幕間・宴安酖毒(元桑500~元桑654)

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 堕神の乱以降、太平の世は長く続いた。

 戦乱から遠ざかり、国々は多くの人材を育てた。中でも神血継承者同士の婚姻は、各国の王家の力を増強させ、未知の力を顕現させた。

 獣の脅威無き時代が続き、肩を並べて進んでいた国々は、いつからか強弱や序列を気にするようになり、競い合うようになっていった。

 国の采配を取る王家が強いほど国力も増すという事実に突き動かされた国々は、最強の継承者を欲した。

 王家の力は、その体に流れる神血によるものならば、違う守護神の力を取り入れるほど強大になる。

 より多くの守護神の力を宿せば、いずれ守護神らを生み出した龍神――万能なる創造主――に近づけるのではないか。

 甘美なる憧憬は、人を神に至る道へ誘った。


 最初は誰からだったのか誰にも分からないが、世代交代が繰り返され、元桑500年過ぎたあたりから、各国の王家に、生れ付き体の一部に黒いあざを持つ者が頻繁に現れるようになった。

 あざを持つ者らは、もれなく桁外れな神授の力を持っており、王の座に据えられることが常だったが、強大な力を持つ神血継承者ほど精神状態が不安定で、偏頭痛など肉体的な苦痛を訴える者が非常に多かったという。

 強すぎる力を制御しきれず、成人する前に死んでしまう割合は女児が五割で、男児に至っては七割を超えるほどで、無事成人しても、性格に難点を抱える者が多かった。

 怒りっぽい。

 猜疑心が強い。

 癇癪持ち。

 残虐行為を好む。

 自己中心的で偏執的。

 ……


 神の力に固執する国々は、力を手に入れるのと引き換えに、道理や善政を投げ捨てた。

 狴犴へいかんの国は首元にあざを持つ王を頂き、蒲牢の力を併せ持つ彼は言葉で人を縛り付ける力を持っていた。言葉で人を試し、潔癖なほど苛烈な法をもって民を苦しめ、反意を感じ取れば徹底的に制圧し、王宮内外に死体の山を積み上げた。

 狻猊さんげいの国は右大腿部にあざを持つ女王を頂き、強大すぎるゆえ正義の英雄によって封じられた鎮守の剣も、彼女はいとも簡単に使いこなしたが、他者に一切興味を示さず、王宮の最奥に引きこもり、私欲のために権を振りかざす小悪党たちが跳梁跋扈した。

 螭吻ちふんの国はあざ持ちの王位継承者が失踪した後、その親族が王の座についたが、彼は不老長寿の願望に取り憑かれ、財をつぎ込み、凄惨な人体実験も厭わなかった。財源を確保するために依存性の高い麻薬の栽培を黙認し、心身ともに損なわれ、罪を犯す民は後を絶たなかった。

 睚眦がいさいの国は右腕にあざを持つ王を頂き、一見常識的な青年であるが、その実冷酷無比で、人心を操るのに長けた男だった。崇拝者を従わせ、異議を唱える者は水面下で排除した。乏しい自然資源を口実に、他国への侵攻行為を正当化させ、その準備を着々と進めていた。

 囚牛しゅうぎゅうの国は通婚を拒み続けてきたが、力をつけていく各国をわき目に枕を高くして寝ることができず、力を高める方法を模索し続けた。諸国の混迷っぷりに戸惑い、怯えた民衆は縋るものを欲し、そこから新たな信仰を掲げる密教団体が生まれた。


 大国らが狂気に飲み込まれて行く中、幸か不幸か、守護神を持たない負屓ひきの国と、そこに滞留する蒲牢ほろうの民だけは正気でいられた。


 そして地の底へ追い返された覇下の国――獣たちの国――にも、謎の病気が蔓延し始めた。


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「やっと二つ目の峠に差し掛かってきたか」

 ふっと息を吐き出し、感慨深げにつぶやく。


「『神血統合の詛』の頃の話かな」

 そう察した者は、相槌を打つ。


「そう、『二度は、天の頂へ至る光の上り坂。神性への憧れは、時には蝕む毒となろう』――予言が災いを警告しているのにもかかわらず、人は躊躇わずに岐路へと突き進む」

 と予言者っぽく歌い上げては、自分のわざとらしさに呆れて首をすくめる。


「『人が歴史に学べるのは、人が歴史に一切学ばないことだ』って、よく言うんじゃない?」

 くつくつ笑う声は茶々を入れてくる。


「大人に火は危ないと言われても、子供はかえって火に触れたがる。触れて痛い思いをしてやっと身をもって火の危なさを実感する。その過程はまあ、必要なのかもしれないね」

 ひとりでに頷いて答えた。


「その口から肯定的な言葉が出てくるなんて、いよいよ明日は吹雪になるかもね」

 少し大げさに驚いて見せた声は、すこし嬉しさを噛みしめているようだ。

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