其の四十五・とある求道者の話(元桑407・嘲風)

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「そういえば、お話にず――っと出てきてない守護神がいるよね、えっと、名前は何だったっけ……」

 国造りの時喧嘩別れし、一部の人間を率いて海を渡った嘲風ちょうふうのことかい、と声の主は確かめた。

「前に言ってた最後の一柱の守護神って、嘲風のこと?」

 その通り。困ったものだよね、勝手に龍神の大陸から出てどっかほっつき歩いてさ、語り手である私もあやうくその存在を忘れるところだったよ、と声の主は大げさにため息をついてみせた。

「いつ帰ってくるの?ずっと家出のまま?」

 じゃあ、とある求道者のお話をしましょうか。

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 一人旅をしている男がいた。

 彼が海辺を通りかかると、人らしきものが砂浜に打ち上げられているのを見つけ、大急ぎで助けに向かった。

 手当てのおかげで息を吹き返したのは、奇妙な身なりをした大柄の男だった。

 その男は旅人の見たこともない珍しい服を纏い、出身をたずねられると聞いたこともない国の名前を口にした。

 私は塩の水を渡り、仙人になる道を探し求める求道者です。

 男はそう名乗った。


 旅人は男の体調が戻るまでこの地にとどまることに決め、彼の話に熱心に聞き入った。

 海はどこまでも続き、その果てには何もないと言われていたが、求道者の男は、海の向こう側にある国から来たのだという。

 そこはとても平和な国で、争いも戦もなく、人々は日々良い行いに励み、登仙の道を進む。

 「仙人」とはどうな存在か、と初めて耳にした言葉に旅人は首を傾げた。

 仙人とは、世俗のしがらみから解き放たれ、永遠の命を持つ尊い存在で、普通の人は自分を鍛え、力を高めることで仙人になれると伝えられている、と求道者は教えた。


 実はあなたが流れ着いた砂浜には、「帰り岬」という岬があるんだ。

 旅人は珍しい話を聞かせてもらったお礼に、求道者にこの土地に伝わる昔話を語って聞かせた。

 神話時代まで遡る遥か昔に、龍神の娘が人間の男と恋に落ちた。神の血族である娘は不老不死の身だが、人間の男はいずれ老いて死んでしまう。

 運命を嘆き悲しんだ二人は、一緒に生きることが叶わないなら、せめて一緒に死にたいと願い、嵐の夜に岬から海に身を投げた。

 しかし翌日の朝、男のほうだけが無傷のまま岸辺に打ち上げられていた。

 はやり愛する人には死んで欲しくない、と最後の最後に思い直した娘が、己の命と引き換えに男を救ったのだ。

 男は大切な人を失ったことを受け入れられず、岬に立って、いつまでも恋人の帰りを待ち続けた。

 その岬は、やがて「帰り岬」と呼ばれるようになった。


 仙人への道を探すあなたが、不老不死の伝承が伝わる地に流れ着いたのも、何かの縁かもしれないね。

 と旅人は笑った。


 求道者のけがの直りが早く、二日と経たないうちに歩けるようになった。骨が折れていたのに、なぜこんなに早く回復できたのか、彼は不思議でならなかった。

 旅人は不思議がる彼に、自分は医者であることを伝えた。普通の医者よりもずっと早くけがを治せるのは、癒しの力を持つ守護神から力を分け与えられたためだ。

 求道者はあまりの驚きで言葉が出なかった。


 その夜、眠っていた旅人は微かな物音で目が覚め、自分が縛られていることに気付いた。目の前には、刀を手に自分を殺そうとする求道者の男がいる。


 仙人になるには、二つの方法があるんだ、と求道者は冷ややかな笑みを浮かべながら言った。

 一つは、我欲を捨て、良い行いを積み重ねることで自分を高める道だが、そのとてつもなく長い道の途中で倒れる者がほとんどだ。

 一つは、仙人を殺し、その力と寿命を奪うことだ。

 そのけがを治す腕は、私の知っている仙人の術に違いない。お前を殺せば、私はもっと仙人に近づけることができるはずだ。


 刀を振り上げる男を前に、旅人は軽くため息をついた。


 ――どうやら私たちは、同じことを考えていたようだね。


 実は、この辺りには不老不死に関係する昔話が多いんだ。

 色んな困難を乗り越え、長寿草を探しあてた男の話。

 なかなか死なない獣を倒し、その肉を食べた少年が、死ににくい体質になった話……

 伝承を集めているうちに、それらの話の主人公は、同じ人物じゃないかと思い至った。

 不老不死を求めた男は、様々な方法を試し、最後には不老不死の娘に近付き、彼女を殺し、何らかの方法でその能力を継承した。

 しかし殺しがばれると困るから、心中を装って彼女の死体を海に捨て、「助けられて生き残った」体で辻褄を合わせた。

 その嘘から生まれたのが、「帰り岬」の伝承だ。


 いつの間にか、異邦人の手から刀が落ちていた。巨体がゆっくりと傾き、地に突っ伏した。

 君の夕飯に、少々毒を混ぜてもらったんだ。私は医者だから、治し方も殺し方も結構詳しいよ。

 そう言いながら、旅人はなんとか体に巻かれた縄を解いた。


 心配しないでください。私も君と同じく、不老不死の謎を追い求める求道者なんだ。君の遺志も寿命も、全部私が受け継ぐから。

 刀を拾い上げ、旅人は動かなくなった男に微笑んだ。 


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 帰り岬の話は螭吻の国造りとはだいぶ違うけど、不老不死の関する昔話は何らかの形で守護神が関わっていたため、それが記録の少ない嘲風の神ではないかと推測したのは、実は相伴者が初めてではなかったし、この旅人のように、自力で不老不死の謎を解こうとする人もいた。

 声の主は締めくくった。

「嘲風の人たちも、あの求道者の国にいるのかな」

 求道者の言う仙人は、嘲風の子孫かもしれないね、と声の主は気を持たせるような言い方をした。

「王族の持病は、嘲風の神様が治せるの?」

 それを確かめるためにも、海を渡って見つけ出してみなければね、と声の主は答えた。

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