其の八・とある占い師の話(元桑070・負屓)
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うんと昔の人たちにとって、自分たちの知識で説明できない現象や恐ろしい物事は皆「神様」だった。神様はおいそれとは近づけないもの――そうやって神様を奉ることによって、昔の人は未知の危険を遠ざけて生き延びたんだ、と声の主は話した。
「神様って、龍神様だけじゃなかったの?」
自分たちで敵わないものはみな神様扱いだったけど、龍神様の力を授かった人は大概の災害に打ち勝つようになって、それらの自然崇拝もそのうちだんだん衰えていき、最終的に「神様」の座に残ったのは、龍神とその子供たちだけだった、と声の主は説明し、こう続けた。
じゃあ、とある占い師のお話をしましょうか。
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その昔、人が腹を満たすために豊かな土地を求め、居を構えれば、人を食べる獣たちもまた腹を満たすために人を狙い、そこに住み着いた。
多くの人は豊かさを求めて獣に対抗する方法を探す中、それを良しとしない人たちもいた。
彼らにとって、暴れる川の濁流や、崩れ落ちる山、人を襲う獣などは、みな人を圧倒する力を持つ「神様」であり、逆らうことは叶わず、ただその力を前にひれ伏し、従うしかないのだ。
川の神の怒りに触れないように、川を遠ざけた場所に家を建てる。
山の神の怒りに触れないように、麓から離れた場所で食べ物を探す。
獣の神の怒りに触れないように、豊かな土地を明け渡す。
やがて彼らは貧しい土地に根を下ろし、敬虔な信仰心を抱きながら、慎ましやかな暮らしに身を投じた。
その暮らしに欠かせないのは、神の御意志を仰ぐ占い師だった。
種まきの日を選ぶのも、雨を降らせるのも、病人を癒すのも、神の意志を汲み取れる占い師にしかできないことだった。
霊験あらたかな占い師がいた。彼は両足が動けない代わりに、誰よりも高い神通力を持っていた。彼の預言に従って育てた作物はよく実り、彼の祈りを込めた魔除けを飾れば、獣の襲撃を免れた。
そんな占い師に憧れ、弟子入りした少年がいた。
働き者の少年はかいがいしく足の不自由な占い師の身の回りの世話をし、彼の手足となっていろんな場所へ出かけた。
占い師は、木に登って鳥の巣の中のたまごを数えてこいとか、夕焼けに染まった雲の形を確認してこいとか、あぜ道に生えている野草の葉を摘んで来いとか、よく少年に変な指示を下したりした。
霊験あらたかな占い師がすることには必ず意味があると信じている少年は、どんな変な指示を出されても、忠実に従った。
ほかの弟子たちは音を上げて次々と去っていき、最後には少年一人だけ残った。
君は神の声を聴きたいがために弟子入りしたのか、と問う占い師に、私はただ師匠のように、みんなのお役に立ちたいのです、と少年は答えた。
少年の答えが気に入った占い師は、秘密をこっそり打ち明けた。
実は、私には神の顔を見たこともなければ、声も聞いたことがないのだ。
神のの顔や声も分からないのに、どうやって神通力を会得したのですか?
少年は驚きに目を見開いた。
使ったのは神通力ではなく、生きるための知識なのさ。
占い師は答えた。
占い師は少年に色々なことを教えた。
鳥のたまごの数からその年の気候の良し悪しが分かる。
雲の形や流れを読めば晴れか雨かが分かる。
誰も気に留めない野草の煮汁は獣の嫌う匂いを発し、侵入を防いでくれる。
周りの景色にこれだけの知識が隠されているなんて思いも寄らなかった少年は、占い師が教えてくれた新たな世界の見方に夢中になった。
神様だって気まぐれで世界を作ったのではない。周りの景色によく目を凝らせば、定められた法則はおのずと見えてくる。その法則を利用して、人が暮らしやすいように変えていけばいい。
占い師は少年に教えた。
何故私に教えてくださったようなことを、そのままみんなに伝えず、「神の言葉」として語るのですか?
少年は不思議そうに聞いた。
神様に頼らないと安心できない人はたくさんいる。すべて神様任せなら、結果はどうあれ神様の責任で、自分は悪くないが、自分で何かをしようとして失敗したら、自分が悪いことになるんだ。
誰も悪者にはなりたくないのだよ、と占い師は寂しそうに笑い、こう続けた。
川の神も山の神も獣の神も、いずれは人の世から去っていくだろう。神々が去った後も人が自分の足で立てるように、今からいろんな知識を知っていかなければならないのだ。
占い師の弟子の少年が青年に成長した頃、豊かな地に住む人々は力をつけ、徹底的に獣たちと戦ったため、追い出された獣たちは占い師たちが住み辺鄙な地まで追い込まれた。そのせいで獣の出没が増え、被害が日に日にひどくなった。
この地の人はずっと戦いを避けてきたため、占い師たちがどんなに知恵を絞っても、手負いで気性の荒い獣たちには勝てるはずもなかった。
恩師や人々を助けるために、弟子の青年は人に力を与えると言われる守護神を探す旅に出た。苦難を乗り越えて巡り合えたのは、守護神の中でも最弱と言われた一柱だった。
かの守護神は、獣に打ち勝つ圧倒的な力を持たず、青年に与えられたのは、人の心に直接語り掛け、結束を呼び掛ける力だけだったが、この力こそ師の知識を万人に伝え、前に進ませるのに最適な力なのだ、と彼は確信した。
喜び勇んで故郷へ帰った青年を出迎えたのは、元の形が分からないほど獣に荒らされた占い師の家だった。血痕が家の残骸に点々と残り、師の姿はどこにもなかった。
辛いとは思うが、仕方がなかったんだ。
茫然と立ち尽くす青年の耳に、だれかの声が届いた。
獣が襲ってきて、それぞれ逃げるのに必死だったんだ……
占い師は足が動けないだろ、どうしようもなかったんだ。
占い師は神様の御加護があるから、きっと無事だと誰もが思ったんだ。
いや、本当にご加護があったのか?あの占い師、獣の神の怒りを買ったから襲われたのでは……?
獣の侵攻が増えたのも、占い師の神通力が衰えたからなのでは?
きっとそうだよ。彼の信心が足りないからこんなことになったんだ。
私たちのせいじゃないよな。私たちはずっと神を信じてきたんだ。
占い師め、災いを呼び寄せたのか。
止まぬ声は洪水のように青年の耳になだれ込んだ。
恐れに立ち向かう勇気を持たず、目を閉ざし、耳を塞ぐ人達。もっともらしい言い分を並び立て、前へ進むことを拒む。
恩師を見殺しにした愚か者たちとどうやって心を通わせるのというのか。
いや、通わせる必要など、元からないのだ。彼らが欲しているのは、前に進む
青年は悟った。
〈愚かなる者たちよ、眼前に立つ私こそ神であると知れ〉
青年は神授の力を使い、自分の声をその場にいる全員の脳裡に響かせた。人々は口を閉ざしたまま声を発する青年の姿を認め、仰天した。
これは神にしか成しえない業だ、と誰かが叫んだ。
〈占い師は、人を憐れみ、自ら命を供物としてささげた真の御使いであった〉
でっちあげの言に、人々は手のひらを返すように態度を変え、むせび泣いて感謝の言葉を口にした。
おお、何と慈悲深いお方、と誰かが悲嘆した。
〈恐れることはない、怖がることはない。神である私にすべてを任せればいい〉
我先にと跪いていく人々を、青年はただ淡々と見下ろした。
〈何も考えるな、ただ私に従え――〉
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無知である自覚すら持たない人の恐ろしさに見切りをつけた青年は、心に働きかける能力を使って、人々を束ねた。迷いも疑問も持たない集団は、防壁を築くことも、獣を退治することもあっという間に成し遂げ、やがてその土地に
そう締めくくった声の主は、後に国王となる青年の慧眼と手腕に驚かされたほかの国は、もう負屓の守護神を最弱とあざ笑うことはなかった、とも付け足した。
「占い師が生きていたら、負屓の国は生まれなかったのかもしれないね」
青年はもともと占い師の知識を広めるために力を使おうとしてたから、師が生きてても似た道になったのではないかな、と声の主は異を唱えた。
「青年にだけ知識を教えた占い師は、きっと青年が神を演じるのを許さないよ」
神に頼らなくても自分の足で歩けって叱ってただろうなあ、と子供はぽつりとつぶやいた。
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