其の四十四・とある相伴者の話(元桑516・螭吻)

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 獣たちとの戦いで数々の伝説を生んだ英雄たちが生涯を終え、国々は英雄のいない時代を迎えた。守護神の力を受け継いだ王族たちの力が増し、その権力も自然と増長の一途をたどった、と声の主は説明した。

「でもさ、今までの話を聞くと、考えとか行動がちょっと危ない人が多い気がするけど、そんな人たちが国のトップになってて大丈夫なの?」

 子供は少し首を傾げた。

 実はそれこそこれからのお話のカギになってくる問題なんだ。王族の代替わりが繰り返されるうちに、原因不明の不調に悩まされる人が増えた。頭痛や手足のしびれなど体の不調に加え、激しやすく落ち込みやすい、思い込みが激しいなど精神の不安定さも目立つようになった、と声の主は説明した。

「たしかに、因果者の兄は思い込み激しかったし、螭吻ちふんの継承者は死んだ人のために生きてる人を殺したもんね」

 子供は得心がいったようにうんうん頷いた。

 じゃあ、とある相伴者しょうばんしゃのお話をしましょうか。

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 とある大雪の降り積もる日の出来事だった。

 地方視察から帰還なさった王様を乗せた御車おみこしの御者は、王城の門の側に捨てられた赤子を見つけた。

 赤子はひどい凍傷を負っていて、死を待つほかなかったが、騒ぎに気付いた王様の幼い娘は御車を降り、赤子に手を伸ばした。

 見捨てるなんてかわいそうだ。私が治してあげる。

 御年七つの王女は、すでに父王に匹敵するほどの治癒の名手だった。


 王女に救われた赤子はそのまま王族に仕える専属医師に預けられ、元気な男の子に育った。

 王女には弟が一人いたが、体が弱く、赤子を拾う前の年に亡くなった。王女は彼を弟に重ねてみて頻々に見舞い、時には遊び相手にもなってくれた。

 むかーしむかし、この国ができる前に、この地には姫様がいた。その姫様は身寄りのない少年を拾ってそばに置いた。その少年は姫様と仲良しになって、冒険が大好きで海を渡った姫様の代わりにこの土地を守り、国を作ったのだとさ――

 昔話を聞かせてくれる王女に、その姫様と少年は、私たちに似てるね、と男の子はいつも嬉しそうに言った。


 男の子にとっても王女は命の恩人だけでなく、姉のような存在でもあったから、彼女の相伴者に任じられた時はこの上なく嬉しかった。

 相伴者とは、王族の人の側に配置された特別な従者で、政に一切口出しできない代わりに、お仕えする王族以外の人間の指図は受け付けず、生涯にわたってその人に仕え続ける。

 命の恩人のためなら生涯尽くそう、と男の子は勢い込んだが、王女は、私は十にもならない子供を顎で使うほど冷血ではないのよ、といつも彼を甘やかした。


 王女がひどい病気を抱えていると気付いたのは、相伴者になってしばらく経った後だった。

 王女は突然顔色を悪くすると人払いして、一人で部屋にこもる時がある。

 医師は、それが薬の効かない発作だと言ったが、男の子はそれでは納得できなかった。

 苦しい発作なら、なおさら一人にはできないじゃないか。

 そう思った彼は、また王女が発作を起こして部屋にこもっている時に、そばにいてあげよう、とそっと部屋の扉を押し開けた。


 まず耳に飛び込んできたのは、絹を裂くような悲鳴だった。

 次に目に映りこんだのは、粉々になって床に散らばる装飾品の残骸と、長椅子に縋り付いて体を震わせている王女の姿だった。

 いつものにこやかな笑顔からは想像できないような恐ろしい形相で、王女は頭を壁に打ち続けた。長椅子にしがみついた手の爪がはがれ、血の跡が点々とあたりに散らばった。

 明らかに異常な苦しみように、男の子は慌てて駆け寄ろうとした。

 こっちに寄るな!

 視界の端に彼の姿を捉えた王女は叫び、彼を下がらせようと手当たり次第にものを投げつけた。投げられるものがなくなり、よろめく王女は窓から差し込んだ桃の木の枝を掴んだ。

 桃の木は、王女の手が触れた場所から枝が灰色に変わり、葉が爆発したように四散し、あっという間に枯死した。


 この国の王族が持つ治癒能力の正体は、水の流れを操る力だった。人体の中に流れる血の流れを整え、病を治す。

 赤子だった彼の凍傷も、血の巡りを整えることで完治したが、それは治癒に特化した力ではなく、血の流れを誤った方向に導けば、死を招くこともまた容易い。

 初めてひどい発作に襲われた時、弟がそばにいた。痛みが強くて何も覚えてなかったけど、彼は私の手を握って励ましてくれたんだと思う。意識が戻ってきたころ、手を握り合った弟は耳目から血を流し、すでに息絶えていた――

 王女は、自分が発作で力の制御ができなかったせいで、弟を殺してしまった過去を男の子に打ち明けた。

 だから二度と発作の時には近づくな。


 人を傷付けたくないがために、一人で発作に苦しむ道を選ぶ王女を救ってあげたい、と男の子は強く思い、育ての親である医師に弟子入りした。

 王族の持つ治癒能力は自分には効かないため、病にかかれば専属医師が頼りだが、この発作だけは代を重ねるごとに現れる原因不明な病気で治しようがないという。

 ならせめて痛みを和らげる薬を、と提案すると、世継ぎを産めなくなってしまう恐れがあるから、感覚を鈍らせる薬の投与は一切許さないという。

 彼は医の道を十年間進み、それは周りの人間に失望するのに十分な長さだった。


 この王城から逃げましょう。ここにいても王女様の幸せのためにはなりません。

 彼は王女に提案した。

 王城にいる限り、王女様には何もしてあげられませんが、外に出れば治療法はいくらでも試せる、きっと発作を抑える方法も見つかります。昔話の中の姫様のように、この地を離れましょう。


 姫はしばし彼をじっと見つめ、ゆっくりと口を開いた。

 ありがとう。ごめんなさい。

 私はあなたを助けられたのは、守護神の加護を受けた王女だったから。

 私が家族を殺めてしまっても罪に問われなかったのは、この力をより多くの人を救うために必要だったから。

 王族特有の発作に苛まれる代わりに、王族にしか持ちえない特権を与えられた。権力が与えられた分だけ、果たさなければならない責務がある。この地を飛び立った姫様の代わりに、少年が国を築き上げたように。

 これは、誰かが果たさなければならないことだ。

 

 言葉に詰まる彼に向け、王女は改めて宣言する。

 あなたを相伴者から解任する。本日より王城から退去されよ。


 それだけはおやめください!私は王女様のお側にっ……

 慌てる彼を制し、王女は自分の腹部を指さした。

 この中には新しい命が宿っている。きっとこの子も色々な物を背負っていかなければならないだろう。だからこそ、あなたに託したい。

 この子のための――この子が幸せになるための――治療方法を探してきてくれないか。それが私の望みで、私の幸せだ。


 彼は言葉を飲み込み、ただ王女に頷き返した。

 そして昔話の中で袂を分かった姫様と少年のように、二人は別々の道を歩みだす。

 

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 この頃から国々の王族の間で精神や肉体的な不調が顕著に出始めたけど、まだそれを問題視する人が少なく、そこに潜む危険性に気付く人も少なかった。また、相伴者の彼のように、問題を解決するために動き出す人もいた――

 声の主は締めくくった。

「螭吻の国づくりの時の話がちらりと出てきたけど、それってなにかのヒントだったりするの?」

 子供は目ざとくつついてきた。

 不老不死の研究をはじめたのは、螭吻の王族の治癒能力の限界に気付いた治癒の英雄だったけど、その後も研究は綿々と受け継がれた。それに基づいて、相伴者の彼が着目したのは、昔話に登場するあの姫様だった。

 彼女こそ不老不死の加護を受けた、最後の一柱の守護神につながる存在なのかもしれない。

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