の采配に心労がかさんだ国王が倒れ、政局が混迷する時期が続いたが、若き英雄の求心力で厳しい局面を何とか乗り越えた。英雄が王の座につき、国を導くことを誰もが期待していたが、当人は自分は王の器ではないと固辞し、国政を補佐する裏方に徹した。

 狴犴の国は叡智の英雄が統治者となり、法の抜本的な見直しがなされた。勧善懲悪の正義感も行き過ぎれば他国への過度な干渉へ繋がり、自ら火種を蒔きかねない、そう説いた英雄は、夫婦となった螭吻の英雄と共に国の気風を一新させ、蒲牢ほろうの民とも和解した。

 螭吻の国は婚姻によって英雄を手放すこととなったが、狴犴の国との親密な関係がもたらした価値はそれを補って余りあるものだった。また、獣に対抗するために行われた研究が実り、人体の修復や増強に関わる医術が発達し、各国の注目を集めた。

 負屓ひきの国は堕神の乱が収まった直後、血迷った鍛冶師が狻猊の国王を討とうと愚行に走ったため、各国から非難された。にもかかわらず、当の狻猊の国の英雄はなぜかそれを意に介さず、支援を続けた。後ろめたさもあり、負屓の国は以降、狻猊の国には頭が上がらない。

 囚牛の国は不参戦だったため、堕神の乱による被害はほとんどなかったが、その独善的なやり方で他国からつま弾きされ、戦時よりも戦後の情勢が危うかった。各国との関係を修復するために、囚牛の王は造詣の深い文化人を多く遣わした。戦争で失われた建造物の再建や民俗芸術の復興に尽力し、徐々に信頼を取り戻した。

 蒲牢の民は獣たちとの内通の疑いで、戦中各国の監視下に置かれていたが、その間は占いの力など用いて獣退治に参加し、裏切者の汚名をそそいだ。しかし戦が終息しても、火の無い所に煙は立たぬと信じる人も多く、蒲牢の民は寛容な態度を見せる負屓と狴犴の両国にいることが多くなった――

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 記述の文章で埋め尽くされたページが、また一枚増えた。


「史実と物語の境界線は、どこで引かれるんだろ」

 紙の束をトントンと軽く整えながら、ふとそんな疑問が口をついて出る。


「死して化石となるのが史実で、人の口にのぼる度に少しずつ姿を変えていくのが物語じゃない?」

 気まぐれの質問にも根気よく付き合ってくれる声は、相変わらず軽やかで明るい。


「変わらないのが史実で、変わり続けるのが物語、か……たまに、自分が書いているのはどちらか分からなくなる時があるよ」

 手元の未完成の文章に視線を落とし、苦笑交じりに肩をすくめる。

 

「定義を下すことがそんなに大事?」

 小首を傾げながら聞き返す。


「大事だよ。いつか完成の暁には、それに即した題名を付けてあげたいから」

 真面目に頷いて答える声には、慈しむような優しい感情がにじみ出ている。

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