其の九・とある亡霊達の話(元桑077・睚眦)

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「なんか人と獣は仲が悪いって言ってるけど、人間同士の関係だってぎすぎすじゃん?」

 子供は質問した。

 恐ろしい獣に打ち勝てば、人間同士で争う余裕も生まれてくるんだ、こればかりはどうしようもない業だね、と声の主は答えた。

「簡単に騙し合ったり裏切ったりする人たちが、どうやって獣に勝てたのか不思議だね……」

 じゃあ、とある亡霊たちのお話をしましょうか。

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 天災続きの年だった。

 ただでさえ日照りで不作になった上に、飢えた獣たちが頻繁に里に降りて人を襲った。

 里の人は悩んだ末、「亡霊」に獣退治をお願いすることに決めた。


 里に住む少年も、亡霊についての噂を耳にしたことはある。

 彼らは力に心酔し、強くなるためなら獣の血肉を喰らうことも厭わない。

 彼らは弱い人を見下し、獣退治で莫大な報酬を取り立てる。

 彼らは人の心を捨て、人ならざる力を手に入れたがゆえに、亡霊と呼ばれた。

 獣狩りにおいて右に出る者がいない集団であるにもかかわらず、手に負えない窮状に陥らない限り、誰も関わり合いになりたくないいびつな存在である。


 その疎まれようは、逆に恐れを知らない少年の好奇心をくすぐった。

 彼は亡霊見たさにこっそり里を抜け出し、亡霊たちが獣を狩る光景を間近で見た。

 矢の雨が一斉に降り注ぎ、獣の目や耳をつぶす。

 怒り狂う獣を誘導し、無数の鋭器が埋められた落とし穴へ誘う。

 毒の塗られた得物でめった刺しにし、数人がかりで四肢の骨を粉々に砕く。

 獣が動かなくなるまで切りつけ、最後にはその首を斬り落とす。

 狂気じみた雄叫びが上がった様はまさに地獄絵図としか言いようがなく、釘付けになった少年はその場から動けなかった。

 人が獣を屠る行為は、獣が人を狩るのとはまったく別種の恐怖を彼に味わわせた。


 獣の返り血にまみれた男の一人が少年に気付き、彼がそこにいる理由をただした。

 間近に見る亡霊に声を震わせた少年は、約束の報酬を持ってきたけど、どこかに落とした、と咄嗟にうそをついた。

 獣怖さにこんなガキを遣わすか、と亡霊の男は低く吐き捨て、冷淡に告げた。

 奴らは賢い、死んだ仲間の匂いのついたお前が里に戻れば、復讐しに行くぞ。


 少年は獣退治が終わるまで亡霊たちと共に行動することになり、色々な事を知った。

 ここにいる人は全員、大事な家族や仲間を獣に奪われ、復讐を誓った者であること。

 力強い上に執念深い獣と渡り合うためには、家族も故郷も捨てるしかないこと。

 獣を葬る対価を厭わず、自ら執念を燃やし尽くし、命の最後の一滴まで絞り出すこと。

 獣によって人の枠をはぎ取られ、情念に突き動かされて武器を振るう姿は、なるほど亡霊という言葉が一番相応しく感じられた。

 夜の篝火を囲んだ時、少年の顔を見て、我が子が生きていたら、と懐かしむ者がいた。

 獣を誘い込む罠を作る時、ガキは何もせんでいい、戦うのは亡霊の役目だ、とぶっきらぼうに言いながら、草で編んだ短剣を少年に渡す者がいた。


 里の周辺に出る獣が狩りつくされ、亡霊達がその地を去ろうとしたところに、里の若者数人が、約束された報酬を持ってきて、罵声を浴びせかけた。

 獣がいなくなっても、冬を越すためのものがお前たちに吸い取られる。

 人の不幸を何とも思わない亡霊め、さっさと報酬をもってけ。そのかわりに、長の子供を返せ。人の子まで攫うとはどこまでおぞましい。

 少年は自分の嘘を謝り、里の者の誤解を解こうとしたが、亡霊たちはそれを拒否した。

 これで俺たちは里と敵対してるとやつらけものは判断して、俺たちを追いかけるだろ。お前の里はもう安全だ。

 と彼の耳元でささやき、男は、使えないガキは返してやら、と大声で嘲りしながら少年を乱暴に突き飛ばした。


 数日後、里を飛び出した少年は亡霊の一団に追いついた。

 聞き忘れたことがあったから、と少年はそう言い、亡霊たちに聞いた。

 この世にいるすべての獣を殺したら後はどうするの。

 どうもしないさ。その先には何もない。

 亡霊の一人が淡々と答えた。

 日が昇れば亡霊は土に還る。やっと安らかに眠れる。


 の国を作ろう。

 少年は言った。


 誰かを幸せにするかわりに、自分が不幸になる必要はない。

 過去の業を背負うために、未来の望みを捨てる必要はない。

 もしそれが許されぬというなら、私たちの国を、戦うものが自分に誇りの持てる国を作ろう。

 

 突飛な話に追いつけないのか、または呆れ果てたのか、その場は水を打ったような静けさに包まれた。

 たくさんのものを失うぞ。やがてぽつりと誰かの声がした。

 それがより多くのものを得るために下した決断ならば、胸を張って進めばいい。

 そう答えた少年は背筋を伸ばし、かすかに白んでくる東の空を見据えた。


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 獣のいない安住の地。そんな途方もない夢物語は、やがて亡霊と貶され、蔑まれていた人たちによって実現された。

 このお話から、六つ目にして最後の国――睚眦がいさいの国――の歴史が始まるんだ、と声の主は締めくくった。

「他人を見限って失望する人もいれば、他人のために命をかける人もいる、やっぱり不思議だね」

 子供はにたっと笑った。

 とはいえ、闇にさまよう運命にある亡霊にとって、朝日を迎えるのは果たしていいことだろうかね。

「……鳥さんがね、最初は飛べない生き物だったんだって。飛ばないと生きていけないから、仕方なく翼を生やして、だんだん飛べるようになっていったって。亡霊たちも、頑張って変わらなきゃね」

 子供はこじらせやすい声の主と違い、ポジティブに彼らの行動を肯定した。

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